第14話

 由紀がいなくなって、1ヶ月が経とうとしている。

 勉強会も回を重ね、他のみんなも本腰を入れ始めた。

 問題集を見てもさほど難しい問題があるようにも見えなくなり、自分の学力がかなり向上していることが実感できた。

 なので、勉強会をしていても、俺が質問することは殆どない。

 どの強化も教える立場なのだ。

 そりゃ、ひたすら勉強と筋トレだけをしているのだから学力も付くはずである。

 しかし、他人から見ればそうではないらしい。

「尚哉は元々頭の出来が良かったんだよ。3年生になるまで気づきもせず、放置してただけで……本気出して、脳が本領発揮してるだけさ」

 と、戸川がいう。

「だよね~S高、合格するかどうかじゃなくて、何位で合格するかってレベルだよ、絶対」

 みんながあまりに持ち上げるので、

「そんなこと言って落ちたらどうするんだよ~」

 って言うと、

「ないない、お前が落ちるのは試験を受けなかった場合だけさ」

 と古角が言う。

 ここで手を抜いて落ちたら洒落にならない。もっともっと頑張ろうと思った。


 2時には勉強会も終わり、俺はそのまま由紀の家に向かう。

 由紀の両親と夕食をとって送ってもらうことになっている。

 お父さんの誕生日なのだ。

 家に着いて、

「こんにちは」

 と、あいさつをし、尚香をして由紀に話しかける。

 今日は高校に入ったら、ジムカーナをすることを報告した。

 


ジムカーナを知らない人も多いだろうから説明すると、

 バイク競技の一種で、サーキットで早く走るわけではなく、広い場所にコーン(交通規制でよく使う、通常プラスチック製の赤い三角錐のやつだ)でコースを作り、バイクをぎりぎりまで倒しながら、右へ左へ蛇行したりしてタイムを競うのである。

 

 何故この競技を選んだかと言うと、この競技で優勝を重ねれば、特待で白バイ隊員になれる可能性が高いのだ。

 仮に、優勝出来なくても、白バイの適正で間違いなく有利に働くし、適正で合格すれば訓練があるわけだが、その訓練が、しているとしていないでは大きな差になるからだ。


 もちろん警察官になるのが大前提ではあるが"落ちるかも知れないから無駄"と言う発想は頭の中にないのである。

 

 由紀への報告も終わり、テーブルについて、由紀の両親と話をする。

 学校からでのことや私生活、うちの両親の話、いろいろ話した。

 夜になり、お母さんが作ったグラタンや、魚料理を食べて、最後に、

「お父さんの誕生日だから奮発したのよ」

 と言って、和牛のヒレ肉を焼いてくれた。

 ご飯は元々炊いていなかったので、それらをきれいに食べ切った。

「美味しかった。ごちそうさま」

 そう言ってから、カバンに手を入れプレゼントを探す。

「お誕生日、おめでとうございます」

 そう言ってプレゼントを渡した。

「ありがとう、開けていいかな?」

 と聞かれたので、

「どうぞ、どうぞ」

 と答える。

 俺が買ったのはブランド物のネクタイだった。

「尚哉くんは趣味がいいねぇ。派手でもなく、地味でもない、私にピッタリだよ」

 と、褒められた。

 実は、由紀のお母さんのアドバイスがあだのだが、そこは言わなくていいだろう。

「時間も遅くなるし、そろそろ送ろうか」

 お母さんが言って、

「あっ、ほんとだ。お父さんじゃあ今日はこれで帰ります」

「尚哉くん、あまり勉強無理しないようにね」

「はい」

 そう言って、家を後にした。

 車の中でお母さんきらも、

「尚哉くんほんと、無理してない?若いからって無理はダメよ」

 言われたので、

「睡眠はちゃんと取るようにしてますし、今は……なんか勉強しかやることなくて。でも、最近は勉強にも余裕が出てきて、だから心配させないように、少しリラックスしてもいいかなって思ってます」

 お母さんが頷きながら、

「そうそう、リラックスリラックス」

 と言った。

 うちに着くと、母さんと少し話をしてから由紀のお母さんは帰って行った。

  

「お母さん、大分顔色が良くなってきたわね、いいことだわ」

 と、小声で言った。


 俺はまだ以前のような状態には戻れない。

 今は、無理して明るく振る舞う必要もないと思っている。

 由紀を忘れるのではなく、良い思い出になる日が来るなら、そこから新たな人生を歩めばいい。

 今はまだ、由紀を思い続けていたい……


続く

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