第10話

 土曜日の夜、家族で食事をしながら、お父さん、お母さんと食事するのも、明日までね……そう思った。

 泣きたい気持ちを堪えて、由紀は笑顔でお腹いっぱいご飯を食べた。

 そうだ、もうカロリー計算もダイエットも必要ないんだ。

 

 ご飯を食べたあと、子供の頃のアルバムを引っ張り出して、懐かしい気に眺めている。

 それを見たお母さんが、

「どうしたの由紀?なんだか嫁入り前の娘みたい」

 と、笑った。

 何も知らないのだから、こういう反応になるだろう。

 小学生になったばかりの写真を見て、

「この頃からだよね?お父さんが私と遊んでくれるようになったの」

 するとお父さんが、

「あぁ、母さんに脅されて……」

「まぁ、ちょっと、失礼なこと言わないでよ」

 と、拗ねた真似をする。

「お父さん、仕事人間で、由紀の相手全くしてなかったから、これじゃダメだと思ったの……ほらよくあるでしょ?父親と仲の悪い娘ってパターンよ。だから、面倒見てくれないなら、離婚して私が育てるってね」

 由紀は笑って、

「な~んだ。脅されて仲良くしてくれてたんだ。グスン」

 鳴き真似をした。

「いや~確かに最初は嫌々だったけどね。遊んでいるうちに、母さんに似てくるし……いつの間にか母さんより美人さんになるし。

これは、親の特権だなぁって、思ったらすごく楽しかったよ」

「そういえば、物心ついた時から、私、お父さんとお風呂に入った記憶ないな~」

 由紀がそういうと、

「由紀の裸は見ちゃいけないって、なんか自制してたんだよ」

「お父さん、紳士なんだ~」

 それに比べて、あいつは……

「お母さんはお父さんのそういうところに惹かれたのよ」

「ごちそうさまです」

 3人で笑った。

「じゃあ、私、勉強してくるね」

 そう言って、自分の部屋に戻った。



 翌日(日曜日)、午前中の間に戸川、二宮、加藤、あと、親しくしていた友人たちに電話した。

 中には最近、LINEすらご無沙汰していた友人もいたので、そんな友人からは、

「急にどうしたの?何かあった?」

 と、感づかれそうになったが、久しぶりに声が聞きたくなったと、適当に誤魔化した。

 

 二宮と話した時には、

「ねぇ、恵ちゃんは尚哉くんのこと、どう思ってる?好き」

 いきなり聞かれた二宮は少し動揺したが、

「何言ってるのよ。私は二人を応援してるんだよ。好きだなんて、ないない」

 口ではそう言っているが、二宮もやはり尚哉が好きなのだろう。

「離れた親戚の近くに住んでる友達が、信じてた男友達に酷いことされたんだって……泣いて電話してきたの。恵ちゃんは、モテるから特に気を付けてね。彼氏以外の男の家なんか行っちゃダメだよ」

 由紀がそういうと、

「大丈夫だよ。私って、自分でいうのもなんだけど、結構胸が大きいでしょ?男子の視線感じること多いんだ。だから用心深くなってるの。大抵の男は顔の次に胸見るからね」

 こんな話、今までしなかったけど、恵ちゃんはちゃんと考えてたんだ。

 私はまだ中学生だからと、ガードが甘かったのかも知れない。

 何にしても、今更だ……

「今日は?高橋くんのお見舞い行くの?」

「うん午後から行ってくる。いっぱい話たいんだ」

「おーおー、ラブラブだね~」

 「じゃあ、元気でね」

 あっ、つい口が滑った……

「何言ってるのよ、月曜日からまた会うじゃない」

 言われて、マズイと思い、

「はは、間違い間違い」

 誤魔化した。

「じゃあまた月曜日ね。由紀ちゃん誕生日だよね。プレゼント楽しみにしててね」

「ありがとう、楽しみにしとくね」

 そう言って電話を切った。


 田村には、

「いつもお弁当届けてくれてありがとうね。それより何より、由乃ちゃん居なかったら、私、尚哉くんと付き合うどころか、告白すら出来てなかったと思う」

 そう、そもそも、由紀が尚哉のクラスでお弁当を食べるようになったのは田村の、

「そんなに好きなら私が何とかしてあげる。明日からお昼はうちのクラスに食べにおいでよ」

 という言葉のおかげだった。

 田村はその後も何かにつけて親身に相談にも乗ってくれたし、お弁当を作る提案をしたのも田村だった。

 文字通り、恋の架け橋になってくれたのだ。

「由乃ちゃんには感謝しかないよ」

「どうしちゃったの?急に、今日の由紀ちゃん変だよ」

 まだ中学生だな~、嘘つくのが下手だ。

 これ以上話すと余計に怪しまれちゃう。

 そう思って、

「あっ、尚哉くんのお見舞い行かなきゃ。

またLINEするね」

 由紀の様子に心配した田村は、

「由紀ちゃん大丈夫?悩み事があるならなんでも言ってね」

「あっ、ありがとう。でも、そんなんじゃないから大丈夫だよ」

「じゃあまた」

 慌てて電話を切った。

 私ってほんとに嘘が下手だ。

 こんなんじゃ尚哉くんにだって直ぐ感ずかれちゃうよ。

 

 感づかれちゃいけない。

 絶対に。

 昨日、行くと言ってたのに行けなかったから、それだけ謝ったら、出来るだけ早く帰ろう。

 そう言い聞かせて病院へ向かった。


「おばさん、こんにちは、尚哉くん、昨日来れなくてごめんね」

「何かあったの?心配してたんだよ」

 隠さなきゃ、

「お母さんが具合悪くて、看病してたの。病院だから、スマホ持ってないでしょ?連絡出来なくて」

 尚哉が、

「それで、お母さん大丈夫なの?」

 聞いてきたので、

「まだ、調子悪いんだ、昨日来れなかったし、尚哉くんの顔見たかったからきたんだけど、すぐに戻らなきゃ、心配だし」

 こういう嘘はさらっと出てくる。不思議なものだと由紀は思った。

「金曜日に、先生と話したんだ。高校のこと。尚哉くんと私、大丈夫そうですか?って」

「それで?先生なんて言ってたの?」

「今の調子で頑張ってれば、心配ないよ。って言ってくれたよ」

「よかった~、由紀と同じ高校に行けなかったらどうしようかと思ったよ」

「尚哉くん、まだ気が早いよ。受かってないんだから油断は禁物だよ」

「あっ、そうか~、つい」

「は、は、は」

 由紀は笑った。

 なんとなく、無理に笑ってるような気がするけど……気のせいかな。

 尚哉はそれ以上は考えなかった。

「あっ、お母さん心配だから私帰るね」

「うん、明日、夕方にはプレゼント          届けに行くよ」

「ありがとう、じゃあ又明日」

「うん」

 そう言って、病室を出た。病室を出た途端、涙が溢れてきた。

 よかった、尚哉くんの前で泣かないで。

 ハンカチで涙を拭きながら、病院を後にした。


 その夜、最後の食事を家族で取った由紀は、両親と尚哉あてに、二通の遺書を書いた。

 まず、自分の身に何があったのか書いた。

 自ら命を絶つ理由が、他に見当たらなかったし、第二第三の被害者を出したくなかったからだ。

 ただし、犯人が誰かは書かなかった。

 日付も曖昧にした。そから犯人が特定されるかも知れないからだ。

 当然、警察が動くだろうし、犯人が分かっては困るのだ。

 警察が動いたからといって、あいつが刑務所に入る可能性はほぼない。

 未成年だし、せいぜい鑑別所送致、少年院送りが関の山だ。長くても2年、前科もなく、日頃の素行も悪くないあいつは、考慮されて減刑、そしたら、送致保留にだってなるかも知れない。中学生の女の子にあんな酷いことしても、その程度なのだ。

 それに、そんなことになったら、やけになって、本当に動画や画像をネットにばら撒くかも知れない。

 見ず知らずの男たちに見られるのも嫌だが、一番見られたくないのは尚哉である。

 私が生まれて、今までにただ一人、本当に好きになった人。

 その人には自分のあんな姿、絶対見られたくない。

 自分が犯人と特定されなければネットに流すなどはしないだろうし、させはしない。

 自分の身に起こったことを書いたあと、両親には、相談できなくてごめんなさい。

 お父さん、お母さんの娘に生まれて幸せでした。

 と、書いた。

 尚哉には、好きになってくれてありがとう。

 私が居なくなって悲しいかも知れないけど、2人で行きたかった、高校に受かるように、勉強頑張ってね。

 大人の関係になるのは、尚哉くんだけだと決めてたのに。

 打ち砕かれた。

 私にはそれが耐えられなかったの。

 勝手なことして、本当に、本当にごめんなさい。


 午前5時、遺書を書き終えた由紀は、最後に"あいつ"にLINEを送った。


あなたが私にしたことを私は絶対に許さない。私はこれから自らの人生に幕を下ろすわ。

自分がどうしてこんなことをするのか、遺書に書いてあるのよ。

でも、心配しないで、あなたが犯人だとは分からないようにしてあるわ。

そのかわり、約束して、動画や画像はながさないこと。

あなたがあの時の動画や画像を流せば、あなたは自分の首を絞めることになる。しないなことを願うわ。

それから、もう二度とあんなひどいこと、他の子にはしないで、もししたら、怨霊になってあなたを殺しにくるわ。

このLINEも、送信後、削除するから大丈夫だから。

二つの約束、守ってね。


LINEを送信したあと、庭にある木の太めの枝にロープを巻いた。


 由紀の変わり果てた姿が発見されたのは、月曜日の午前6時15分。

 第一発見者は由紀の母親だった。


続く


 

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