3.英雄の条件

帰ってきた英雄


 陛下と臣を乗せた飛行船は、王城の屋上に静かに降り立ちました。


 はて、こんなところに飛行船ポートがあったとは。臣は長年王城に勤めながら知りませなんだ。


「長く留守にしてすまなかったな、姫様。淋しくはなかったか?」


「いいえ、平気ですわ。陛下がいつも、絵手紙を送ってくださっていましたから」


 臣も冒険のお供をするまでは全く存じ上げなかったのですが、陛下は水彩画がたいそうお上手であらせられたのです。


 いえ、これは決して臣の追従ではございません。

 自然の風物をそのまま紙に写し撮ったかのように、それはそれは繊細な、マッチョな玉体に似合わぬ筆致でございます。


「特にこの、東の果ての神秘の国から送ってくださったという一通は、芸術的で。あまりに素晴らしいものですから、いつも持ち歩いておりますの」


 王妃様のお申し付けで、側にいた侍女がくたびれた紙片を取り出します。


「ほら、白熱した戦闘のご様子がありありと目に浮かぶようで……」


 はて、戦闘でございますか?

 陛下は戦闘の絵など、お描きになったことがあったでしょうか。


 東の果ての国に滞在した折は、宿屋りょかんのたいそう風流な庭園をお気に召され、そこの池をお描きになっていたはずですが。


 畏れながら横からこっそり拝見すると――はるばる世界を横断してきた宸筆は、すっかり絵具が滲んでおりました。


「森でオオカミさんと戦っていらっしゃるところかしら? この赤いのが、きっと陛下ですわね」


 いや、それ錦鯉です。



「ときに、サイゾー」


「はっ、何でございましょうか」


「王様どーこだ?」


 は?


「……あの、何をおフザけあそばされているのですか陛下。隠れんぼでしたら、お隠れになってから……あ、いや、崩御という意味ではなくて、人目につかないところに身を隠すというか、いえ、隠居でもなくて……」


たわけッ、何をフザけておる!」


「はっ、失礼致しました」


「そうじゃなくってさあ、今の王様」


 いやだから現国王はアンタでしょうが。


「陛下、王城へお戻りになったからには、もう観念なさって――」


「オレ、まだ陛下じゃないもん。一介の冒険者だもーん。王様の期限はきっちり一年。明日の夕方までだろ?」


 意外と細かいとここだわりますね。


 確かに、今はまだ『王様コンテスト』優勝者が国王というか、仮の国王ということになりますが……。


「さすれば陛下の御帰還をお出迎えもせぬとは、不届き千万。これ、そこの番兵」


「ここは、王城である」


「そのようなことはわかっている。それより、国王陛下はどちらにおられる? いや、こちらの陛下ではなて、今の国王……国王(仮)陛下のことだぞ?」


「ここは、王城である」


「……察してあげてください、宰相閣下」


 くっ……。このシステム、わが国ではとうに廃止したはずなのに!


 そういえば、宰相(仮)の姿も見えぬような。

 止むを得ませぬ、ここは定番のあのキャラを頼るしかないようですね。


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