旅の最後に残るもの


「あっ、そういうやあ、これ知ってます? 最近冒険者の間で流行ってるらしいんっすけど、強めのお酒をエリクサーで割ると、結構いけるんっすよ。オレちょうどエリクサー持ってるし、やってみます?」


 それ、『アルコール×エナジー・ドリンク』のカクテル的なやつでは?

 カフェインとの相乗効果で悪酔いしやすいから、要注意なんですよね。


「えー、でもエリクサーってけっこう高いやつじゃん。もったいないよー」


「いいんっすよ。どうせもう、要らなくなっちゃったんだし。このエリクサー……」


 弓使いの青年はそこでふと言葉を切り、頭陀袋ずだぶくろから取り出した小さな薬瓶を、さも愛おしそうに見つめました。


「5年前……初めてワイバーンに挑むとき、奮発して買っちゃったんっすよね。でも、結局使わなかった……いや、使えなかったなぁ……」


「うぁ、アーチャー殿。それ、わかりみ深し! 拙者も消耗型巻物の『極』シリーズは、もったいなくて全部とってあるでござる!」


「そーそー! そんで結局、使わないままその術マスターしちゃって、もう巻物なくても発動できるから使いどころが行方不明になっちゃうのよね!」


 いや、使えよ。

 何度も何度も挑んで、瀕死の重傷を負ったって言ってませんでしたか?


 ていうかそのエリクサー、賞味期限大丈夫なんですか。


「おお、お分かりくださるか魔法少女殿! あと拙者は、最初にもらった『おにぎり』がもったいなくて、まだ頭陀袋の底に眠っているでござる」


「それは食えよ」


 それは腐ってるよ。


「まぁーでも、おにぎりはこっちの大陸じゃ、手に入んないもんねえ」


「そうなんでござる。拙者の古里ふるさとでは、公園のベンチそばとかにわりと落ちていたのにグスン」


 しかも拾い食い!


「故郷の味ってやつよねー。アタシんとこは、基本パン系だったなぁ」


「自販機下の小銭とともに、拙者の生きる糧でござった。……魔法少女殿にも、『懐かしのあの味』があるでござるか? 拙者と一緒でござるな!」


「味はフツーっていうか、別に美味しくもないっていうか、どっちかって言うとマズいんだけどね。……でもなんか、たまに食べたくなっちゃうときとか、あんのよねぇ……。こっちだとポーションでしょ? あんなんでHPはらペコが回復するかっつうの!」


 とんがり帽子の少女(?)は、ワイバーンのもも肉を乱暴に口へと放り込みました。


 クチャクチャとみ砕きながら少女(?)の横顔は次第にかげりを帯びます。


「アタシ、あの頃はホンットお金なくってさぁ……。宿代ケチって洞窟に住みついて、拾ったパンかじりながら、空腹で倒れそうになるまで仕事しまくってたのよねえ……」


 他の冒険者らもそれぞれに思いを馳せるようにして、静かなる山裾には、ただジュージューと肉の焼ける音だけが漂います。


「それで、残り体力ギリギリ二桁になるまで戦い続けたら、やっと町に転がり込んで、泥のように眠るの。あの一瞬が、幸せだったなあ……」


「あぁー、オレもそれ、わかるっす! オレはお布施不要の神殿の横で、よく往復ダッシュしたなあ。野原フィールドを駆けずり回って、ただひたすら小物追いかけて……そうしてオレらは、鍛えられてたんっすよねぇ……」


 臣は、情けなく思います。

 恵まれた己の境遇を、何とも思わず享受してきたこれまで。


 臣は裕福な貴族の家に生まれ、衣食住に不自由なく育ちました。

 臣があったかい布団で眠り、親のすねかじって暮らしていた頃――この者たちは、明日をも知れぬ身で残パンを齧って野宿していたのですね。


 しかも魔物退治ハンティングの学び方たるや、野生の肉食動物と同等であったとは。

 畏れ多くも陛下より冒険の手解きを賜った臣は、なんたる果報者にございましょう。


「あっ、ちょっと、スナイパー! それ、あたしが育ててたやつ!」


「卑怯なり、スナイパー殿! ……魔法少女殿、拙者のお肉あげるでござるよ」


「……すまん」


「べっ、別に、あげないとは言ってないんだから! 仕方ないから、くれてやるわよ! 感謝しなさいよねっ」


「……感謝」


「ふ……ふんっ! 何よ! 他に食べたい部位あったら、さっさと言いなさいよね!」


「オレ、ボンジリ食べたいっす!」


「アーチャーには聞いてない」


「魔法少女殿、拙者のお肉は……?」


「ユッケさん、ほらもっとじゃんじゃん飲んでくださいっすよ、オレのエリクサー! あっ、スナイパー、ボンジリ焼いてくれてるんっすか!? うわ、肉焼いてるスナイパーの図、希少すぎてスクショしたいくらいっす!」


「……照」



「少々、騒がしゅうございますな、ユッケ様」


 けれど時にはこうして、大勢で食すというのも悪くはないものです。


 陛下は杯をゆらりと傾けあそばされました。


「こうしてバカやってる時が、一番『生きてる』って感じするんだよなぁ」


 静かな残り火が、尊き横顔を照らします。


「畏れながら、ユッケ様。あまりきこしめしますとγガンマ‐GTP値が」


「サイゾー」


「はっ、出過ぎた真似を――」


「明日は、港に向かうぞ」


「……ほう、また海にございますか。して、次はどちらへ?」


 世に知れたる海の怪物は既におおよそ御成敗なさって、臣の手元の図鑑はコンプ目前にございます。


 これはいよいよ、バハムートでございましょうか。

 珍味なれど大き過ぎてなかなか食べきれないとの仰せでしたから、これこのように仲間を連れて行かば、あるいは。


「国だ」


「は? ……どちらの国へ?」


「オレたちの国。帰るんだよ、わが国へ」


 約束の一年は、もうすぐそこまで迫っていました。


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