3 御目見得の儀

元服の儀を無事済ませた明煌は、参列者に見送られながら父王について政所の中を通り、建物の前の広い庭を横切り、正門の二階へと階段を上がっていった。

「国王陛下だ」「皇太子もお出ましになったぞ!」

門の下を埋め尽くす大勢の民の声が、どよめきとなって下から聞こえた。

戦時に矢を射るため、凹凸がつけられた壁の間から見下ろすと、さまざまな民の姿が目に入った。


すぐ下には商人など、絹の上着を纏った羽振りのよさそうな男たちが、その後ろには質素な木綿の衣類を纏った、街で働く人や農業に従事する民の姿があった。

「皇太子殿下、おめでとうございます!」

あちこちからそういう声が飛んで、父王がしたように明煌も手を振ると、多くの民が手を振り返してくれた。


ふと、あの者たちと、自分との違いは一体何だろうという思いが沸いた。

人は食べなければ生きることはできず、眠らなければ身体を維持できない。

あの者たちは自分たちで働き食べているのに、自分は王宮の中で、特に働くこともなく与えられるものを食べ、絹を纏い、柔らかい布団に包まれて寝ている。

ただ、生まれてきた場所が違うだけで、なぜこんなに差が生じるのか。


もし、それを月桂に尋ねたとしたら、どう答えるだろう。

「あなたさまは、あの民を率いていく立場だから違って当たり前なのです…」とでも言うだろうか。


昔々、安住の地を求めて旅を続けていたわん家の祖は、険しい岑剛しんごん山から流れ出る清らかな清流に魅せられ、その麓に住み着いたのだという。

太陽の位置からすると、暁映国は岑剛山を背にした西の果てにあり、標高がやや高いので日の出を正面に見ることができる。

対面の山裾を赤く染めながら登ってくる日の出を見ながら、国名を決めたのだと記録に書かれている。


今でも岑剛山の裾野を豊かな水量で流れている大川は、夏の水量の少ない時しか渡ることができない。広い川幅と、所々にある見えない深い淵が人を拒み、橋を架けようとしても、途中で何度も流されてしまった。

しかしながら、硬い岩でできているこの山は、所々で貴重な玉となる石が取れることから、水の少ない時期に石師が集団で、腰に綱を巻いて川を渡り山に入ると、数か月分の素材を割って持ち帰るのだという。


その代わり大川は、歴史の中で何度か氾濫を起こしていたようで、肥沃で耕作に適した土地が育ち、山の裾野の一帯は果物や野菜を作るのに適した農業地に、その先の平らな部分には民が必要な生活を作るため、石師だけでなく、陶器を作る村、刃物を作る村、織物を作る村などができ、そこで生きる人のために飲食店や妓楼などの集まっている区域もあった。


宮殿からまだ外に出たことがない明煌も、元服の儀を済ませればある程度、外出が許されるはずだった。

父王も若い頃は月に一度ほど、民の様子を見に出かけていた、と聞いたことがある。

もちろん護衛がついての外出で、安全なところにしか行けないことは分かっていた。


正門から見える通りの奥に、華やかな行列が見えた。

一番前には頼静らいせいの国の旗を捧げ持った騎馬隊が、その後ろには楽隊が賑やかな音楽を奏でながら歩いている。

真ん中には、四方を赤い垂れ幕に覆われた輿があり、その後ろには王女と一緒に入宮する宮女や護衛がずらずらとついてきていた。


民が道を空ける中、一行はゆっくりと近づいてくる。

あの輿の中に、自分の妻となる人がいるのだ。でも、明煌にはそれが自分のこととは思えなかった。

生まれた時から大勢の大人に取り巻かれ、危ないことは何もなく過ごしてきたが、それだけ世の中のことに疎く、妻と娶る、などと言われても実感が湧かなかった。


母妃は父王とは遠縁の親戚で、母もまた宮殿からほど近い王族の住む地域の中で大事に育てられたお姫様だった。

母妃が父の元へ嫁いだのは十五の時だったが、十八の時に一度流産していた。

父王は母妃が流産したのを機に、周りに勧められて側室を迎え、腹違いの兄がひとりできた。

その後も、母妃はなかなか子に恵まれず、もう一人の側室を迎えることになり、今度は冬月国へ嫁いだ姉がひとりできた。


明煌は母妃が二十二歳の時の子だ。

義兄は側室である母の宮殿で過ごしており、太子殿とは父王の宮殿を挟んで反対の地にあるため、ほとんど行き来はなかったが、元服した以上、義兄と顔を合わせる機会は増えるだろう。

行列が近づいてくると、明煌は父王と共に正門の階段を降り、政所へと戻っていった。

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