政治的工作

第34話 衝撃

 くたびれた牛が、荒れ果てた土地にある巨大な切り株を引かされている。人々も縄を引き協力するが、なかなか引き抜けなかった。


 なるべく朝廷に悟られないように、東国を豊かで強い国にしなければならない。そのためには新田をたくさん作る必要があった。しかし作業は遅々として進まない。


「なぁ、言いつけの通り半刻は働いたぞ。その分の褒美はくれるんだろうな」


「……ああ、必ず」


「待っているぞ。もう月も半分過ぎてしまったがな」


 農民が鳴海とサトたちを嘲笑って去っていく。何者にも属さない彼らの言葉に信用はない。太刀を帯びた十数人を恐れ命令には従うが、いずれそれも通用しなくなる。武家の者に数人が斬り捨てられても、百を超す農民たちには投石という特技がある。数に勝る彼らに、所詮無傷ではいられない。


 例え身内の血が流れても、命令には従えない。そう思われてしまえば最後だった。


「脆い力だな」


「ーー鳴海さま。下々の者が苦労せぬ世にしたいという、あなた様には立派な志があられる」


「そうであったな。そのためには力が必要だ」


 黒い覆面を被り、気配なく鳴海に付き従う者。彼らは京において、寺社門前にあるを祓うことを生業としていたと聞いた。有り体に言えば死体処理だろうとサトは見当をつけている。その彼らが、唯一見える両目に厳しい視線を宿した。


 鳴海という、かつて平家の私兵「禿」であった彼は、無邪気なまでに、反面教師とすべき平家棟梁に似通っていく。


「なぁ、鳴海さん。ほんまにそれでええんか?」


「ん? なにがそれほど気にかかる」


「ーーいいや、何でもない」


 サトは、鳴海が自身の自己矛盾に気づいていないことに恐れを抱いた。この人も、まつりごとの魔に魅入られてしまったのだと。まつりごとは同じ人形の、頭だけすげ替えるようなものだと、確か彼自身が言ったのではなかったか。


 新しい政権を立て、その力で既存の勢力をすり減らす。いずれ双方が力尽きて、下々の民のための国ができればいい。それは彼なりの正義なのかもしれなかったが。


 どちらにしろいくさが起こるというのは避けられない。それで駆り出されるのはまた弱き者たちではないか。理想の世のためには今の世が醜悪であってもいいと?


 死者を祀り弔うはずの寺社が、死をケガレと見做す。そのことに似ている気がした。都合のいい、人の命を弄ぶような。


「おい」


 びく、と体が引き攣った。サトはそんな自分が好きになれない。こんな男に怯えるなんて。ウチはあの人にも正面から口答えしたのに。


「サト。なぜこうも上手くいかない。私は間違っていたのか。天は私を見放したのか」


 ……正しくたって、人は報われない。我が子を守ろうとしただけの、優しい母はどうなった。無惨に斬られ、子の目の前で死んだではないか。


 そんなことを心の中で思い、鳴海を呪いながら、サトは大きく引かれた拳がゆっくりと顔に迫ってくるのを見ているしかなかった。

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