第9話 毒 其のニ

「おい! お前ら、町の外から来おったな?」


 発熱は、病を起こす外要素が体内に侵入したときに起こる病態であり、なんらかの媒体で病気は広がってしまう。サトの指示で、死体の隔離と焼却を進める隼人に、老爺が怒鳴りつけてきた。


「あ……生きてる人がいた」


「あぁ? ワシが生きておったらなにか不都合か? お前らのようなが、この町に祟りを持ち込んだんじゃ。穢らわしい、出て行け!」


 まだ生存者がいたことに対する安堵を、予期せぬ形で曲解され、隼人は固まってしまう。そして、死体を焼く作業にも目をつけられ、隼人は感情的に糾弾された。


「おのれ、土に帰るは死者のことわりであるのに、焼いてしもうて……その者らはもう浄土へは行かれぬわ! 仏の道に背く鬼め! 鬼め!」


 わらわらと、老爺の後ろに人影が増える。逆光でよく見えないが、各々、なにか手に持っているようだった。


「皆のもの、よいな。今よ、鬼を成敗せよ!」


「隼人はん、危ない!」


 人の声が微かに聞こえるからと、不審に思い駆けつけたサトに引っ張られ、隼人は木陰に逃れる。隼人がいた場所には、怨念とも言うべき執拗さで矢が連なった。


「こ、これは……?」


「よぉあることや。病と戦乱と飢餓は、人の心を閉ざす。身内だけで固まり、他所の言葉を受け付けへんようになる。逃げるで、あの人らになに言うても無駄や」


「逃げ、る……?」


 誰も救えない無力を痛感しつつも、病の原因となる「なにか」を火の中に封じ込めようとしていた、サトの苦労は報われないのか?


「隼人はん、なにやってるんや! 残念やけどこの町の人らは見捨てるで!」


「……どうして、あの人たちは、綺麗な着物着てる」


「綺麗、か? 言うほど上等な布でも無さそうやけど。——あ」


 サトは何かに気づいた。そして、もうここから逃げるとは言わなくなった。そして、矢を射掛ける丘の上の人々に対し、大声を張り上げた。


「えらい皆さん元気そうやなぁ!!!」


 ぷつ、と矢が途切れた。攻撃が収まるのかと思いきや、少しの間ののち、ぼ、と音がして、二人が身を隠していた木が燃える。


「ほぉ! あんだけ『死人を火で焼くのは云々』言うてたのに火矢はええんか! あんたらの如来さん、菩薩さんはえらい融通が効くみたいや、うらやましいわ!」


「サト、火が」


「ウチはええ。隼人はんは先に逃げとき。——そのえらい都合のええ仏を信じてはるあんたらは、?」


「なにを根拠なき戯言を」


 気配も感じさせずに、その老爺は二人の背後に移動していた。妙に落ち着いた語り口で、しかとサトの目を見据える。そして、彼の後ろには、矢をつがえた武者たちがずらりと並んでいた。


「なるほどなぁ。バレたとしても、ウチらを殺したらなんにもならんもんなぁ。でもな、ええんか? あんたやない、あんたの後ろの人らは了承してるんか? この町の病は確かに祟りや。そこに立ってるだけであんたらにも移ってるんやで!」


 嘘である。それは薬師であるサトがこの中で一番よく理解わかっているはずの。


 隼人は、信じられないものを見るように、横に立つサトを見た。サトは、視線に気づかないわけではあるまいに、老爺から目を逸らさなかった。


 ざわ、ざわ、言い知れぬ不安感が、武者たちのなかに広がっていく。即座に弓矢から手を離すということはなかったが、その照準は、老爺にはわからない微小な角度で二人からズレていく。


 武者たちの動揺を背で感じてか、老爺は、雷が落ちたかのような大声で喝を入れた。


の甘言に誘われてはならぬ! 彼らは無限地獄への入り口ぞ!」


 ふ、とサトが老爺から視線を逸らした。横顔が、かすかに微笑んでいる。


「ーーなるほどな。お坊さんとその取り巻きか。やから浄土だの地獄だのと言わはるんやな」


 喝を入れられた武者たちは、士気を取り戻し、再び二人に敵意を向ける。


 サトは、薬草のほかはなにも持っていない、ただの薬師である。しかし、なにやら不敵に笑っている。そして、言った。


「なるほど、そのお坊さんは、あんたらお武家さまを殺したくて仕方ないようや。あんたらを祟りに触れさせて、せっせと浄土へ仲介しはるんやな。閻魔さまから小遣いもろてるんちゃうか」


「戯言ぞ、聞く耳を持つな」


「だって、そうでなきゃ、祟りのある土地へお武家さまを引き連れてきたりせぇへん。このお坊さん、敵の間者と違うか。まんまと騙されて、あんたらの家族は無事で済むんか」


 サトの攻勢は、止まらない。

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