第7話 血に触れる

「そっか、隼人さんは、爆薬を知らあらへんのか。爆薬っていうのはな、空気に触れたり、人の体に当たったりすると、どかぁんとおっきい音を立てて人や物を吹っ飛ばせるもんやねんで。こんな非力なオナゴでも、旅ができるんはその知識があったからこそや。なるべく使いたくはないんやけど、しゃあないやろ、お師匠さまに勘当されてしもたんやから。薬草の知識を、人を殺す知識に応用できたから、ウチは生きてこれてん…………」


 返り血をふんだんに浴びたサトは、早口に言葉を発し続ける。不自然なほどの明るい笑みに、突っ張って爪先立ちになり、拳を握りしめ親指の爪が皮膚に食い込んで血を垂らす。


 顔だけを取り繕っているだけて、彼女は全身で嗚咽していた。空気を震わせて泣いていた。そのことを悟られまいと、「悲しみ」という感情を「興奮」で塗りつぶそうとしている。


「隼人はん、知ってはるか? 単独では人の病を治す薬草も、ほかの薬草との組み合わせ次第では人を殺す武器になる。同じ薬草でも、適応しない病の患者に与えたら簡単に命を奪っていく。ウチらみたいな薬師はな、冥土の玄関口で、閻魔さまと人間の売り買いをする奴隷売りみたいなもんや」


「違う……ちがうよサト、そんなの、間違ってる」


「ほんまのことや! 同情なんてせんとって……」


 隼人の慰めを撥ねつけ、怒りを顔に表したかと思ったら、消え入りそうな声で唇を噛み締め、涙を溜めた目で隼人を睨みつける。サトの全身から力が抜け、彼女は膝から崩れ落ちた。


「金をもろうて、人を殺してしもうたウチの気持ちが、あんたにわかるんか? 人を救うためにこの道に入ったのに、人殺しになってしもうたウチの気持ちが」


 責め立てるように詰め寄って、しかしそれもすぐに止め、サトは立ち上がり、キョロキョロと辺りを探り始めた。


「……隼人はん、この近くに、川とか池はありましたか?」


「あ……うん。ここに来るまでに湧き水が」


「それはええ。……ありがとうな、ほんで、いまのは忘れて」


 ぐちゃ、ぐちゃと死体を踏みつけて、サトは隼人が来た方へ歩いていく。隼人もそれに倣い、死んだ人間の肉を踏む。この人間たちを死なせた張本人が、死んだ後の、魂のない肉塊には関心を示さない。あるいは、強いて関心を示さないようにしているのかもしれない。


 サトが発する、隼人にとって聞き慣れない言葉は、隼人が生きてきた環境とは真逆の環境の気品を感じさせた。サトは、その生い立ちを、隼人にすべて明かしたわけではない。隼人にはそのことが、とても重いことに感じられた。



 先に川に着いたサトは、上半身を裸にして、じゃぶ、じゃぶと着ていた服を洗っていた。川辺の土を拾って服につけ、何度も何度もこすり洗いをする。服についた呪いから、逃れようとするかのように。


 見てはならないものを見てしまった気がして、隼人はサトに背を向ける。そんな隼人の背に、サトはぽつりぽつりと語った。


「あんな、ウチ……信じてもらえへんかもしれんのやけど……、人の血ぃが体につくと、その人の半生が体になだれ込んでくるんや。苦しみも、悲しみも、怒りもーー喜びも。なあ、何でやと思う? なんで人の感情のなかで、嬉しいって感情は少ないんやろな?」


 一人で生きていかなくてはならない少女の唯一の武器は、少女に返り血をたくさんもたらすものだった。彼女は、いままでにどれだけの人間の悲しみを、その細い体に溜め込んできたのだろう。


「隼人はん、きっと、自分のことかわからへんのやろ?」


 突然自分の名を呼ばれ、鼓動が高まる。


「どうして、わかった?」


 隼人の問いには答えず、サトは続ける。


「どうしてもわからへんのやったら、ウチに頼ってな。あんたの血ぃに触れば、あんたの過去のこともわかるかもしれへん」


 とても魅力的な提案に思えた。しかし、それを行なうことで少女の身に、どれだけ負担がかかることか。隼人は、サトになにも言うことができなかった。

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