少女の異能

第6話 被害者

 二人が旅を始めて、一週間が経とうとしていた。ある晩夏の日、このままでは隼人とサトは次の町に着けずに、山の中腹で一晩過ごさなくてはならない。


 二人の進みが遅い原因は、隼人の側にあった。彼は、実はど方向音痴で、サトが少し目を離しただけですぐに脇道に逸れてしまう。


「あー、もう、なんでそっち行っちゃうんかなぁ」


 前を歩いて先導してやっているのにもかかわらず、小鳥がさえずるたびにその音に引かれていくその歩みは、あまりにも危なっかしい。整備されていない山道では足元をよくみないといけないのに、彼はまるで平地の感覚で山を歩いているようだった。


「あぁ、やっぱり」


 ずさっ、と砂袋でも落ちたような音がして、振り返ってみれば、案の定彼は木の根に派手につまずいたらしく、顔面から斜面に倒れ込んでいる。


 下りの坂で転けたのだから、勢いもついているに違いない。無傷というわけにはいかないだろうし、打ちどころが悪ければ骨を折っているかもしれなかった。


 ただ、一週間もすれば、過剰な心配はしなくなる。いちいち心配していたら身がもたないというのもあるが、サトは隼人の不思議な体質に気づきつつあった。


 派手に転けて、折れた足で立ちあがろうとするも力が入らず、また転げてしまう。受け身もとらないから、傷は増える一方だ。裏返した昆虫のようにジタバタ足掻く姿は、人間であることさえ訝しんでしまうほど。


 しかしその傷は、その日のうちに治ってしまうらしい。正確に言えば、その日の夜に、だ。


 彼の、魂も凍るほどのひどいうめきで、何度飛び起きたことか。その起きるたびに、傷が減っていく。心ここにあらずの死にたがり屋が、傷の修復でまた苦しむのは見ていて不憫ではあった。


 しかし、サトも商人である。一日で三つの村は回っておきたいのに、この一週間は一日に一つ回るのがやっとだ。いい加減、腹が立ってくる。


 イラついて、サトは勢いよく隼人を振り返った。また後ろでうろうろしているはずの隼人を、睨みつけるつもりだった。


「なぁ、ええ加減にしてぇなぁ……あれ?」


 返事はない。その代わりに、人の気配が増えていく。一人、また一人……総勢十人はいるようだった。


「なにを、にすればいい?」


 京ことばのアクセントを真似しきれずに、変な抑揚がついたその声を、サトは苦々しい思いで聞いた。自分は、このままだと、彼らのらしい。


 仕方がなかった。サトは、歓迎できない来客と、戦うことにした。


「しゃあないな。悪ぅ思わんといてぇな?」




 敵を甘く見て、返り討ちに遭う。それはまるで、かつての隼人が首領であった盗賊団の末路のよう。血に濡れたサトを見て、隼人は愕然とする。


「あー、おかえり。堪忍な、こんな怖いこと、あんたの前でするつもりやなかったんやけど」


 体の中心部がなにかで貫かれ、そこから四方八方に、武器が爆散したかのような、八つ裂きの死体があちこちにごろり。


「葉っぱを調合する薬師はな、爆薬にも明るいんやで」


「ばくやく……」


 聞いたことのない言葉が、脳のうわべを滑っていく。彼は、その言葉の意味を推し量るより先に、恐怖でがんじがらめにされた。


 ならず者たちの頭として担ぎ上げられ、略奪をはたらき、多くの者を殺した。サトが強かったからよかったものの、自分と同じ呪縛を受けた者が、サトを襲った。


 自分は、サトと一緒にいるには、あまりにも危険な存在だ。あんなにサトについていくのに苦労していたのに、血の臭いは正確に辿れてしまったのがその証拠ではないか。


 隼人は、自分の手に視線を落とす。関節が大きく腫れ上がり、そのまま固まってしまったその手のいびつな形は、袖口からのぞくサトの細く美しい指とは、釣り合わない。


「ごめん…………」


 隼人は、喘ぐようにそうつぶやいた。

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