第20話 魔法使いの、お家にて(上)


 人に、魔人に、神々。

 知性を持つ種族は、大きく分けると、この三つだ。

 人からも魔法の力を持つ人々、魔法使いが生まれるように、細かく分けていけばきりがない。それほど、この世界には多くの種族がせめぎあい、そのために、協定がもうけられた。

 観測都市という仕組みが、ギーネイたちには、最も身近だ。

 そのほかにも、種族や国を超えた色々があるらしい。百年前は、『ドーラッシュの集い』の施設で育ったギーネイには、知る術のないものだった。

 生まれ変わった世界では、ただの学生だ。偉い人たちが頭を悩ませるような協定と言う出来事に、関わるはずもなかった。

 なのに、深く関わってしまった。


「我々は、人であって、魔法の力を扱うことが出来る。それゆえに、古代より人の側として、魔人族と、そして神々との関わりを取り持ってきた」


 ギーネイたちを待っていたのは、暖炉の前に座る、ご老人だ。

 都市ボハールの警備本部でも、市庁舎でもない。なぜか、ギーネイたちが連れられたのは、都市のハズレにある、古いお屋敷であった。

 古びたレンガ造りの暖炉は、色合いが工夫されている。基本は青いレンガの、よくある暖炉である。その足元の床はタイルで、暖炉から近い順に赤、オレンジ、緑と、一歩、一歩と熱に近づくように半円を描いていた。

 暖炉を中心とした、半円の結界のようだ。

 その暖炉の半円の、最も暖炉に近い赤いタイルの上に、木製の椅子がある。座るのは、この家の主である魔法使いのご老人だ。

 ギーネイたちは、ただ静かに、老人の言葉の終わりを待つ。


「古代も、百年前も、今も………種族、国家の枠組みを超えた危機には、助け合う。そうしなければ、生き残れないからな」


 名前を、シレーゲン・グーラ・ゾーラ・ラボース。

 ほとんど白くなったおひげと髪の毛を、どちらも短く切りそろえた、無骨な武人と言う印象を与える、気難しそうなおじいさんだ。幼い子供など、このご老人の前に引き据えられただけで、泣き出してしまうに違いない。

 荒縄使いの魔法使いのお姉さん、ククラーン・グーラ・グラーレンの魔法の師匠であり、育ての親でもあった。


「協力関係って言っても、お互いの願いが重なり合って、ぶつかり合う。その中で探って見つけるから、もう、大変、大変………」


 ククラーンお姉さんのオレンジのショートヘアーが、赤々と燃える暖炉の炎に照らされ、まるで、本当に燃えているかのようだ。師匠であり、育ての親のシレーゲンより、一歩下がるオレンジのタイルの上に、やはり木製の椅子に座っていた。

 いや、木製というか、ククラーンの魔法の荒縄を用いた、椅子である。この家のしきたりなのか、魔法を使い慣れて、自然とそうなるのか分からない。

 最も外側、緑色のタイルの更に外側に、ギーネイたちが座る。

 椅子は、ないらしい。


「………協定、ですか………」


 ギーネイは、ようやく口を開いてもいいようだと、重要な単語を口にした。ククラーンの姉さんの前では、もはや悪ガキという態度を取る今日この頃、場所が場所、相手が相手であるため、言葉を正していた。


「協定って………互いの領地に行くな――とかだっけ」


 ルータックが、ギーネイに小声でたずねる。お勉強嫌いの悪ガキの一匹だったが、遺跡に潜る協力員になることを目的に、成績は急上昇。世間一般の常識は、一応は、記憶にある。

 実感が、ないだけだ。

 今回の事件の中心人物と共に荒縄に縛られ、連行されただけだ。

 事情を、話せと。


「ははははは、バカ同士が殺し合い、あとは日々のままに。そうであれば、いくさなんぞ、起こらぬものよ。協定なんぞ、作らずともなぁ」


 暖炉に向かったまま、老いた魔法使いは、豪快ごうかいに笑った。

 笑い事ではないと、思わず、ギーネイは老いた武人のような魔法使いに、文句を言いたくなった。

 すぐに、笑うしかないのだと、思った。

 遺跡で爆発が起きたと聞いて、ギーネイたちは、何を思った。

 知らせを運んだククラーンと、悪友ルータックと共に、考えるよりもまず、遺跡へと大急ぎで向かったのではなかったか。

 危険だと。

 魔人族が、同じ危機感を持ったとしても、おかしくはない。信頼できない相手が、危険な力を手に入れようとしている。協定を破ってでも、阻止すべきだと。

 そうして、互いに信じられないまま、戦いは広がる。


「何とかしなくっちゃ――そう思ったまま、戦いが始まって、続いて、広がっていく。それを防ぐために、強引にでも、線引きをする必要があるのよ」


 協力して、定めた一線を守れば、災いは阻止できる。

 それが間違っていると叫ぶ人々は、止められない。いつの時代にも、必ず、古い約束事、今の世界を否定したい人たちが現れる。

 ギーネイの恩師である、ユーメルの警告だ。

 かつてのギーネイたち『ドーラッシュの集い』のような勢力が、この時代にも現れる。その先に待つ事態を、止めてくれと。


 戦いはすでに、始まっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る