第18話 犯人は、素人にて


 人間は、信用できない。

 空中で仁王立ちをして、言い放っていた魔人族が、音もなく落下した。何が起こったのか、理解するまでに時間が必要だった。

 何かがはじけたかと思った、それは魔人族の血しぶきであり、そして、落下した。

 最初に反応したのは、この光景に親しみのある、ギーネイだった。


「トライホーンだ。ククラーン、逃げ回れ。防御を抜かれるぞっ」


 言いながらも、ギーネイは駆け出した。魔人族の男が、血しぶきを上げた。その方角から、攻撃の位置の見当をつけ、駆け出したのだ。

 一方、とっさに防御姿勢に入っていたククラーンは、ギーネイの言葉通りに、逃げ回る道を選んだ。

 ついでに荒縄でルータックを捕まえると、森に消えた。

 さすがはお姉さんだ。先ほどの魔族とも対決する覚悟をしていたほど、戦いの術も身につけていたらしい。切り替えの早さが、年季をうかがわせた。

 ギーネイは、走った。

 何者かがトライホーンを復活させたのか、遺跡から発見したのか、それはギーネイにも分からない。魔人族を殺害したことで、戦いの引き金は引かれたと考えるべきで、ならば、終わらせる道を考えねばならない。

 それも、後だ。

 今はまず、事を始めた愚か者から、武器を取り上げるのが先だ。この時代にないはずの、自分達とともに、過去に消えたはずの武器をだ。


「最大威力で放ったのなら、まだ――」


 ギーネイは、悪ガキと呼ばれていたサイルークに、心から感謝していた。勝手なこととはいえ、この時代に、過去の過ちを正す機会を与えてくれたことに。

 そして、この高い運動能力に。

 悪ガキと呼ばれるゆえんは、このサイルークの、運動能力のおかげだ。大人を困らせ、逃げ回ることが可能であるのは、この無限とも思える体力と、野生の感のおかげなのだ。

 相手は、ガサゴソと、ここにいると教えるように、逃げている。

 相手の見えない位置から、強力な一撃を放ち、離脱する。

 基本を抑えているが、どうにも素人らしい、まさか、偶然ということも考えられる。何が出来るのかを試すうちに、偶然、殺したと。

 そうだとしても………

 ギーネイは、先ほど音がした場所に、すでに到着していた。


「いてッ――」


 マヌケな声とともに、倒れた音がする。

 本当に、かつて受けた訓練と、その訓練を十分以上に生かすことの出来た、サイルークの肉体に感謝である。

 ギーネイは、犯人に迫った。


「あきらめろ、あの威力だ、まだ撃てる状態ではない」


 相手の腕をり上げた。

 立ち上がろうと、地面に腕を付いたところに、一気にバランスを崩された犯人は、無様に崩れ去る。

 妙に反応が鈍いというか、まともな訓練も受けていないようだ。むしろ、息も絶え絶えで、すでに力尽きているような感じだ。

 素人だというギーネイの判断に、狂いはなかったようだ。

 だが、全てを見通すことは出来ない、予想外の顔が、目に飛び込んできた。


「ニキーレス?………おまえ、何でこんなところに………」


 犯人に追いつき、行動を封じた。

 そのはずだったが、間違えた相手を転ばせたのだろうか。ギーネイは、真犯人が近くで自分を狙っているのではと、周囲に目を向ける。

 あるいは、ククラーンとルータックのほうを狙ったのか。

 目の端が、違和感を見つけた。

 ギーネイは再び、ニキーレスに向かい合う。優等生らしく、普段は机の前のニキーレスは、ぜ~は~と息が荒く、立ち上がる力も、起き上がることすら不可能にさせていた。

 しかし、その腕にはギーネイには懐かしく、慣れ親しんだ武装があった。


「トライホーン………お前があの魔人族を撃ったのか………」


 強引に、ニキーレスの腕から武器を解除する。

 ベルトで、半一体化する武装である。小さな、楕円の盾にも見える、表面を樹脂に覆われたそれは紛れもなく、ギーネイがかつて頼りにした武器、トライホーンであった。

 最大威力を放った直後である、まだ撃てる状態ではないはずだ。

 故に、最低でも三人で同時攻撃、あるいは援護できる体勢を調えねばならない。ならば、仲間が付近にいるはずだが………

 単独だと、ギーネイは確信を高めた。

 数名の最小編成の攻撃であったならば、あの魔人族の頭に胴体と、複数の大穴が開いたはずだ。魔人族の防御力に、回避能力は、侮ることが許されない。それが、あの血しぶきからは、単発とわかった。

 犯人は、一人だと。


「ニキーレス。最近、妙な連中と付き合い始めたという噂があったが、本当だったか………」


 町外れに向かったとか、優等生らしくなく、運動に目覚めたとか。実は、格闘に目覚めたのではないかとか、色々だ。

 戦闘訓練を始めていたというのなら、納得だ。ただ、訓練を始めたばかりでは、まだ何も身についていないだろう。

 無様に転ばされたまま、域も絶え絶えの様子が、痛ましい。

 このまま尋問してもいいが、ククラーンたちが気がかりだ。ニキーレスを陽動にして、ククラーンたちを襲うという可能性は、消えていない。

 トライホーンを操作し、余熱を逃がしつつ、三対の角を、ニキーレスの腕に押し当てる。


「答えろっ、仲間はどこだ。トライホーンは、いくつ発掘した」


 やりのような使い方をしても、問題のない強度をほこる。まさか、百年後もこうして手にするとは、思っていなかった。百年も、どのような環境におかれたのか知る術はないが、動作しているのだ。

 しかし、古代の人々の生み出した技術力を思えば、当然であった。

 故に、観測都市が生まれた。何百年立っても使うことが出来る、それがトライホーンをはじめとした、発掘兵器である。ユーメルたちはその技術の再現に成功したと、大変誇らしそうだった。

 思うところがあっても、技術力が古代の英知に届いたという、あの誇らしそうなユーメルの顔は、本物だったのだろう。


「し………知らない。ワーゲナイ先生から、秘密の資料を見せられて、使い方どおりにしたら、使っただけだ………」


 この答えに、ギーネイは思わず、呼吸をすることをやめていた。

 そんな、馬鹿なことなど、あるのかと。

 目の前の、トライホーンで魔人族の男を殺したばかりの優等生は、何も考えることもなく、ただ、教えられたとおりにしたというのだ。

 あの魔人族の男の死が、新たな戦争の引き金になるかもしれないというのに………

 ギーネイは、声を強めた。


「答えろ。俺たち『ドーラッシュの集い』は、壊滅したんだ。トライホーンを盗掘した貴様らは、何者だっ」


 とっさに、理想主義のワーゲナイの顔が浮かぶ。

 目の前の優等生、ニキーレスに目をかけ、育ててきたのならば、思想を教えた犯人は、武器の扱い方を教えた犯人は、一人しかいない。

 しかし、あの若い教育者が単独で爆発物をそろえ、遺跡をこじ開けたわけではないだろう。もしそうなら、恐るべき行動力である。

 何人が、自分のしていることの意味を、理解しているだろうか。

 目の前のまじめな少年が、かつての自分だと思うと、なんとも言えない気分だった。


「ニキーレス………トライホーンって言うんだよ、この武器は。使い方を知っているなら、名前くらいは知っているだろう」


 声を、和らげた。

 普段の、サイルークの声色である。そのためか、ようやくニキーレスは、反応してくれた。

 コクコクと、子供のような反応だった。普段の、優等生と呼ばれることに誇りを持つ少年が、形無しだ。

 本能的な行動としては、このあたりだろう。これ以上は時間の無駄と言うより、後にしていいと判断する。

 そういえば、ククラーンに逃げろと言ったままだ。目の前の、コクコクとうなずくだけの同級生よりは体力があるだろうが、逃げ回ったまま、疲れないわけではない。

 後で、怒られないか、ちょっと心配になってきた。

 色々大きなことはさておいて、合流することにした。


「話は後だ、もう、立てるだろう」


 ニキーレスは、コクコクうなずくと、立ち上がった。


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