第2話 生意気なガキ

 転がり込むように運転席に着くと、数秒遅れて天馬も助手席に雪崩れ込んだ。緊張の糸が少し解けたせいで、汗がどっと出る。シートベルトをする前に上着のパーカーを脱いでTシャツ1枚になり、脱いだパーカーは後部座席に投げ捨てた。


 天馬はシートベルトをしたがTシャツ1枚の俺を横目で見て、自分も上着を脱ぎ始めた。片袖を脱いだあたりでダッシュボードを開け、スマホを探し始めた。俺たちは潜入時には、スマホは逃走時に落としてくる可能性があるので所持しないことになっている。財布も免許証など身分がわかるものが入っているため、ダッシュボードに乱雑に仕舞ってある。ダッシュボードには2人分のいろんな私物が入っているため、なかなか目当てのものが見つからない。

 天馬はシートベルトをしたうえで探し物をしながら上着を脱ごうと四苦八苦しているが、ただもがいているようにしか見えない。ブルゾンの袖口のゴムが引っかかって脱げない。天馬がなのはわかっているのだが、いつ見ても呆れるしかない。クソッ、と言いながらスピーカーホンにしてスマホをかける。多分、相手は一休だ。


『あ、終わりました?』


 スマホからは一休の呑気な声。


「テメー、防犯手薄だって言ってたじゃねえか!カメラにバッチリ映ってんぞ!」


 声を荒げる天馬の腕は、まだ袖から抜けない。先にニットキャップをもぎ取り、後部座席に叩きつけるように投げた。俺はエンジンをかけ、車を走行させた。


『大丈夫ですよ。もう消したので。まあ、最初からで潜入して消すつもりでしたから』


 一休の呑気な返答が、天馬を更に苛立たせる。というのは、一休がパソコンで何かしらの事をしてるんだろうと解釈した。ハッキングというのをしてるんだろうが、苦手分野なのでよくわからない。一休が大丈夫だと言ってるのだから、それを信じるしかない。


「だったら最初から言えよ!」


『だって最初に説明すると、天馬さん、本当に大丈夫なのか、とか言って面倒くさいじゃないですか。気が小さいんですよね』


 一休は痛いところを突く。


「クソガキが!」


『はい。まだガキですよ。18ですから』


 一休は負けてない。天馬は、苛立ちをぶつける矛先を自分の上着を脱ぐことに向け、クソが!と袖を引っ張る。その勢いで袖から腕が抜けた。上着が抜けると気持ちに少し余裕ができたのかニンマリ笑って、それじゃあよぉ、と喋り始めた。


「それじゃあよぉ、そのお子ちゃまに言いますが、なんなんだよ、あの汚ねえメモは。お前はまともに絵も描けねえのか。幼稚園児が描いたようなメモじゃあわかんねえんだよ」


『あ、それでこんなに時間かかったんですね』


 天馬はマウントを取ったと思っていたが、自分の否を認めない一休に舌打ちをした。


『それ、もし落としちゃったらわからないように、態と汚く描いたんですよ。それくらいわかると思ってましたが』


 んぅぎゃぁー!と声にならない叫び声をあげ、天馬はダッシュボードを蹴った。冷静さを欠いた者は、相手が子供であろうと勝てない。再び天馬は取り乱した。


「このガキが偉そうに!テメー、今回ターゲットが部長だって言ってたじゃねえか!カメラあったの社長室だぞ!メモ自体間違ってんじゃねえか!」


 ふぅー、と一休の溜息が聞こえた。


『天馬さん、依頼人の話、ちゃんと聞いてたんですか?ターゲットの部長は、会社で社長がいない時に社長室に呼びつけられるって、依頼人が言ってたじゃないですか』


 たしかにそう言っていた。たがメモには『部長』と書かれていた。一休のことだから、こちらがパニくることを想定して遊んだのかもしれない。解せない奴だ。


「じゃあ社長室ってメモに書いとけよ!」


『だからー、落とした時のことを考えて、極力細かいことを書くのを避けたんです』


 分からず屋を説き伏せる言い方に、天馬の怒りは頂点に達した。狭い車の中ではどうすることも出来ず、助手席のシートで体をピーンと一直線にし、んがぁあぁぁー!と訳のかわらない叫び声をあげるしかなかった。それを見て俺も笑うしかない。


『それよりも劉弦さん。カメラ撮れてるか確認できました?』


 おっ、こいつは俺にもマウント取ってきやがる。しかし、自分より苛立っている奴が隣にいると、こちらは余裕で受け流せる。はいはい、今確認しますよ、と俺は答えた。

 俺は運転中だったので、怒り狂って体をピーンとさせている天馬を肘で小突いて、カメラを確認するように言った。天馬は不服そうだったが、ダッシュボードから映像再生機を探した。後部座席の自分のブルゾンのポケットから小さなカメラを出し、映像再生機にセットした。

 このボタン大の小さなカメラを見つけてきたのは一休だ。遠隔で映像を見れる装置もあるが、それでは近くで待機していなければならなく不便だ。この小さいカメラだと通常4時間のところ12倍速で設定すと最大48時間は録画できる優れ物らしい。また小さいので見つかりにくく、軽いので両面テープで貼り付けるだけで設置しやすいのだ。また回収できなかった場合のことを考えると、通信性のものだと逆探知できてしまうので、この小型カメラの方がリスクが少ないのだそうだ。一休の話を聞いていた時、半分くらい理解できなかった。

 はじめは下働きの一休に、潜入して中の様子を調査して来い、と言っただけだった。カメラの位置がわかれば、一休がいつもやるハッキングとやらで中の様子が見れると思ったが、どうやら室内には防犯カメラがなかったらしい。一休はついでに盗撮カメラを仕込んできたのであとは回収してください、と下働きのくせに俺たちに指示してきやがった。


 天馬は手元で映像を確認した。デジタルなので早送りや巻き戻しの音はしない。目的のシーンを見つけたところで再生させた。部長らしき男の怒鳴り声が聞こえた。


「一休さん、ちゃんと撮れてますよ」


 と不貞腐れた天馬の代わりに俺が答えると、利休です、と一休はピシャリと反応した。やっぱり、生意気だ。


『それでは、こちらで解析するので、無くさないように持ってきてください』


 一休はそう言うと、一方的に電話を切った。


「なんなんだよ、あいつはよー!お前が司令官か!ふざけんな!」


 天馬は窓を開けてタバコを吸い始めた。この車は社用車なので禁煙にしてある。俺も和尚も喫煙者なのでタバコの臭いは気にならない。あとうちの会社にはカウンセラーが1人いるが、俺たちがタバコを吸うので、それほど気にならないようだ。一休だけが、タバコの臭いを嫌うので、社用車は禁煙のはずだが、天馬の最後の足掻きで、当てつけのように車の壁に向かって煙を吐いて臭いをつけていた。天馬の負け犬感が否めない。

 車は会社に向かって走っている。

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