フルセイル!~現代人が海冒険者になって海ゴブリンや海賊と戦ったり海ダンジョンでロマンを求めるお話~

トクルル

第1話

「困った…」


 大海の中、ポツンと在る島で男は途方に暮れていた。


 珊瑚が砕け砂のようになった白い砂浜。

猫の額のような狭い島に、一本だけ椰子の木が生えている。

雲ひとつ無い青空と、燦々と輝く太陽。

透明な海は、波打つ砂の海底を蒼く映す。

モルディブや、モーリシャスと言ったインド洋の美しい島を思わせる光景だ。

聞こえてくるのは波の音のみ。

喧騒とは無縁のその光景が、現代社会で日々磨り減ってゆく男の心を癒す…ことは無かった。


「…ココ何処ぉ???」


 一人呟いた男は、コートとジャケットを脱ぎ、ネクタイを外す。日本の冬の装いは、此処ではあまりにも暑い。


 寒い寒い冬の帰り道、ふと肉まんが食べたいと思い立ち寄ったコンビニから出たところで足をとられてスッ転んだと思ったら…夏の海に居た。

もう、訳が分からない。

足元を見れば、コンビニのビニール袋から顔を出した肉まん。右手にはビジネスバッグ。


「一体…どうすれば…」


 頭を抱えて暫く蹲っていた男は、やがて全てを諦めたような顔で肉まんを食べ始めた。


(肉まんじゃなくてアイスにすれば良かった。)


 そんなことを考えながら男は果てしなく広がる海を日が暮れるまでぼんやりと眺めているこの男、名を『東郷謙二』と言う。

田舎から都会に憧れ上京し、東京の荒波に程よく揉まれ、方言が抜けて標準語が漸く様になってきた28歳。彼女は大学生の頃に居たっきり、現在女っ気の無い寂しい奴である。


 やがて夜になり、月と星の明かりの下で東郷は大の字になって眠りについた。



 翌朝、東郷は眩しさと喉の乾きで目を覚ました。

肉まんと一緒に買った烏龍茶を、身体が求めるがまま飲んで居た時にふと気付く。


(あれ?飲み物って節約しないと…まずい?)


 あわててペットボトルから口を離せば、500mlの容器の半分程まで減った烏龍茶があった。


(やらかしたぁー!…あっ、食べ物。)


 コンビニの肉まんはすでに腹の中だが、ビジネスバッグの中にブロック栄養食が入っていた筈。

この、黄色い箱の栄養食で幾日持ちこたえられるだろう?

2日?3日?

その間に救助は来るのか?

そんな不安に押し潰されそうになりながら、カバンから栄養食を取り出してモソモソと口にする。


 いくら周りを見ても、そこに人の営みは無い。

唐突に、東郷は恐怖を感じた。

出来る限りの努力でこの孤島で生き延びたとして、助けは来るのか?


「だ、誰かぁ!居ませんかぁー!?助けてくださーい!?誰かぁー!!」


 孤島で白骨化して朽ち果てる自分の姿の妄想を振り払う様に、力の限り叫ぶ。

しかし、聞こえてくるのは波の音ばかり。

やがて叫び疲れた東郷は、一人砂浜で座り込んだ。

その日の夜は、あまり眠れなかった。



 3日目の朝。

島の椰子の木に実が成って居るのに東郷が気付く。

椰子の木は、島から海へと突き出すように斜めに映えており、幹の上を這うように登れば何とかその実を手に入れられそうだ。

顔を焼く陽光に汗だくになりながらも、何とか椰子の実を手に入れた東郷。

何時もより高くなった視界に広がる海に見とれて居たが、ふと下を見てあるものに気付いた。

浅瀬で泳ぐ魚の影。


「そうじゃん…食べ物獲れば良いんじゃん…」


 椰子の実を浜に放り投げて、服を脱ぎ海に入って魚を追いかける。魚は当然逃げる。

バシャバシャと、慌ただしく魚影を追う東郷。

波打ち際で慌ただしく奮闘する東郷だったが、結局魚を獲ることは出来なかった。


「もう…無理やぁ…」


 疲労困憊ここに極まれり。

海から上がった東郷は、服を着るのも億劫と言わんばかりに全裸で眠りについた。

彼が遠くの空を覆う嵐雲に気付くことは無かった。



 その日の夜中、唸る風と全身を叩く大粒の雨に東郷は起こされた。


「何これやっばぁ!」


 暗闇の中で暴風雨、大荒れの海の気配を感じる。

時折轟音と共に稲妻が闇夜を切り裂き、その激しさを東郷に見せ付けた。


「にっ、荷物!!」


 東郷はこの風の中で自分の荷物が飛ばされているのではと思い至り、慌てて確認する。

ビジネスバッグは無事だった。


「よ、良かっ…あっ。」


 服が無かった。

重さがある靴と靴下、スーツのジャケットは有った。

残りは恐らく飛ばされたのだろう。

スーツのジャケットが残ったのは、ポケットに入れたスマホの重さのお陰だろうか。


「フフっ…何かもう…逆に楽しくなってきた…」


と、東郷は呟くがその表情は笑顔とは程遠くどこか乾いたものだった。


「………着よう。無くさないように。」


 そうして、激しい夜の嵐の中に、靴と靴下とジャケット身に纏い、他はフルオープンスタイルの変態が産声をあげた。



 4日目。

耐え難い空腹と、えもいわれぬ下半身の解放感の中で東郷は目を覚ました。

幸い嵐は明け方ごろに落ち着いて、今ではすっかり青空へと変わっていた。

太陽は真上に有り既に朝は終ったと告げている。

昨晩の嵐の中では眠れる筈もなく、こうして遅い時間に目が覚めたようだ。

怠い身体に鞭打って、モソモソと黄色い箱の栄養食を頬張る。


「あー…ふらふらする。」


立ち上がった所で、東郷は視界が揺れているのを自覚する。

空腹と寝不足に疲労のトリプルパンチ、まだ立てるのが奇跡のような有り様だった。

水を吸った靴下の不快感さえ靄がかかったように曖昧としていて、ふわふわと身体が游ぐ様な感覚が、東郷に迫る死の恐怖さえも麻痺させていた。


「…ん?」


ふと、視界の端に異物を捉えた。

目をそちらにやれば50センチ程の茶色い物体が見える。

覚束ない足取りで近寄ってみれば、それが木の板だと気付く。

流れ着いて居たのはそれだけではない。

表面に歪みの在る空き瓶、小さな樽、折れた銛に、大きな箱。

そして、


「…女の人だ」


何やらカリビアンな海賊チックな服を着た、意識の無い女性。


東郷謙二は、この島に来て初めて人間を見た。

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