集う魔性 運命の遭逢 3


「それにしても今回の夜会は随分豪華な顔ぶれねぇ」

「そうね。あそこで葉巻をふかしているのはノクターン協会日本支部の参与でしょ? それにめったに表に顔を出さないって噂の十枝家のご当主に、よく海外の映画に出ている女優さん。あら、うちのコレクション着てくれたモデルの子もいるわ」


 会場には商売の話をする者や、女性に声をかけ回っている男、新しい魔術具の話題で盛り上がる者で賑わっていた。

 普段は魔術師で有ることを伏せて生活している者も多いため、定期的に開かれるノクターンの夜会は貴重な情報交換の場となっている。


「あれ……あそこで何か熱弁してるのって魔研の副理事じゃなかった?」

 ”魔研――自然魔術研究会”という名前に、ひばりの全聴力がそちらへ集中した。


 ひばりは以前、その辺りにあるなんの変哲もない砂を、魔術の材料となる「魔砂まさ」に変質させる魔術具を生み出したことがある。

 魔術を行う上で頻繁に使われる魔砂は、砂浜の砂を雨水で洗い、乾燥させつつ月の光に2週間当て、大鍋に敷き詰め二日間炙ってから瓶に詰め、そして最後に魔女の口づけで魔力を満たす、という長い工程で生成される。

 ひばりの作った魔術具は、その殆どの工程をすっ飛ばし「ただ砂を箱に入れて魔力で満たすだけで魔砂が出来上がる」という超時短アイテムで、これは長い魔術研究史上で極めて貴重な研究成果物だった。

 ひばりはその貴重な研究成果と使用権を、魔研を相手に破格の値段で売りつけた過去がある。この研究一つで、向こう30年は遊んで暮らせる程の大金を手に入れたのだ。

 研究の功績が魔研の理事長の耳に入り、研究員として魔研への加入を打診された。

 自分に必要な研究以外に興味のなかったひばりは、適当な理由を並べて断ったが、その後も理事長から熱烈なアプローチがあり、毎週手紙が送られてきたり、フラン・フルールに研究員が押しかけてくることがあった。断っても断っても勧誘は止まず、あまりのしつこさに辟易したため、現在は加入だけして後は距離をおいている状態だ。

 研究員の中には、魔研という格式高い組織に10代の娘が加入することに難色を示す者や、そもそも本当にひばりの研究なのかを疑う者もいて、心無い言葉を投げつける者もいたせいで、ひばりにとって少しも良い印象はない。

――ここにいると見つかっちゃう。どこか目立たない場所に……。


「やぁ、箱守さん、会いたかったよ」

 逃げ場を探す間もなく、後ろからぽんと肩を掴まれた。振り向かずともわかる。声の主は今ひばりが最も会いたくない人物。

「ご、御機嫌よう、副理事長」


 ひばりの後ろには、長髪を一つに束ね、分厚いレンズの眼鏡をかけた男が立っていた。

 自然魔術研究会の副理事でありながら、日本の某有名大学の教授も務める「伏見辰秋ふしみたつあき」。一見穏やかそうに笑顔を浮かべているが、眼鏡の奥の瞳が凛然りんぜんとした光を持っているようにひばりには見える。


「副理事長もこういった夜会に参加されるんですね」

「君が来ると聞いたものでね。箱守家の電話番号は秘匿されているし、手紙を送っても返事はなし。店へ行こうかと思ったが流石に部下に止められてね。夜会でなら直接話しができるかと思って来てみたんだ」

「そ、そうでしたか」

 肩に置かれた手に少しだけ力が入ったのを感じる。これはひばりを逃すまいとしているのか、それともまた別の感情がのせられているのか。見透かすような冷たい目から思わず逃げ出したくなる。早々に切り上げてしまいたいところだ。

「君、いつになったら私のもとに来てくれるんだい?」

「そのお話はもう何度もお断りしているはずなのですけど……」

「君が魔研に加入だけして、それ以降はこちらを避けていることは知っているよ。せっかくの才能がもったいないじゃないか。私の元に来れば、好きなだけ研究をさせてあげられるんだよ」

「……好きなだけ、ですか」

「あぁ、魔術具も材料も使い放題。研究所も好きに使ってくれて構わないし、入手の難しい素材も私がなんとかしよう」


 なんと魅力的なお誘い。魔術の研究にはそれなりの環境と資金が必要となる。ひばりが魔研に魔術具を売りつけたのだって、当面の研究費を稼ぐためだった。ひばりの収入源といえば、フラン・フルールの売上と、たまに駆り出さる箱守家への依頼の2つ。生活するだけならそれで充分だが、魔術の研究をするには不十分だった。


「でもそれって、研究所に行かなければならないんですよね? 私、お店を留守にできないし……」

「お店って、あの森の中の古い店だろう? 大した売上にもならないだろうあんなもの。君の実力なら環境さえ良ければさらに素晴らしい成果をあげられるはずだ。君がいるべき場所はあんな矮小な店ではなく、名声と富に溢れた輝かしい場所だ」


 矮小な店。ひばりが大切に大切に守っているフラン・フルール。


「お言葉ですけど、私のいるべき場所は、私が決めます」

「おや、何か気に触ることを言ってしまったかい?」

「いいえ。実際、店の利益は無いに等しいですし、研究をするだけなら伏見様の元にいた方が有意義なのは間違いないでしょう。ただ、魔研の副理事を務めるほどのお方ですから、さぞ立派な理念をお持ちになって研究をされているのかと思っていたのですけど、どうやら違ったみたいなので、私のいるべき場所ではないと考えたまでです」

「私の能力や研究は全て魔術界のためにある。実際、私は魔術界に有益なことしかしないよ」

「なおさら合いませんね。私は私にできることで、魔力があろうが無かろうが関係なく、人が幸せになるためのお手伝いをしたいんです」

「魔性のものは魔性のために使えばいい。魔力を持たぬ者に賜う必要はないと思うが」

「それは伏見様の願望でしょう? 精霊がそれを望んでいるとは思えません」

「君は意外と伝統を重んじるんだね。しかし、気をつけたまえ。君ほどの力を持つと、よくも悪くも注目される。私のもとへ来るのが一番君のためになるということが、君もじきにわかるさ」

「助言としてありがたく頂戴しますけど、それを実行するかどうかは私が決めます」


「き、君! 先程から黙って聞いていれば、副理事長に向かって失礼だぞ!」

 伏見の後ろで控えていた部下と思われる男が、伏見をかばうように割って入ってきた。上からひばりを見下ろし、睨みをきかせている。

「問題ない。下がりなさい」

「ですが――」

「まぁ、私ったら、こういう場に慣れていなくて、緊張して失礼なことを……ごめんなさい」

 ひばりは口元に手を当て、切なげな目を男に向けながら申し訳無さそうに謝罪する。

「いや、わかればいいんだ。言葉には気をつけなさい」

 男は顔を赤らめ口元をニヤつかせたが、すっと表情を戻し伏見の背後へ戻っていった。


「くく、恐ろしい能力だね。狙った相手を蠱惑こわくする力だったか。君のその体質もぜひ研究させてもらいたいものだ」

「ふふ、心からお断りさせていただきます」

 伏見は苦笑しながら、背広のポケットから手帳を出し、すらすらと何かを書いたあと、一枚破いてひばりに手渡した。

「これが私の連絡先だよ。困ったことがあったり、私の元に来る気になったら遠慮なく連絡をしなさい」

「ありがとうございます。用が無さ過ぎて失くさないように気をつけます」



 伏見が去ってからひばりはどっと疲れを感じ、外の空気を吸いに会場を出ることにした。マリーと入り口の給仕に声を掛けてから、また長い階段を登り、地下から抜け出す。

 地上へ出ると、真っ暗な庭園が広がっている。人影はなく、夜のひんやりした空気が肌に触れ、薄ら寒く感じた。聞こえてくるのは遠くに走る車のエンジン音と虫の鳴き声だけ。

 来る途中で見かけたガゼボを目指してふらふらと歩いていると、小さな池があるのが見えた。池の淵にしゃがみ込み、水の中を覗き込む。丁寧に手入れされているのか、水は透き通り底がはっきりと見える。水面には来た時とは別人のような、疲れ切った自分の顔が映し出された。

 自分の顔をぼーっと見ながら、先程の伏見との会話を反芻する。明らかに反抗的な態度を取りすぎた。店のことを軽んじられたことが悔しかったのだ。

「あ~~~~~」

 せっかく副理事長に会ったのだから魔道具のことを聞けばよかった、と今更後悔しながら、足元に落ちていた小石を池に投げた。小石はちゃぽんと音を立て、あっという間に水底に沈んでいく。


「どうしたの?」


 石が投げ込まれて揺れた水面に、突然ひばり以外の顔が写り込んだ。

 先程まで人影はなかったはずなのに、音もなく、ひばりの横に誰かが座り込み、水面越しに、温柔な声で問いかけてくる。


――誰?


冷たい夜風が水面を撫で、ゆらゆらとその姿を揺らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る