避暑地に佇む魔女の店 7(幕間)

 純と森岡が帰った後、温かいハーブティーを飲みながら一息ついているひばりに、食器を片付けながらリヒトが問いかける。

「ひばり様、実験の結果はいかがでしたか」

「そうねぇ、二人が選んだ結果はどうあれ、実験そのものはうまくいったわ」

 少し目を伏せて、森岡とその弟を思う。あの口紅には勇気を与える効能なんてない。

 ひばりの血には人々を蠱惑こわくさせる力があり、それを含んだ魔術具は、使用者に魔力が無ければただの活力剤、あれば惚れ薬になるというものだった。

「プラシーボで勇気を出したモーリーさんが思いっきり大敗して関係が崩れるか、二人が結ばれてしまうかになると思ったけど……私には思いつかないような円満な結末になって、心底ほっとした。でも一番の収穫は、モーリーさんが魔力持ちってことね」


 森岡が初めて来店した日、カウンターの上に鎮座するガラジに反応していた。ガラジは鳥形の水差しだが、あれはれっきとした魔道具である。魔力を持たない人にはただの水差しで、それ以上でもそれ以下でもない。しかし、魔力を持つ人間には、僅かに反応があるのだ。

「あの時、もしやと思ったから口紅に仕込んでみたんだけど、正解だった。その上、魔草の調理までしてしまったんだから驚いたわ。魔力の弱い人では傷さえつけられないものなんだから。結果的に二人は離れ離れになったけど、弟さんの気持ちをモーリーさんが認識したってことは、モーリーさんの魔力と私の血が反応して、弟さんに影響があったってことよ。こちらに引っ越してきてくれるみたいだし、私の助手が一人増えるわね……ふふふ」

「ひばり様、悪いお顔をしていらっしゃいます。そんなご尊顔を拝めて光栄至極。純様とモーリー様にも教えて差し上げなければ――」

「やめなさい」


 ひばりは空になったティーカップを見つめ、幸せそうに笑っていた森岡の顔を思い出し、幸福感と罪悪感を同時に感じていた。

 当初、森岡は「ずっとそばにいてほしい」と願っていたのだ。

 ――もっと私に知識があれば、二人は離れ離れになることもなく、どちらも傷つかず、もっともっとハッピーエンドに導けたかもしれない。


 ひばりは窓の外の月を見ながら憂いた。


 明日は満月。

 ――イスリルを箱に閉じ込めなくちゃ。

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