第16話 成長を見せるとき


「イーナ先生と模擬戦!?」


「そう、これから第5班として、活動していくのにあたって、皆の今の実力を知ることは大事でしょ? みんな、試験に合格してからも、入学までの間に鍛えたりしてたみたいだしね!」


 リアもソールも今までイーナには色々稽古をつけてもらってこそいたが、本気のイーナと直接、戦ったことはない。憧れていた存在、零番隊の討魔師と直接ぶつかることが出来るということに、最初は少し戸惑いを見せていた2人であったが、すぐにその戸惑いは気合いへと変わった。


 なにせ、リアもソールも、イーナの言うとおり、合格が決まってから入学までの間、トレーニングを欠かした日はなかった。学園の仕事で、留守にしがちなイーナではあったが、その間も2人は必死に鍛えていたのだ。ガリムに手も足も出なかった試験を思い出し、もう誰にも負けたくないという、その一心で。


 二人とも、今の自分がどの位、イーナに通用するか。それを確かめるのが楽しみで仕方なかったのだ。


「さあ、準備が出来たら、行くよ! そろそろ他の班も動き出す頃だと思うしね!」


 周りを見渡すと、すでに何班か移動をはじめているようだった。そして、移動をしている生徒達皆の表情からはわくわくしたような、そんな興奮が漏れ出ていた。皆、考えることは同じなのだろう。自分の今の力が、零番隊の討魔師相手にどの位通用するか。皆がそれを試してみたかったのだ。


「でも行くってどこへ?」


「あ、そっかまだ言ってなかったね! 一応この学園には班ごとになんと専用のトレーニングルームがあるんだ! それも結構広いから、普段も自主練とか、好きに使ってもらってかまわないよ! 特殊な素材で出来てる部屋だから、魔法をぶっ放しても、まあ基本は大丈夫なはずだし……」


 移動しながら、そう言いつつ苦笑いを浮かべるイーナ。専用のトレーニングルームがあるという事実に、リアもソールもルウも驚きを隠せなかった。


「ここが私達、5班のトレーニングルームだよ!」


 イーナに案内されてトレーニングルームの中に入った3人。思ったよりもずいぶんと広い部屋である。戦闘訓練も十分に出来そうなほどに広い部屋に、感動するリア達。そして、部屋の中央の方へと移動していったイーナ。入り口近くで感動に浸っていたリア達に、イーナが振り返る。


「ルールは簡単。入学試験の時、皆につけてもらった玉のこと、覚えてる? あの時は3つだったけど、今回はひとつ。玉を私の身体につける。これを割れたら君達の勝ちだよ!」


 なるほど、ルールは単純だ。玉を割るくらいならば、いくらイーナが相手とは言えど、3人がかりで挑めばそう難しい話ではなさそうだ。なにせ、あの玉のもろさは、試験に挑んだリアやソールが一番よくわかっている。少しの衝撃でも、水風船のようにぱあんと割れてしまうのだ。


 自らの腰の所に玉をつけたイーナは、そのまま3人に向かって笑みを浮かべる。いつもの優しいイーナの笑顔とは少し違う、これから始まるであろう戦いを待ちわびるような、そんな笑顔。そして、笑みの奥に光る眼差しは、真剣そのものだった。


「さあ、やろうか。私はさ、楽しみで仕方なかったんだ。こうして、皆と戦える日が。本気でかかってきてよ、3人とも!」


 赤く光るイーナの眼光が3人へと突き刺さる。イーナと目が合った瞬間、リアの背筋にぞわっとした感覚が走る。その時、リアは本能で理解した。目の前にいるのは、他ならぬ、零番隊の…… この国でもトップクラスの討魔師であるのだと。


――リア! 私達の力…… イーナ様にどの位通用するか! 楽しみだね!


 無邪気そうにそう語りかけてくるルカ。そう、僕も楽しみで仕方が無い。血湧き肉躍るとはまさにこのこと。そして、他の2人もすっかりやる気に満ちた表情へと変わっていた。


 それでも、僕は……


「炎の術式……」


 いくらソールや、これからチームメイトとなるルウとはいえ、負けたくない。その一心で僕は、術式を唱えた。無数の炎の玉をイメージして、そして飛ばす。ルカから最初に教わった技である『炎の術式:紅炎こうえん』。炎の弾による遠隔攻撃は、炎の術式の中でも基本的な攻撃魔法である。


「紅炎!」


 リアの身体の周りにぽつりぽつりと生成した炎の弾が一気にイーナ目掛けて襲い掛かる。どうせイーナ先生のことだ。手加減なんて、不要である事は間違いない。


「……そこまで、魔法を使いこなせるようになってるとはね…… やっぱり……」


 リアの発動した魔法を見て、小さな声で呟くイーナ。その口元は少しだけ緩む。


 リアの放った魔法はそのままイーナ目掛けて飛んでいく。大きな爆発音と共に上がる白煙。煙によってリア達3人の視界からイーナの姿が消える。


「リア君…… すごい……」


 思わずそう口にしたルウ。普通の堕魔相手なら一発で勝負が決まってもおかしくないほどの威力まで、リアの魔法は成長していたのだ。


「リア! 大分成長したみたいだね! でも……」


 唐突に煙の中から響くイーナの声。確かに命中したという手応えはあった。だが、白煙の合間から姿を現したイーナは、汚れるどころか、その場を一歩も動いていないような、そんな様子であったのだ。


「次は私! 水の術式……! 水竜すいりゅう!」


 リアに負けじと、水魔法で攻撃を仕掛けたソール。『水の術式:水竜』はソールの使う水魔法の中でも強力な魔法であり、イーナの使う炎の魔法にも有利な相性となっている。だが、それもいとも簡単にはねのけたイーナ。一体何が起こっているのか、どうやってイーナが防いでいるのか、リアもソールも全くわからないという状況が繰り返される。奇妙だったのは、イーナが術式を唱えているような様子が一切見られなかったと言うことであった。


「2人とも、すごい成長しているね! でも、まだまだ本気じゃないでしょ? 私は本気でかかってきてと言ったはずだよ?」


 挑発するようにそう口にするイーナ。


 だったら!


 こんな遠距離で魔法を打っているだけじゃ、イーナに通用しないことなんてリアも、十二分にわかっていた。あくまで今までのは様子見。ここからが、僕の鍛えた成果を先生に見せるとき!


――ルカ! アレを試すよ!


 そう、リアにはひとつ、ルカとソールと三人で密かに編み出していたオリジナルの魔法があったのだ。


 イーナやルカの炎の魔法と、そして拳ひとつで数多の堕魔達を沈めてきた、リアの憧れであるミドウの姿とを合わせたリアのオリジナルの必殺技。拳に炎の魔法を載せて攻撃するという、炎の術式:豪炎。試験の時は使う暇もなかったが、それを試すには、イーナに披露するには、これ以上うってつけの機会はない。


「だったら! お言葉に甘えて!」


 そのまま、イーナ目掛けて突っ込んでいったリア。少女の姿をしたイーナは、どう考えても筋力の差では男のリアには敵わないはずである。つまり普通に考えれば、接近戦ならリアに軍配があるはずなのだ。


「炎の術式:紅炎!」


 炎によるサポートをしながら、相手との距離を一気に詰める。リアの放った魔法を防ごうと、身構えるイーナ。そして、さらに後ろからリアを援護するように魔法を放つソール。


「協力しても良いって、言ってましたよね! 先生!」


 炎だけではなく、水の魔法もコラボレーションしてイーナへと襲い掛かる。極めつけは……


「私だって! ここに来るために、お姉様と沢山修行しましたから! お二人には負けませんよ!」


 ルウが得意とするのは氷の魔法。遠距離からリアをサポートするように、氷の魔法を放ったルウ。三人の魔法と、そしてリア自身が一斉に、イーナ目掛けて襲い掛かる。3つの属性による魔法と、そして、接近戦を仕掛けてくる生徒。これを防ぐのはいくら零番隊と言えど、そう簡単ではないだろう。


「そのままいっちゃえリア!」


 ソールが突っ込んでいくリアに向けて声をかける。その声に突っ込んでいく足をさらに加速させたリア。


――絶対、絶対! イーナ先生に成長したところを見せるんだ!


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