第6話 パートナー


「僕と、ルカさんが、パートナー……? 一緒?」


 突然のルカの言葉に動揺を隠しきれないリア。リアだけではない。一緒にいたソールも、突然のルカの告白に、驚きを隠せない様子であった。


 パートナー? 一緒? それって……


 リアの頭の中を妄想がよぎる。


 いかんいかん、確かにルカさんは僕にはもったいないほどの美人だし、討魔師の才能に溢れているけど、僕はそんな事にかまけている場合ではないのだ。


「ちょっと、リアとルカさんがパートナーってどういうこと!? それに推薦って!? どういうことなの。 教えてよ!」


 珍しく荒々しく声を上げたソールだったが、それを無視してアレクサンドラがさらに言葉を続ける。


「リア、あんた討魔師になりたいんだろう? だが、あんたには魔力は無い。普通に考えれば、討魔師になるのは難しい。誰もがそう思うのは間違いないはずさ」


「今更何を言っているのさ、アレクサンドラさん」


 僕に魔力がない事なんて、既にわかりきっていることだ。一体なんのために、わざわざ僕達をイーナさんやルカさんの元へと連れてきたというのか、アレクサンドラの真意が全くもって理解できない。


「まあ結論を急ぎなさんな。あたしが言いたいのは、魔力がないという事も、才能の一つだと言うことを言いたいんだよ」


「才能?」


「そう、リアあんた、強力な魔力を持ったモンスターの中には、憑依という力を使えるモンスターもいると言うことは知っているかい?」


 アレクサンドラの説明に、間髪入れずにさらにイーナが言葉を続ける。


「最近わかったことなんだけど、憑依の力を最大限に発揮するためには、憑依される側の存在、その人の魔力が重要になるんだ。本来人間は魔力を持っているもの。魔力を持っている人間に憑依すれば、元々人間が持っている魔力と、憑依する側が持っている魔力が、阻害し合ってしまう…… 反対に、魔力を持ち合わせていない人間に憑依すれば、モンスター側の魔力はそのまま引き継がれる、そういうわけなんだ」


 なるほど……? なんだかわかったようなわからないような……


「つまりね、私が貴方に憑依する。そしたら、今は魔法が使えない君も魔法が使えるようになるんだよ!」


「でも、なんでわざわざ憑依なんかする必要があるんですか? ルカさん、そのままでもすごい強いし、僕に憑依することのメリットがわからないんです」


 明るい声色でそう言い放ったルカさんに、僕は疑問をぶつける。魔力の無い僕が憑依の器として、誰よりも優れているという説明は何となくわかった。だが、わざわざ人間に憑依をするという、ルカの意図がどうしてもわからなかったのだ。


 そして、ルカはゆっくりと、僕の疑問に答えてくれたのだ。その答えはあまりにも僕達にとって、重い、そんな内容だった。


「私ね、このままだと死んじゃうかも知れないの。貴方はもう知っているかも知れないけど、私は人間じゃない。妖狐の一族の出身。そして、私達妖狐の一族にはある呪いがある」


「呪い……?」


「リア、あなたもルカの戦いをもう見たとは思うけど、妖狐の一族は強力な魔法を使いこなせる、魔法に特化したモンスター。だけど、一定以上の魔力を持った妖狐の者は、ある病を発症する。私も、何とか治療法を見つけようとはしているんだけど、まだ見つかってはいないんだ。つまりは今の状況ではどうしようもない……」


「そんな……」


 神妙な面持ちを浮かべたまま、静かにそう口にしたイーナ。あまりに重い話に、思わずソールが小さく声を漏らす。今までのルカの無邪気そうな様子からは一切感じ取られなかった想像以上に重い事情に、場の空気が凍る。


「それでも、全く希望が無いわけじゃない。憑依の力…… 人間の身体を借りることで、憑依した側の肉体の老化というのは、食い止める事が出来る。つまり君に憑依することで、ルカは死なずに済む。そして、もちろん君も魔法が使えるようになる。それも、妖狐の力。そこらの魔法使いなんか比にならないほどの力だよ。ただ……」


「ただ?」


 ここまで聞くと、正直僕にとってはうますぎる話で断る理由なんかない。ルカに憑依してもらうことによって、魔法の使えなかった僕が、あのときルカさんが使っていたような魔法を使えるようになるかも知れないのだ。


 それほどの魔法があれば、討魔師になると言う僕の夢も、一気に現実味を帯びてくる話になるだろう。だが、最後にイーナさんがばつが悪そうに口にした言葉。イーナさんの様子から推測するに、何かデメリットがある事は間違いなさそうだ。


「憑依すると言うことは、今まで魔力を持っていなかった人間に、急に大量の魔力が注ぎ込むと言う事になる。それだけ身体への負担というのも大きい」


「それって…… 失敗したら死ぬとか……」


 おそるおそる口にしたリア。怯えた様子のリアに対し、イーナは笑いながら、言葉を返す。


「死ぬことまではないよ! 多分…… だけど、確実に憑依の影響はあるはず。例えば私のようにね」


「イーナさん、それってどういう?」


「サクヤ!」


 イーナの呼びかけに反応し、イーナの横に、もう1人、イーナによく似た女性の姿が見え始める。まだどこかあどけないイーナがそのまま大人になったような、妖艶な女性。これも魔法の一種なのだろうか、とあっけにとられていたリア。突然、イーナによく似た女性がリアとソールに向かって話しかけてきた。


「イーナの中からおぬしらのことは見ていた。リアに、ソール。ふむなかなか見所がありそうな子供らじゃの!」


「私も元々は魔力が無かった。私が魔力を使えるのは、このサクヤのお陰。だけど、サクヤの魔力があまりにも強すぎて、私はこうして、少女の身体になってしまった。まあサクヤの…… 九尾の影響をもろに受けてしまったというわけなんだ」


「わらわのお陰で、そんなキュートな姿に生まれ変わることが出来たのじゃぞ! むしろ光栄なことじゃろ!」


「今となってはね! ただ、リア。多かれ少なかれ、体に何か影響は起こるはずなんだ。どの程度の影響なのかは、私も正直わからない。もしかしたら、顔かたちが変わってしまうかも知れない。もしかしたら、性別そのものが変わってしまうかも知れない。君が君でなくなってしまうかもしれない。それでも、貴方は魔法が使えるようになりたいと思う? そして、討魔師になりたいと思う?」


 僕が僕でなくなるかもしれない。そう言われるとなかなかに怖い。だけど、やっと見えた討魔師になるための道。それに、僕を助けてくれたあのルカさんが今、僕の力を必要としてくれている。初めて人のために何かを出来るという喜び。それを思えば、仮に僕が僕じゃなくなってしまったとして、僕はそれでもかまわない。


「……僕は」


「リア? 貴方本当に……? あなたがあなたじゃなくなってしまうかも知れないんだよ! それでもいいの?」


 ソールが不安そうな様子で僕の顔をのぞき込んでくる。


「ごめん、ソール。仮に僕が僕じゃなくなったとして…… それでも、僕は討魔師になると言う夢を叶えたい。それにあのとき、僕やソールを助けてくれた、ルカさんが今困っている、僕の力を必要としている。こんな僕でも、ルカさんの助けになれるのなら、僕は……」


「リア……」


「でも一つだけ、聞きたいんだ。ルカさんは、本当に僕で良いの?」


 僕には魔力もなければ、特別良い生まれというわけでもないし、何の才能も無い。ルカさんは本当に僕をパートナーとして選んで後悔はしないのだろうか。勇気を振り絞って、僕はルカさんに問いかけた。


「私はリアが良いんだよ。だって、あのときのリア、すっごく格好良かったんだもん。私も、サクヤ様の様に…… イーナ様みたいな優しい人と一緒になりたかったから!」


 力強く、そう言葉を返してくれたルカ。そこまで言われたら、もはや他の選択肢を選ぶなんて道は僕にはなかった。もう一度ソールの方をちらりと見る。先ほどまで不安そうな表情を覗かせていたソールだったが、リアの決心した顔を見て、大きく息を吐き、そして、諦めたような表情で言葉を漏らす。


「……あなたは昔からそう。一度決めたら、決して折れないんだもんね。討魔師になるって夢もそうだし…… 大丈夫! もしさ、ルカさんがリアの中に入って…… リアの姿が変わってしまったとしても…… リアがリアであると言うことは変わらない。だから、あなたは自分の信じたように……」


「ありがとう、ソール」


「リア、私の手に触れて。それだけで、大丈夫」


 ルカが笑顔を浮かべながら手を差しだす。緊張で胸の鼓動が高鳴る中、リアは、差し出されたルカの手に向かって、ゆっくりと自らの手を伸ばす。


 もう少し…… ルカさんの手に触れたら、僕が僕でなくなってしまうかも知れない。だけど、それでも僕は震える手を押さえ込みながら、ルカさんの手に向かって自らの手を伸ばした。


 そして、ルカの手に触れるやいなや、リアの身体の中に、今までに感じたことのないような熱い何かが一気に流れ込んでくる。


――大丈夫、怖がらなくて平気だよ。


 ルカの声がリアの頭の中に響く。だんだんと自分が自分でなくなっていくような、そんな感覚に包まれる。


 真っ白な世界。右も左も、上も下もないようなそんな世界。その中で僕の意識は白に溶けていった。


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