第5話 受験資格


「こ、これって……!」


 シャウン王国初の、王立討魔師養成学園開設。


 零番隊のリーダー、ミドウを校長に据え、先生達は零番隊に所属している討魔師達をはじめとした、そうそうたるメンバーが揃っているらしい。受験資格は、18歳以下である事、そして、討魔師組合に所属する会員の推薦があるという事。人間もモンスターも種族を問わず、受験が可能という、シャウン王国において前例のない、前代未聞のニュースである。


 最初、ソールが何を言っているのか理解できなかったリア。まさか、そんな都合のいい話なんてそうあるはずがない。だが実際に記事を目にしたことで、ソールの話が真実であると言うことをようやく受け入れられた。


「そうだよリア! リアももちろん受けるよね!」



………………………………………



 そのニュースが発表されて以来、シャウン王国の王都フリスディカはその話で持ちきりだった。なんと言っても、討魔師のトップクラスの面々から直接教わることが出来るのだ。もし入学をすることが出来れば、相当な箔が付く。それはつまり、この国で生きて行くには一生困らない資格を得られるというのと同義である。


 もちろん、話題になっていたのはアレクサンドラ孤児院の中も例外ではない。


「ガリム、やっぱり試験受けるの?」


「ああ、こんな一世一代のチャンス逃すわけにはいかないからな! もうすでに討魔師からの推薦ももらってきたんだぜ!」


 話題の中心にいたのは、やはりガリム。既に、内定をもらっているガリムは既に内定先の討魔師から推薦状を書いてもらっていた。


 今回の討魔師養成学園は王立と言うことだけあり、シャウン王や、ミドウの名の下に、国を挙げたいわば一大プロジェクトとなっている。つまり、試験に合格した生徒を指導した事務所というのはそれだけ名が売れると言うことに他ならない。どこの事務所も優秀な討魔師の候補生を推薦してくると言うのは容易に想像できる話なのだ。


「おっ、リアじゃないか! お前まさかとは思うが、今回の試験受けるつもりじゃないだろうな?」


 リアの姿を見たガリムは、もう合格は頂いたと言わんばかりの自信満々な様子で上機嫌に絡んでくる。そして、ガリムといつもつるんでいた数人がクスクスと笑いながら言葉を続ける。


「でも今回の試験…… 討魔師の推薦が必要なんでしょ?」


「ああ、でもリアには無理だろうな。お前みたいな魔法の使えない奴を推薦するような討魔師なんていないだろうしな! そもそも受験すら出来ないだろう!」


「ちょっと、ガリム! 言い過ぎよ!」


「おう、ソール。お前も受けるんだろ! あんまりこの馬鹿にうつつを抜かしていると受かるも受からなくなるぞ! 討魔師の推薦をもらわないと、そもそも受験資格も得られないんだからな」


はっはっはと笑いながらリア達の前から去っていったガリム。初めて見るガリムの上機嫌な様子に、ぽかーんとただただ様子を見ていることしか出来なかったリアに対し、ソールが耳元で囁く。


「リア、あんまり気にしちゃ駄目だよ」


 別に今更ガリムに何を言われようが、特段気にするつもりはない。だが、ガリムの言っていた事も間違っちゃいないのだ。何せ今回の受験には討魔師の推薦が必要なのだ。そもそも推薦がなければ、スタートラインにすら立てない。


 さて、どうしたものか。魔力のない僕を推薦してくれる討魔師なんて果たしているのだろうか。頭を悩ませていたリアに、声をかけてきたのはアレクサンドラだった。


「お、リア、ソール。昨日は良く眠れたかい!」


「もうばっちりだよ! それより聞いたアレクサンドラさん! 討魔師養成学園のニュース!」


「ああ、ずいぶんと話題になっているようだね。あんたらも受けるつもりなんだろ、リア、ソール」


 そういえば、アレクサンドラはかつて零番隊に属していたほどの偉大な魔法使いであった。もしかしたら、とリアはアレクサンドラに対して問いかけた。


「もちろん! でも、討魔師の推薦が必要って…… アレクサンドラさん、何とか僕達を推薦することって出来ないの!?」


 リアの言葉に、アレクサンドラは困ったような表情で言葉を返す。


「あたしもそうしたいのは山々なんだけどねえ。あたしは討魔師じゃないし…… 申し訳ないけど、あんたらを推薦することは出来ないんだよ」


「残念……」


「リア、元気出してよ! 大丈夫だって! きっと何とかなるよ!」


 頼みの綱であったアレクサンドラに断られ、意気消沈したリアを励まそうとソールが声をかける。そんな2人の様子を見たアレクサンドラは笑顔を浮かべながら、2人に言葉をかけた。


「まあ、そんな落ち込みなさんな。あたしは推薦は出来ないけど、心当たりならあるさ。ほらさっさと準備しな、2人とも!」


――心当たり?



………………………………………



 アレクサンドラに言われるがまま、準備をした僕達。どこへ行くのかわからぬまま、アレクサンドラについて、フリスディカの街を歩く。そして到着した先は、昨日堕魔から僕達を守ってくれた討魔師ルカの元だった。


 僕達の姿を見るやいなや、すぐに無邪気な笑顔を浮かべて、僕達を歓迎してくれたルカ。それにしても、昨日のルカの戦いは流石、圧倒的な戦いぶりであった。僕達と見た目の年齢はそう変わらないはずであるのに、零番隊に選ばれるほどの力を持っていると言うのが、全くもって信じられなかった。


「アレクサンドラさん! それにリア君とソールちゃんも!」


「ああ、昨日の今日ですまないねえ。だが善は急げとも言うしね。あの子もいるんだろ?」


「うん、ちょっと待っててね!」


 そのまま、部屋の奥へと姿を消したルカ。昨日からアレクサンドラが言っているあの子というのは一体誰なんだろうか。困惑したままのリアとソールの元に、奥からもう1人、ルカとそこまで年の変わらなさそうな少女が、ルカと共に姿を現した。


「アレクサンドラさん。お久しぶりです!」


「イーナ、あんたも元気そうで何よりだ!」


 イーナ…… その名前は僕も聞いたことがある。零番隊所属の討魔師。それも現在の零番隊発足以前より、ミドウ達と共にシャウン王国の発展に尽力した古参の女魔法使いである。だが、目の前にいるのは、それこそ僕達とそこまで年齢も変わらないであろう少女。一体、アレクサンドラさんは何を言っているんだろうか。僕達をだまそうとしているのだろうか?


 そんなリアを尻目に、イーナとアレクサンドラは会話を進めていく。


「その子達は?」


「ああ、この子達がリアとソールだよ」


 アレクサンドラがイーナに向かって2人の紹介をする。その名前を聞いた途端、一瞬イーナが真剣みを帯びた表情へと変わったのを、リアは見逃さなかった。だが、すぐに元の優しそうな笑顔へと戻ったイーナ。


 そして、リアがイーナに向かって挨拶をしようとした瞬間、隣にいたソールが、いつもに増して興奮した様子で声を上げた。


「ソールです! 私、前からイーナさんに憧れていて! 炎の魔法を使いこなす、女魔法使い。まさかこんなにお若くて美人な方だったなんて!」


「ソール?」


 かつて見たことないソールの様子に思わずリアも戸惑いを隠せなかった。動揺を隠せなかったのはイーナも同じだったようで、ソールのあまりの迫力に、あははとごまかすように笑っていた。


「……あたしがあんたの所にこの2人を連れてきた理由。あんたもわかるだろう?」


 アレクサンドラの言葉に、再びイーナの表情が真剣なものとなる。小さく頷いたイーナに向かって、アレクサンドラは予想もしなかった言葉をぶつけた。


「ここにいる2人、リアとソール。この2人は、討魔師としての才能に溢れている。どうか、あんたの名の下で討魔師養成学園に推薦してもらえないだろうか?」


 え?


 思わず顔を見合わせたリアとソール。全く予想だにしていなかった2人は、アレクサンドラの言葉が読み込めなかった。


 零番隊のイーナさんが、僕達を推薦? 一体なんの冗談なんだろうか? だって、今まで話したこともなければ、会ったこともないのだ。それに、討魔師の才能に溢れているって…… ソールが才能に溢れているというのはわかるけど、魔力が無い僕が、どうして討魔師の才能があるというのだろうか? この時だけは、いくらアレクサンドラの言葉とは言えど、リアは全く理解が出来なかった。


「わざわざその子を連れてきたのは、それだけじゃないよね? アレクサンドラさん?」


 そう言うと、ちらっとルカの方へと視線を移したイーナ。そんなイーナに向けてルカは頷きながら笑顔を返す。


「もう、決めてるんだね。わかった」


 そう小さく言葉を漏らしたイーナ。リアは全く状況が読み込めていなかった。一体何を決めているというのだろうか、もし僕達が何か絡んでいるのだとしたら、もったいぶらないで早く教えて欲しい。そう思っていたリアに対して、思いも寄らない言葉をぶつけてきたのは、あのとき堕魔からリアを助けてくれた少女ルカだった。


「ねえリア、貴方、私のパートナーになる気はない? 私と一緒になる気はない?」

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