第4話ー④

 そんなこんなで、一度は納得したものの──。

 お店を出る頃にはおじさんへの不満はピークに達していた。


 もうむり! ぜったいむり!


 だから、お店を出てすぐに──。

 わたしは謎に持たされた傘をおじさんの喉元に突きつけた!


 通りを行き交う人なんて気にしない!


 もう許さないんだから!


「これはどういうことなの? ちゃんと説明してよ!」


 おじさんは渋い顔をすると舌打ちをした。


「ったく。あまり目立ちたくないんだけどな。こういうことはよ、前もって言ってくれよな」


 なっ?! それをおじさんが言うの?!

 唖然とするわたしの手を引くと、そそくさと裏路地へと入って行った。


 おじさんは辺りをきょろきょろと見渡し、人が居ない事を確認すると口を開いた。


「いいか? それは日傘っつーんだよ。武器じゃない。人に向けちゃ駄目な物だ。ほら、貸してみろ」


「え……?」


 話が噛み合ってないと思いながらも、

 言われるがまま、おじさんに傘を渡すと……。バサッと開き、わたしの頭上にかざした。


「こうやって太陽の光を遮って涼むために使うんだ。つっても建前でな。なんかお洒落に見えるだろ? だから深く考えず、とりあえず持ってりゃいい」


 な、なんなの?! 何を言ってるの?!

 ていうかべつに、傘のことを聞いたわけじゃないんだけど?!

 

「そうじゃなくて! なんでこんな服着させるの!」


「まあ、そうカッカすんなって。これからパンケーキ食いに行くって言ったろ? それともなにか? パンケーキは食いに行かなくていいのか?」


 まるで話を逸らすようにパンケーキを引き合いに出してきた。


 文句は後で聞くとか言ってたくせに!


 なんなの!


「教えてくれるまで、ここから動かない!」


 ゲフンとして腕を組み、徹底抗戦の構えを取る!


「おいおい? 好きにしろだのなんでも言うこと聞くだの言ってなかったか? あれは嘘だったのか?」


「うっ……。嘘つきはおじさんじゃん! アストレア家の令嬢ってなんなの! わたしそんな名前じゃない!」


 おじさんの表情は曇り、困り顔を見せた。

 とっても言いたくなさそうで、もういいかな。と、一瞬思ったりもしたけど……。


 だめッ!


 ケチなおじさんがお金をぽんぽん使ってるんだ。こんなの絶対おかしい! たぶんアストレアとかいうのが関係してるんだ!


 おじさんがおじさんのために使うならいい。


 でもこんなちんちくりんな服のためだなんて、絶対だめッ! 一度は店主さんに宥められたけど……。ダメなものはダメッ!


 だからムスッとして、じーっとおじさんを見つめた。


 一歩も引かぬわたしに観念したのか、おじさんはため息を吐くと静かに口を開いた。


「アストレアってのはよ、この国での嬢ちゃんの名前だな。あまり難しく考える必要はない。通り名だと思えばいい」


「わたしの名前はカレンだよ?」

「ああ、そうだ。だからカレン・アストレアを名乗れ」


「な、なんでそうなるの? 名前がふたつ?!」

「だからよ、あまり難しく考える必要はねえんだよ。なるもんはなる。それだけだ。嬢ちゃんが今着てる服も同じだ。嫌でも着るしかねえんだよ」


 ようやく話してくれたかと思えば、意味のわからないことを言って最後は投げやりな感じで締めた。


 なんなの。本当の本当になんなの!

 

「もういい。なにも聞かない。その代わり、お金の無駄遣いだけはしないで。これだけは約束して。じゃないとここから動かない!」


 わたしがどうしても譲れないのはこれ!

 他のことはどうでもよくはないけど、どーでもいい!


「無駄遣い、か……。ああわかった。黙っていうことを聞くってんなら騎士に誓って約束してやるよ」


「うん! じゃあゆびきりげんまんするよ!」

「んなもんしなくても騎士に誓うって言ったろ?」


「いいの! するの!」

「ったく。気が強くて敵わねえよ、本当に。やるならとっととやっちまうぞ」

「うんっ!」


 なーんだ。最初からこう言ってれば良かったんだ!


 ☆


 ゆびきりげんまんが終わると、おじさんはおもむろに話を始めた。


「まあ、なんだよ。嬢ちゃんが不安がっちまうのもわかるんだがな。なんつーか。悪ぃな」


 うーん。どうして今日のおじさんはこんなにもズレてるんだろう……。

 普段は困り顔を見せてくるような人じゃないし、こんな風に言ってくる人でもない。


 “うるせえ! 黙って言うこと聞いとけってんだよ!”


 うん。これくらい言ってくるのがおじさんだ。

 

 話は終わったけど、ここはビシッと言わないとだめな気がする。


「あのね、不安じゃなくて不満なの! おじさんと一緒に居るんだから不安なことなんてなにもないよ? あるのは不満! ふ・ま・ん! もうっ。変な誤解しないでよっ」


「……あぁ。そうかよ。いや、そうだったな。すまねぇ……すまねぇな……」


 急に目をゴシゴシし始めると、そのまま背中を向けてしまった。


「お、おじさん?!」


「おう、目にゴミが入っちまったみたいだ。パンケーキ屋へはすぐに連れてってやるからよ。少しの間、おとなしく待っててくれ」


「う、うん」


 目にゴミが入ったくらいで、大袈裟……。こんな姿は初めて見る。


 

 やっぱり今日のおじさんはおかしい……。


 悪いものでも食べちゃったのかな?

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暴力系幼馴染を“ざまぁ“して十年──。『剣聖』で『騎士団長』にまで上り詰めた彼女はもう一度、農民の俺に許しを乞いに来た。……俺はお前を、絶対に許さない。 おひるね @yuupon555

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