約束のフィクション小説を貴女に送ります

るろうにつー君

第1話 人差し指から始まった物語

「これにしよう」

右手人差し指をさんざん迷わせたあげく、武泉幸人たけみゆきとはリサイクル店で一枚のシングルCDを購入した。とくに音楽に興味があったわけでもない。部屋にはオーディオプレイヤーさえなかった。

ただ、多くの中古CDが並ぶ棚の中から何気なく手に取っただけ。

ジャケットには曲名とアーティストの女性の写真がプリントされていた。

年上美人のはにかんだような笑顔に一目惚れして、購入したのだ。敏感な年頃の男子中学生にとってそう珍しいことでもない。

そんな当たり前のことが二人の出逢いの、最初の始まりだったと言えるのかもしれない。

だが、実際に二人が心を通わせるまでには数年の月日を必要とした。


 幸人は高校4年生になっていた。普通の3年制の高校生ではない。日中は働き、夜は学校に通う4年制の定時制高校だ。

だから普通の高校に通っている学生よりは長い時間アルバイトができる。

その結果、懐は常に温かかった。


 「まだポスター入れ替えたのか?」

同級生の小島優希こじまゆうきの部屋を見回して、幸人は呆れともとれる感想を漏らす。こじんまりした一人部屋の壁一面に10枚ものポスターが貼られている。


「ちょっと気になるアイドルグループが出てきてさ。5人もいるからグッズ代も5倍かかるから大変なんだよねー」

幸人の友人である優希は中学時代からのクラスメートだ。偶然にも同じ高校に入り、今のアルバイト先も同じだ。

優希はアルバイト代のほとんどを推しのアイドルや芸能人のグッズ購入に遣っていた。CD、写真集、ポスターなどその量もつぎ込む額も半端ではない。

所狭しと部屋中に溢れかえっているのだ。しかも数ヶ月単位で対象が入れ替わるときている。

幸人には理解ができなかった。辛い仕事をして稼いだ給料を一気に遣ってしまうなどと...。

「今月は幾ら注ぎ込んだんだ?」

「まあ、5万くらいだから少ないほうよ」

それから頼んでもいないのに優希は購入したアイドルのグッズについていろいろと語りだした。

幸人は適当に聞き流しつつ、どんなCDがあるのかと物色を始める。

『相良 七海』『モーニング・ガール』『Gypsophila』『まりや』など一通りメジャーなアーティストの物は揃っている。

「あれ?この名前どこかで??」


一枚のアルバムに目が留まった。『美音みおー refrain ー』


ケースを開き、歌詞カードを捲ってみる。

「...このアーティスト、この曲の歌詞、何か見覚えある気がする」

「どれどれ...ああ、この曲ね。幸人の好きなアニメの主題歌だったじゃん」

「アニメの??」

「バスケのアニメのスカイフックだよ」

「そーなのか?」

「えーっ!見ていたのに知らなかったの?」

幸人はしばし沈黙した後に、優希にCDをかけてくれるよう頼んだ。


        〜♫♬♫♪ ♪♪♫ ♬♬ ♫♬♪♪ ♬♬♬ ♪♪♪〜


「この曲、アニメの...そうだったのか」

間違いなく、中学三年生のときに毎週土曜日の夜7時から放送されていたバスケアニメのオープニング曲の主題歌であった。もっとも幸人は主題歌やエンディング曲を意識して聴いた記憶はなかった。

「でも、珍しいね?幸人が音楽に興味を持つなんて。中学の頃から芸能人とかアイドルに興味なかったのに」

優希が言うように幸人はそういった芸能人の話題には疎かった。中学の文化祭ではどのアーティストの曲を歌うかで女子達が大いに盛り上がっていた。

だが、幸人が考えることといえば、練習させられるなら歌いやすい曲のほうがいいなくらいにしか思わなかった。

テレビでも芸能ニュースや音楽番組も見ないし、ドラマにも興味がなかった。

アニメ、コメディー番組は見ていたが、芸能人そのものには興味がなかったのだ。

まして優希のように応援という枠を越えて、アイドルや芸能人に疑似恋愛的な感情を抱くことが理解できなかった。もっとも優希に言わせれば幸人のほうが周りとズレているらしい。

そんな幸人がわずかに音楽に興味が出てきたのは本当にここ1年前くらいからだった。優希の部屋に入り浸るようになり、周りの環境がそうさせたのである。


「このアーティスト、それにこの曲というか...この歌詞、もっとずっと前に見たような気がするんだけどな」

必死に思い出そうと試みてみたものの、幸人の記憶の引き出しが開くことはなかった。

「幸人が美音のファンだったとはね。それじゃいい物あげるから」

優希は押入れを開けると何やらゴソゴソと探し始めた。そして、かなり奥側から冊子の束を引っ張り出してきた。

「ほらこれ、ファンクラブの冊子」

幸人の目の前にドサリと冊子の束が置かれた。

「僕はもうファンを辞めちゃったからあげるよ。あと、このCDも」

冊子の束の上に数枚のアルバムが重ねられた。

幸人は美音の曲を流しつつ、冊子を読み漁った。美音の写真を見ていてどうにも腑に落ちない点があった。

「なあ、何で美音はこんなに寂しそうな表情ばかりしているんだ?」

「売り出すための戦略とかじゃないかな?あっ、でもこの最初の冊子のは唯一、笑顔だよ」

優希が取り出した冊子の美音を見て、幸人は息を呑んだ。同時にある記憶が蘇える。

「そうだ...中学の時にリサイクルショップで買ったシングルCDだ!!」

表紙の笑顔の美音は、あの頃に購入したシングルCDのジャケ写と同じであった。

半ば強引に優希から冊子を奪い取り、幸人は食い入るように見惚れていた。


「もったいないよ!」

ゲームをしていた優希はビクリ!と身体を震わせた。冊子を読んでいた幸人が突然、大声を張り上げたのだ。

「えっ!?...急になに??」

「美音こんなに笑顔が素敵なのにうつむいたり、寂しそうな表情ばかりじゃないか」

幸人の声には、わずかな怒りさえ含まれているように思えた。

「まあ、そういう憂いを帯びた表情がたまらない人もいるし。それに売れるための戦略上やもえないのかもよ」

優希は自分が応援するアイドルや芸能人がキャラを作ったり、あるいは演じていたりしていることを伝えた。

「つまりクライアントとか、事務所の方針とか、売れるための戦略とかでそうせざる得ないこともあるらしいよ」

「うっ、嘘だろ?ドラマとか舞台でもないのに演じているのか??」

芸能界に疎い幸人には衝撃的なことであった。いや、女性と付き合った経験のない純朴な青年には身近なところでも演技や駆け引きが行われていることを知る術はなかったのかもしれない。

「芸能ニュースとか見ない幸人には理解わからないかもね」

同情を送るような優希の視線に幸人がむっ!とする。

「そう怒らないでよ。幸人、芸能界って特殊な職業だし芸能人は仕事をしているんだよ?」

「仕事?そうか...そうだよな」

単純明快なことである。ドラマ、舞台、ライブなどさまざまなは“仕事”なのだ。一般人はそれを直接、あるいはメディアを通して見ているに過ぎない。それは特異なことだ。幸人の仕事が常にメディアを通して視聴されるなどありえないように。

視聴者が芸能人に勝手なイメージを抱いたり、あるいは理想や幻想を押し付けていることも珍しいことではない。また、ビジネスである以上、意図してそう見せられていることもある。芸能人の本当の性格、苦しみ、哀しみ、怒り、あるいは痛みなど簡単に視えるものではない。

「きっと、きっとさ...美音も辛いんだよな...」

「えっ...?」

幸人の激白に一瞬、優希の脳裏に“?”マークが浮かんだ」

「それは分からないけど...そういうこともあるかもね」

思わず幸人のシリアスな雰囲気に飲まれて優希は合わせてしまった。

「美音にさ、電話できないかな?」

「いや...さすがにそれはできないと思う」

幸人の真剣な瞳から視線を逸して、優希が答えた。まさかこんな展開になるなど予想ができなかった。

「ファ、ファンレターなら送れるかもねー」

まるで空気が圧縮されたような重い沈黙に堪えかねて、あれこれと思案したあげくようやく解決策が浮かんだ。優希は冊子の一番最後のページに小さく書かれた宛先を指差す。

「ファンレターの宛先はここだけど、僕はもうファンクラブの更新はしていないから送っても美音に届くかはわからないよ?あとはスタッフさん次第じゃないかな」

「分かった!それじゃ俺、帰るから!これありがとう!またなー」

「う、うん...またね」

目を輝かせて早々と去って行った幸人を、優希は呆然と見送った。



       




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