第7話 ミサキ・システム

 ――北方・森林エリア――


 ミーティングから戻ってきた乱橋は、辺りを見回すよりも早くレーダーを見る。


 やはり変わらず、パーツの場所を示す表示は一つではない。


「なんでだ……? 野放しにされてるパーツは残り一つのはずだろ……、

 なんで五つもあるんだ……?」


 箱庭全体にバランス良く、パーツの表示がされてある。


 全て綺麗に等間隔とまではいかないが、偏りは少しあれど、目を瞑れる範囲だった。


 ミーティングで、ミサキが嘘をつくとは思えない。


 嘘だとしたら、ゲームバランスの崩壊を意味する。


「作ったミサキがそんなことするはずないか……」

「んー、なにー?」


 呼ばれたと思ったのか、のんびり外を見ていたミサキが寄ってくる。


「呼んでねえよ……いや、これ、どういうことか分かるか?」


「?」と首を傾げるミサキにレーダーを見せる。

 ミサキは「んあっ?」と口を閉じながら驚いた声を出す。


「パーツがたくさんある……」


「ああ、おかしくねえか? だって一つを残してパーツはそれぞれが持ってるんだろ? 所有されたパーツは映らないはずじゃねえか。なら、ここに映ってるパーツは、なんなんだ?」


「他のプレイヤーが手放したとか? 

 でも、こんな短時間で均等に手放すことができるのかな……?」


「本当にお前は知らないのか……」

「くうーっ、乱橋に言われるとなんか腹立つ!」


 不機嫌になったミサキは相手にしない。


(明らかに異常な事態のはずなんだが……ミサキ自身も把握できていない、のか? 

 こいつが知らないとなると、アドバイザーのミサキは知らないってことになる、よな? 

 くそ、わかんねえ!)


 知っていたとしても、他のプレイヤーの不利になるようなことは言わない、とミサキは出会った時に、近いことを言っていた。

 あくまでもミサキがアドバイスするのは、細かいルールや確認や許可のみだ。


 とは言え、このミサキは結構ぼろぼろと失言しているが。

 乱橋を下に見過ぎて口元が緩くなっているらしい。


 乱橋としては複雑な気分だ。


(こいつが、実は知っていて隠してるとは思えねえんだけど)


 他のミサキがどうだかは知らないが、こいつは正直で顔に出るタイプだ、と乱橋は思う。


 ―― ――


 ミサキの知識は共有される。


 一人が知れば全員に伝わる。


 ミサキは一人しか存在しない。



 乱橋に付くミサキも、みんに付くミサキも、他二人のミサキも変わらない。

 全員がミサキで、どんな感情も持っている。


 強制的に情報が共有される中で、

 一人だけ送信の強制を受けていないミサキがいることを、乱橋は気づけなかった。


 実際はまったく違うのだが、

 共有が通信だと仮定できれば、怪しいと思う段階までは予想できたかもしれない。


 ミーティングがおこなわれた空間にいるミサキは、箱庭全体を俯瞰して見ることができる。


 箱庭にいるどのミサキよりも、状況をすぐさま把握することができる。


 それが箱庭のミサキに共有されたら、

 誰かが誤って漏らした場合、ゲームバランスが一気に崩れる。


 だからミーティング空間のミサキにのみ、送信の強制はない。


 誰よりも状況を理解していなければいけない存在がこのミサキだ。

 箱庭のミサキからの問い合わせには全て彼女が受けなくてはならない。


 当事者達の情報交換で起こるゲームバランスの崩壊はまだ許容できる。


 だが、部外者からの介入によって起こるゲームバランスの崩壊は無理だ。


 ミサキはそれを避けるために送信の強制をキャンセルした。


 ミーティング空間のミサキはレーダーの故障でないことは知っている。誰かがなにかをしたということも確認できた。一人のミサキがその光景を見ているのだが、目的までは分かっていないので共有はできても答えまでは出せていない。


 でも、上から見ていれば分かる。

 あんな方法を使うとは、今までになかった。


「だから、このゲームはやめられないんだよねっ!」


 きつい炭酸を飲んだ時の笑みのような表情で、ミサキは言う。

 この行動も、箱庭のミサキたちには伝わらない。


 ―― ――


 アドバイザーなのだから全てを個人で把握していると思っていたが、どうやら違うらしい。

 ミサキから、

 ミサキ同士は知識を共有していると意図的にではなく聞かされたので知っている。


 だからこそ、一人が知らなければ全員が知らないことになる。


(こいつ、着信拒否みたいなことされてねえよな……)


 一人だけ嫌われて共有されていない可能性は? と考える。

 受信させないのを着信拒否と表現するのは違和感があり嫌だが。


「あいつ……」

 そんな中で乱橋が思い浮かんだのは一人の少年。


 自分よりも小柄な、言っては悪いが喧嘩を一度もしたことがないような、ひ弱な少年。


「あいつ、なにかしたのか……?」


 たとえ人物が正解でも行動と目的が分からなければ意味がない。

 情報の少ない今、乱橋は考えるのをやめる。


 他のことを考えなければいけない。


「どうする気?」

しらみ潰ししかねえよな……」


「奪った方が早いと思うんだけど」


「あのなあ、簡単に言うけどな、あんな化物共に勝てるわけがないんだよ! 

 つーか、どこにいるかも分からないし、得意な待ち伏せもできねえだろ!」


 怒鳴る乱橋にミサキは俯いた。

 言い過ぎたか、と罪悪感が芽生え始めた頃。


「……える」


「は?」

 聞き取れなかった。ミサキにしては珍しい。


 いつもはうるさいくらいなのに。

 こんなに小さな声を聞いたのは初めてだ。


「わたしが、あいつらの居場所を教えるって言ってるの!」


「いや、でも、それはまずいんじゃねえのか?」


 広い敷地内でいつ誰に出会うか分からない、そのスリルがゲームとして成立しているのではないか。居場所を教えてしまったら、スリルもなにもない。単純な戦闘の恐怖しかないだろう。


 乱橋からすれば、どうしようとスリルはあるのだが。

 戸惑う乱橋に、ミサキは目尻に涙を溜めながら言う。叫ぶ。


「ずっとずっと言い訳して、一歩も前に進もうとしない乱橋にはがっかり! 自分はなにもできない。自分は逃げ回ってるのがお似合いだ。そうやって頑張らないのが格好良いとでも!?」


「格好良いとは、思ってねえよ……」


 それ以外は的を射ている。

 えぐられた気分だ。


「弱い弱いって勝手に決めつけて! 強い人には媚びへつらってさ! 下っ端根性、丸出しじゃん! イライライライラ。わたしがどれだけフラストレーションを溜めてるか知ってるの!?」


 ミサキが、どんっ、と両手で押してくる。乱橋は一歩下がった。


「ムカつく」


 ストレートな言葉だった。


「嫌でも会わせてやる。乱橋のその腐った根性、叩き直してあげる」


 大きなお世話だと思った。

 勝手に決めるなと思った。

 俺に期待するなと思った。


「俺は、最低な野郎なんだぞ……?」


「それがなに? わたしが乱橋を気に入ってるの。関係ないよ」


 ミサキは進む。


 行くよ、と言外に告げていた。

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