第2話 アイテムとパーツ

 ――北方・山岳エリア――


「ぐ、うお――――――――ッ!!」


 空中で重力に引っ張られるのは何度目か分からない。

 着地点を見つめて狙いを定めているが、徐々にずれていくのが、恐怖しか生まなかった。


 今までは何度か成功していた。

 ただしそれは短距離だからであり、勢いの弱い落下だからである。


 傾斜が急になってきた坂道は遂に道という定義を越える。

 視線の先に道はなく、九十度に近い角度へ変化している。


 体勢を前のめりに崩し、壁の隣を落下する少年はそのまま山岳エリアの真下。


 森林エリアへ到達することになる。



「――が、ご、う、ぎ、が、ばあッ!」


 一番の心配だった大木の枝に触れることなく一直線に地面へと落下する、その最大のダメージは回避できたらしい。


 それでも何回か枝に叩き付けられ、衝撃が全身に残ってしまっているが。

 パーカーの上に着ていた学生服は、穴だらけでボロボロだった。


 大木の根元でうつ伏せで倒れる少年は、呻きながら手をつき、体を起こそうとする。

 しかし落下時のダメージが体を地面と縛り付ける。


 なかなか、肘が伸びてはくれなかった。


「いっ、てえっ、つう、の――」

「――大丈夫ー? 乱ー橋ー」


 乱橋らんばしと呼ばれた少年は、顔だけを動かす。

 少し長めの、濃い茶色の前髪から目を覗かせ、見る。


 彼の真横には、両手で自身の柔らかい頬を包む少女がいた。

 オレンジ色のパーカーを着ていて、フードを深く被っている。

 同色の、艶のある、肩まで伸びている髪の毛を持っていた。


 乱橋の角度からならば、短過ぎるスカートが見える。

 おまけに、その中身までもが見えていた。


「あ…………」


 思わず声に出してしまってから、しまった、と気づく。

 オレンジ色の少女は顔を真っ赤にして、冷たい視線で見下していた。


「いてっ、いてえっつうのやめろ! 

 俺、あの高さから落ちて今どんなにつらいか分かってんのか!?」


「死ね、死ね! あの高さから落ちて死ねば良かったんだ!」


 がん、がん、と連続で乱橋を踏みつけるオレンジ色の少女。

 しばらくして、抵抗しなくなった乱橋に気づいたのか、少女はおとなしくなる。


 どうやら時間が経ち、落ち着いたらしい。

 理不尽な攻撃を腕を使って防いでいた乱橋は、腕を下ろして遮られていた視界を晴らす。


「立て」

「俺への当たりが強過ぎる!!」


 二文字に込められた威圧感が半端なかった。

 無理して体を起こす乱橋は、さっきよりもいくらか体が回復していることに気づく。


(いや、ミサキのおかげじゃねえだろ……)


(単純に時間が経過したからか――――あ?)


 乱橋はそこで気づく。

 ――時間経過、だと?


 乱橋は見つめたくない現実を逆算して考える。

 どうしてエリアをまたぐような決死の飛び込みをしたのか。

 自分から望んでしたものではないが、仕方がなかった行為だ。


 原因はなんだった?

 なぜ、ああも坂道を転がり続けるような移動をした?


 ああでもしないと――逃げられなかったのではないか!?



「まずい――ッ!?」

「やっぱり、乱橋ってダメダメだね。気づくの遅いよ。気ぃ抜き過ぎぃ」


「知ってたんなら言えよ! 

 アドバイスしろよ! それがお前の役目なのではなくてっ!?」


「乱橋は甘やかさない」

「やっほー不平等ッ!!」


 頭を抱える乱橋の耳に、ざっ! と音が届く。

 足音。嫌な予感を感じながら乱橋は音の方を振り向いた。


 視線の先にあったのは、音も無く倒れてくる大木だった。


「――はあッ!?」


 背中には、そびえ立つ大木。

 前は、倒れてくる大木。


 乱橋は残された左右の逃げ道に、反射的に右へ逃げた。

 前転するように避けた乱橋を待っていたのは、顔面への蹴りだった。


「――がごッ!?」


 バク宙のように体を反らせながら飛ぶ乱橋は、轟音を鳴らしながら倒れた大木の上に、綺麗に乗るように着地した。


 蹴られた顔面に手がいかない。

 だらんと垂れ下がるのみだった。


 鼻血を出しながら、乱橋は前を見る。


 紫色。

 高身長の女性がその場に立っていた。



「悪いねえ、お前が持つパーツ、貰ってくぞ」



 乱橋が意識を落とす前に聞いた言葉がそれである。


 ―――

 ――

 ―


 気絶から目覚める。

 いつも通り過ぎて、乱橋は状況を把握するまで早かった。

 慣れたものだった。

 そして視線の先には、ミサキがいる。


「あ、起きた」


「あれ!? 俺には絶対こないと思っていた膝枕イベントがきてるんだけど! 

 どうしようこれ以上なく恐いッ!!」


 この膝枕がミサキじゃなければ……と思いながらも、

 乱橋はしっかりとミサキの太ももの感触を堪能している。ぷにぷにだった。


「……相変わらずタフだなー」


 呟きながら、ミサキがふわりと浮いた。

 乱橋は不意のミサキの移動に反応できず、後頭部を地面に打ち付ける。


「うごぉぉおおお!」

 と後頭部を押さえ、

 ごろごろと転がり悶える姿を冷たい目で見ながら、ミサキは報告した。


「あんた今、最下位よ。パーツはゼロ、アイテムもゼロ。

 頭も良くない顔も良くない。

 さっき殺されておけば、生き恥を晒さなくても良かったのにねー」


「俺にとっちゃあお前も敵なんだが……」


 不公平が突き抜け過ぎている。

 ミサキから乱橋への辛口評価は出会った時からなので、もう慣れたものだったが。


 溜息を吐いていると、痛みも和らいできた。


(こういうのに慣れてるのが、下っ端精神なのかねえ……)


 現実世界での自分の習性を思い出したのか、乱橋は上体を起こし、遠い目をする。

 そんな乱橋の前に、ずいっ、と顔を突き出してきたのはミサキだ。


「――で、どうすんの? さっきのプレイヤーを追って、やり返す?」


「そ、そんなことしねえよ。

 つーか勝てるか、あんな化物。大木を投げるってどんな馬鹿力だよ」


 蹴って倒れさせたのかもしれないが、あの時は咄嗟だったのでそこまで確認はしていない。


「そう」とミサキは乱橋から顔を離す。


 ミサキとは言え女の子である。

 近距離の息遣いにどきどきしていた乱橋は、助かった、と内心で安堵した。


「根性ないんだね」


 乱橋の時間が止まる。

 口を開きかけて、閉じた。

 そして再び開く。


「ああ、俺は弱いからな」


「そう」

 ミサキはもう乱橋を見ていなかった。

 襲撃してきた紫色の敵が去った方角を見つめている。


「どうした?」


「乱橋だって別に同じことができるんだけどね。

 アイテムがあるんだし、それを使えばいいじゃん」


「もう持ってねえよ」

「探せば? そこら辺に落ちてるよ」


 いつもの辛口とは違って、突き放したような言い方だった。

 乱橋は、むっ、としながらも言われた通りに周辺を探してみる。


「うん? なんか突き刺さってんな――」


 大木の裏、突き刺さっている長方形のカードを引き抜いた乱橋は読み上げる。


「あん? 英語だから分かんねえけど、移動ってことなのかね?」

「入れ替えね」


 いつの間にか乱橋の肩から覗いていたミサキが説明した。



 自分と他プレイヤーの位置を入れ替える。

 ただし互いが相手を見えている状況でしか使えない。



「……使いどころなんて限られるよなあ」

「でも、思いついたんでしょ?」


 微笑みかけてくるミサキの顔を見て、乱橋はすぐに逸らす。


「まあ、上手くいけば相手を気絶させることも可能だけど。色々と下準備が必要だよ」


「準備して敵を待ち受けるのは得意なんだから、そういう戦い方をすればいいのに。

 なんで真正面から戦っちゃうかなー、乱橋は。だから馬鹿なんだよ」


「襲撃されたらどうしようもねえだろ!」


 見つかったら終わりである。逃げ切ることに自信はあるが、逃げ切れなければなす術もなくさっきのような結末を迎えるだけだ。


 ――いや、さっきのは運が良かった。


 さっきのはそのまま殺されていてもおかしくなかったはずだ。


「なんで俺を生かした……?」

「さあ? なにも考えてないんじゃない?」


「そんなやつがいるのかよ……」

「いるいる。ただ暴れたいっていう人。さっきの人はそういうタイプだと思う」

「おいおい、現実じゃ殺人鬼だとか言うんじゃねえだろうな!?」


 だとしたらさっきの場面で殺されているはずだ。

 少なくとも殺人鬼ではないと決め付けた乱橋は一人、安心する。


「乱橋だって似たようなもんじゃないの?」

「ちげえよ!」


 殺人なんてとんでもない。

 手を出したことなんて乱橋はなかった。

 乱橋がしたのは、その後の処理くらいである。


「現実のことは置いといてだ」

「言い出したのは乱橋だけど」


 ミサキの指摘は無視して続ける。


「アイテムを得たところで、これはまだ使えない。

 結局、状況はさっきとなんも変わってねえんだよな。ちっ、どうすっかねー」


「どうするって、そんなのパーツを探せばいいだけじゃん。

 なに言ってんの? 馬鹿じゃないの?」


「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ」

「その返しがもう馬鹿みたい」


 終わることのない言い合いをやめようとはどちらも思わず、


 乱橋とミサキは、パーツを求めて南下する。

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