第46話 第二段階へ

「わたしとやる気か? 自分の能力の反動で体を壊してばかりの、おまえが」

「言っていればいいわ。私がいつまでも同じだと思わない事ね」


 プリムムが手の平をターミナルに向ける。

 次の瞬間には、さっきよりも大きな打ち上げ花火のような音――。

 すると、彼女の体が大きく後ろへ、つまり弥の方へ、吹き飛ばされてきた。


「――きゃっ」

「うあっ!?」


 弥を下敷きに、プリムムと絡むように地面へ転がる。

 そんな二人を見下ろすターミナルは、無傷である。

 プリムムの渾身の一撃は、どうやら容易く躱されたらしかった。


「分かりやすい攻撃タイミングに、真っ直ぐな軌道。これで避けない方が難しい。

 本能的に、狙われているのに身動きを取らない、という方が難しいんだからな」


 プリムムの能力は砲撃である。

 手の平から彼女の体内にあるエネルギーを、弾として撃ち出す事ができる。

 しかしターミナルが言うように、反動にプリムム自身が耐え切れていない。

 砲弾の威力の調節は可能だが、強力にすればするほど、反動は大きくなる。


 だからと言って威力を抑えめにすれば、全ての力が格段に落ちる。

 直撃したとして、気絶させる事さえも難しいだろう。

 今のプリムムにとって、反動なしで撃てる砲撃の威力は、それくらいのものだった。


「いつまでも同じわたしではない、ね。

 ……どこが違うんだ、落ちこぼれ」


 っ、とプリムムは言葉を返せない。

 言葉が浮かばないのではない。砲弾を撃った手首が、痛みを発しているのだ。

 それに耐えていたせいで、声が思うように出せなかった。


 それでもまだ、もう一撃。

 ……彼女にもまだ、片手がある。


「弥、ちょっと胸、借りるわよ」


 訳が分からないまま、吊るされた両腕を上げて、スペースを作る弥。

 プリムムは弥の胸へ、背中を預けた。

 両腕を元の位置に戻せば、まるでジェットコースターのシートベルトのようになる。


「悔しいけど、私じゃ、ターミナルに勝てない……、

 情けない事に、強がりも言えないわ」


「自分の力量も分からずに、

 当たって砕けて取返しのつかない事になるくらいなら、賢明な判断でしょ」


 弥らしい答えだった。弥らしいというか、大人っぽい言い方だった。


 大人っぽいだけで、たぶん、大人ではないようなセリフなのだろうけど。


「うん、そうね。だからここは、逃げる!」


 ……どうやって? 

 弥がそう思った時には、既にプリムムが行動に起こしていた。


 無事である片手を前に突き出す。

 それはターミナルを狙っているようにも見え、

 実際、狙われた本人は誤解して避けようとしていた。


 しかし途中で気づいたのだろう、ターミナルは、はっとして咄嗟に剣を投げつけた。

 だが、じゃらっ、という金属音と共に、剣は空中で止まり、地面へ落下した。


 ターミナルと剣は、見えない鎖で繋がっていたのだ。


「くっ、逃がすか! わたしは、おまえに――」


 叫ぶターミナルだが、一足遅かった。


 プリムムにとって最高威力の砲弾が、撃ち出される。

 狙いは最大のデメリットである反動を使った、

 後ろへ吹き飛ぶ推進力。

 ――真横に飛ぶ、高速ロケット。


 弥とプリムム、二人の体が森の中を地面ぎりぎりで滑空する。


 ―― ――


 大木の突き出た根っこに乗り上げ、体が宙を舞う。

 腕を吊るしていたツタも切れてしまい、骨折している両腕が投げ出された。

 勢い良く地面を転がり、何度もバウンドした弥は、かろうじて意識を保っていた。


 骨折の痛みもあるが、なによりも意識を繋ぎ止めている原動力は、

 腕の中からいなくなり、はぐれてしまったプリムムの存在である。


「……どこ、に……」


 うつ伏せのまま視線を巡らせる。

 近くにはいない。いつはぐれたのかも分からない。

 石で水を切るような移動だったのだ、道中の記憶は曖昧である。


 高速で動く景色も、ほとんど同じなのだ、何一つとして分かった事はなかった。


 弥は芋虫のように這って、なんとか大木に背中を預ける。

 両腕はだらんと垂れ下がったままだった。


「……、プリムム……?」


 草を踏む音が聞こえ、背中を預ける大木の後ろへ、声をかける。


「あいつじゃなくて残念だったな、オトコ」


 首元に剣の切っ先を突き付けられた。……ターミナルである。


 現れたのは彼女だけだった。

 さっきまで一緒にいた取り巻きは、いま、この場にはいない。


「オトコだけどさ、僕には弥って名前があるんだよ」

「じゃあ、ワタル」


 ターミナルは意外と素直に弥の名を呼んだ。

 そして弥の両腕を見て、表情を曇らせた。


「酷いものだな……」


 すると、首元から剣が引かれた。

 突き付けていたのは脅しの目的があったのだろう――、

 もしくは怪しい動きをさせないために、か。

 だが骨折した両腕の状態を見て、そんなものは必要ないと判断したのだ。

 剣がなくとも弥はなにもできないし、当然、逃げられない。


「……本当にオトコなのか……?」


「本当だ、と言って信じないのなら、証明なんてできないよ」


 ターミナルは口を閉じた。

 それもそうだ、と頷く仕草を見せる。


 彼女たちアーマーズは、同年代の男の子を知らないだけであり、男自体を見た事はある。

 証明をしなくとも、弥が男であるとは、自分との違いでなんとなく分かっているのだ。


 男だと確信しているからこそ、とある話を持ち出す事ができた。


「取引きをしよう、どちらにも利がある、平等な交換条件だ」


 彼女の手から剣が消えている。

 出現させた事を踏まえると、いつでも出せる……、

 つまり捨てたわけではないのだから、あまり意味はないかもしれないが、

 取引きの話し合いにおいて、剣をちらつかせる真似はしないという意志表示だろう。


 弥の返事も待たずに、彼女が続けた。


「こんな噂がある――」


 アーマーズの能力にはもう一段階、上がある。

 施錠されている能力の拘束を解くためには、オトコの力が必要であると――。


 あくまでも噂なので真偽は分からない。

 試した者もいるらしいが、能力の進化は望めなかった。

 噂が嘘なのか、相手が悪いのか……、

 分かっているのは試したらしい相手と、弥の違いは、その年齢である。


「先生じゃダメだった。

 でもワタルなら、わたしの拘束を解いてくれるかもしれない」


「解いたから、どうなんだ? 君はなにがしたいんだ?」


「君じゃない。ターミナルと呼べ」


 すかさず言われた。

 弥も彼女に名前を言わせている手前、こちらもするべきだろう。


「……ターミナルは、なにがしたいんだ?」


「もちろん、勝ち上がって試験に生き残る事だ。あっ、試験っていうのはだな――」


「知ってる。プリムムから聞いてるから」


 話を遮られた事に機嫌を損ねたらしい。

 いや、遮られた事ではなく、プリムムの名が出たからだろうか……、

 そちらの方が、ありそうだ。


「知っているなら話は早いな。協力してくれれば、ワタルの望みも叶えてやれるぞ。

 わたしはそこそこ、良い家の育ちだからな、口利きもできる」


 弥の素性を知らないターミナルは考えもしていないだろうが、この惑星からの脱出にも口利きしてくれるかもしれない。彼女はこの両腕の骨折の事を言っているのだろうし、甘えられるのであれば、乗らない手はない。現状、生き残る事さえ困難なのだ。


「良いところの家ね……」


 ターミナルが優秀であり、優秀である事に拘る理由が分かった気がする。

 たぶん、染みついているのだ。

 誰よりも上に立つための教育を受け、そう育ったのだから。


 ターミナルは弥がこの話に乗るものだと思って会話を進める。

 弥も半ば、そのつもりであった。


「ワタルは特別な事をしなくていい。

 わたしを受け入れ、『装備』してくれれば――」

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