第45話 アーマーズ・コア

「…………!」


 進んだ先で二人が見つけたのは、横たわる二人の少女だった。


 ついさっき見たばかりなので思わず死体だと判断してしまったが、プリムムがすぐに否定した。弥の見知った顔ではないので、彼女たちはプリムムの友達なのだろう。


「友達じゃないけど、でも、【アーマーズ】ね」


 既知であるかそうでないか、統一された服装で判断もできるが、アーマーズには簡単な選別方法がある。それは首元のコアだ。

 プリムムは少々悩んだが、言わずにおくには不便だと感じ、言う事にした。


「首元のコアが、まだ薄い緑色の光を灯しているでしょ? 消える時は砕けた時くらいなんだけどさ……、つまり私たちアーマーズは、コアが壊れない限りは、死なないのよ。

 たとえどれだけ体が傷つこうとも、心臓を、撃ち抜かれようともね」


 プリムムの指が弥の心臓を優しく小突く。文字を書くような仕草だった。


「命と、人格と、記憶が詰まっているの。えーと、データって言えばいいのかな。

 で、この体はデータを再生するためのハード機器って言えばいいと思う――」


 それはコアの取り外しが可能であり、簡単に人格の入れ替えができる事も意味する。


 一応、ハードとデータにも相性はあるらしいが。


 すると、弥が、ふぅ、と安堵の息を吐いた。


「死んでいないなら良かったよ」


 プリムムは微妙な表情を作った。

 確かに良かった、だが、コアが砕かれない限り死ねない、というのも、

 それはそれで不幸であるとも言えるが、それをいま指摘する事でもなかった。


 プリムムは倒れる彼女たちに近づく。目を覚まさせないように、ゆっくりと。


 彼女たちはコアの奪い合いをしている。

 壊し合いではなく、だ。

 コアを奪われれば体から人格が消え、活動ができなくなる。

 死んだわけではないが自由に動けなくなったアーマーズは、試験の中では脱落を意味する。


 生き残る事が重要であって、コアを集めるのは重要ではないのだが、

 敵を減らすという意味で、プリムムは彼女たちのコアを取り外した。


 そして専用のケースにしまう。

 耐衝撃用のケースなので、簡単には壊れない。

 最も安全と言ってもいいかもしれない。


 たとえ惑星が爆発したとして、

 宇宙空間に漂っても無事でいられるくらいには頑丈である。


 逆に、体の方は持ち運べないので、置いていく事になるが。

 きっと、監視している先生がすぐに回収してくれるだろう。


「あの二人……、相討ちだったのか……?」


 弥が疑問を口にする。

 だと思うけど、と言いかけて、プリムムがはっとした。


 なにかに気づいたプリムムに、同じく想像していた弥が、うん、と頷く。


「横から三人目が掻っ攫うように二人を気絶させたと考えたら、この近くに敵がいる事になる」


 コアをあえて残したのは、罠だった……?

 のこのこと近づいたプリムムは今、森のどこからか何者かに狙われている――、弥はそう言いたいし、プリムムも想像できた。

 だからはっとした瞬間には、既に遅い、と考えるべきだ。


 ……しかし、いくら待ってもアクションがなかった。


 張り詰めた空気の中、ぷちん、と、緊張の糸が切れる。

 拍子抜けし過ぎて、がくん、と膝が崩れた。へなへなと体を脱力させる。


「な、なによ、変に緊張させないでよ……っ!」


「プリムム、なんだか腰の弱いおばあちゃんみたいだな」


「はぁ!?」


 脱力した体に一気に力が入った。

 立ち上がって弥のすねを蹴り、誰がおばあちゃんだっ、と怒りを発散させる。


「くッ、うぅ……、け、怪我人なんだけどさ……っ!」


「だからすねを蹴ったんじゃないの。

 腕を小突かないだけ感謝してほしいものね」


 痛みに悶える弥を見て気分が良くなったプリムムは、少し落ち着いた。

 だから思考も広く、活動するようになる。……本当に、相討ちなのだろうか、と。


 じゃあ、でなければ第三者の可能性が高いが、コアを抜き取らなかった意図とは?


 罠に使ったのでもなければ、どういった狙いがあるのだろうか……。


 眉間にしわを寄せて、うーんと考えるが、今のプリムムには答えが導き出せない。


「まったく、気持ちが悪いわね……!」


 謎が残る。

 そういうのは背中に虫が這っているようで、嫌いだった。


「……? ……プリムム」


 その時、弥は静かに彼女の背に自分の背中を預けた。

 ――ちょっとっ、と離れようとするプリムムだが、

 ぴくん、と感覚が鋭くなり、弥の意図に気づいた。そして周囲の状況にも。


 囲まれている。

 ……四人、だろうか。

 背中合わせになったのは、首の後ろという死角を失くすためだ。


 森の音に紛れる雑音。

 意識して聞いてみれば、邪魔な音が浮き彫りになる。

 体重によって木の枝が軋む音。

 やがて弥たちの警戒に気づいた者たちが、大木の枝から降りてくる。


 四人の少女だった。

 プリムムと同じ、体にぴたりと張り付く白いスーツを着ており、

 その内の一人のデザインが異なっている。スーツに描かれているラインが、赤色なのだ。


 プリムムも、他の三人も青色なのに、だ。

 その違いを、弥は知らなかった。


「見ーつけたっ」


 赤色のラインが入った少女が言う。

 彼女はこの場にいる誰よりも、小柄であった。

 恐らくは十五歳……、しかし三歳下に見えてもおかしくない。

 黒いツインテールがそれに拍車をかけているようにも思えた。


「落ちこぼれがまだ生存しているなんて――、ずっと隠れていたのか?」


 腰に手を当て、薄い胸を張る。

 なんとも偉そうな態度だった。

 プリムムを落ちこぼれと言う彼女は、ではどれくらい偉いのか、と、

 咄嗟に言い返したくなる弥。しかし彼女たちの関係を、彼は知らない。


「それとも、その子の後ろにいて、助けてもらっていた、とか?」


 年下に見える少女から、『その子』呼ばわりされるのは違和感でしかなかった。

 もしかしたら年上の可能性もあるが、やはり見た目の印象は強い。


 そして彼女もまた、弥の事を女の子と勘違いしている。

 予想通り、プリムムだけではなく、アーマーズ自体、閉鎖的なのだ。


 背中合わせになったから分かる。

 プリムムの体が、強張っていた。


「――ターミナル……ッ」


「マザーがどうしておまえを選んだのか、理解に苦しむけど、正直に言って相応しくない。

 成績最優秀のわたしが選ばれた隣に、なぜ落ちこぼれがいるんだ?」


 プリムムが、落ちこぼれ……? 

 すると、とんとん、と太ももを二度、小突かれた。


 小声で呟かれる。


「弥、逃げなさい」


 プリムムである。

 現れた四人は、プリムムにしか興味がない。

 弥がここにいれば、ただ巻き込まれるだけだ。

 だから隙を作るからその間に……、と。しかし弥にも言い分がある。


 彼女にではなく、偉そうなあのチビに、だ。


「成績に反映されない部分を評価されたから、プリムムはここにいるんじゃないのか?」


「――ちょっと、弥っ!」


「フンッ、評価されない項目があるとでも……? 

 わたしたちは全てを調べ上げられ、記録されてるんだ。

 それが表になって開示されている。

 記録されていないものはない。成績以外のものなど、あるはずがないだろう」


「そう言われたからか? なら、その言葉が全て嘘だとしたらどうなるんだ?」


 なに、と少女が目を細めた。

 そして珍しいものを見る視線に変わった。


「そう言えば、おまえの格好は……アーマーズじゃ、ない……?」


「勘違いされているようだから言っておく。僕は男だよ」


 えッ、と周りの三人が声を上げた。

 しかし彼女……、ターミナルだけは笑みを見せた。


「オトコ……、ふーん。……――ちょっとだけ、興味が湧いた」


 彼女が手を横へ伸ばす。

 手の平を開き、握ると、そこに剣が現れた。


 同時、青白い粒子が周囲に散る。

 見えたのは、細く、彼女の身長よりも大きな剣だ。


 柄元から中心点までは直線だが、やがて湾曲していく。

 その剣は、サーベルと言う。


 そして彼女は、さっきとは違って大きく、にぃっ、と歯を見せるような笑みを見せた。

 そして力強く踏み込んで、直進する――。


 たった三歩、だ。

 ターミナルは身軽なフットワークで、弥との距離を縮める。

 片手にサーベルを持っている者の速度ではなかった。

 あっという間に弥の、懐の近くへ。

 そして斜め下へ体勢を落とし、サーベルを振り上げる構えを取る。

 まるで居合のような構えであった。


 ただし、弥の懐と言えば、背中合わせにプリムムがいる。

 そう、易々と弥を斬らせるプリムムではない。


「う、わっ、と!?」


「どいてなさい!」


 弥は彼女のお尻に押し出され、射程圏内からはずれる。

 それでも構わず振り上げたターミナルの剣が、必然的にプリムムを狙う。

 振り上げられた剣の軌道は、まったく見えない。


 しかし、行動を終えた後、結果的に刃は弾かれていた。

 空に上がるのは、少ない硝煙しょうえんである。

 直前に一瞬だけ見えた青白い光は、プリムムの手の平から発せられたものだ。


 剣が弾かれたにしては、金属音ではなかった。

 銃声のような高く響く音でもない。


 打ち上げ花火のような、大砲の音だった。

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