第20話 タイムリミット

 呟いたホークは、溜め込んだエネルギーを使い切ったのか、速度を落としたバイクの上で目を開けた。すぐ前には戦車があり、このままでは突撃してしまう危険性があった。だがさっきも言った通りに、エネルギーが切れたので、バイクはタイヤを回さない。

 となるとこのままでは、ホークはバイクと共に横転してしまう――、咄嗟に目の前を走行している戦車に向かって跳び、手を伸ばしてなんとか引っ掛かりに手をかけ、戦車に上る。


 ふう、と一息吐いてから腰を下ろし、後ろを確認すれば、アメンボはまるで縛られているように動きが鈍くなっていた。ここで注意しなければならないのが、動いていないのではなく、動きにくいだけであって、アメンボは無理やりにでも動こうと思えば動けるのだ。

 現に今、それを実行しようとしている。

 アメンボの機体からは、ぎぎぎ、という軋む音が聞こえている。


 ゆっくりと前に進んできている。足も徐々に、さっきよりも激しく動けるようになってきている――、なにが起きているのか分からず、小さくなっていくアメンボを見つめていると、後ろから、だんっ、という着地音が聞こえてきた。


 振り向けばそこにはドリューがいた。


「なんだ、死んでいなかったのか。あのレーザーに撃ち殺されていたと思ったのに」


「……空中じゃないんだ。地上なら簡単に避けられる」


 実際、容易ではないのだが、なめられたくないのでそう言っておいた。


「お前は今までどこでなにをやっていたんだ? 

 俺が言うのもおかしな話だが、きちんと姫様を守っておけよ」


「守っていないわけじゃないよ――、守るための準備をしてただけ。

 意識はきちんと向いていた。それに、今あのアメンボの動きを止めているのはおいらの『糸』だし、責められることじゃないと思うけどね」


 言いながら、ドリューはホークの周辺をちらりと見ていた。さっきと今を比較して、足りないところを見つけたようだ。にやにやと馬鹿にしたような笑みを見せて、


「なんだ、マシンを失ったのか? ってことは、サバイバルレースは脱落ってことかな」


「そういうことになるな――ま、目的は姫様の護衛であって、彼女を優勝させることであって、俺自身、レースに参加するかしないかは、どうでもいいんだよ。

 手段であって、もうその時点で、目的は達成しているわけだからな。

 脱落したところでどうでもいい。姫様を手助けできれば、それでいい――」


「へえ……、格好良いセリフだけど、マシンがなくなったことで君の戦力はどうなるか、気になるところだよね――、武器はどうせ、拳銃しかないんだろう?」


「だったらなんだ?」


 べっつにー、とドリューが話題を終わらせたところで――、ドリューの目が、開いている今の状態よりもさらに開かれ、驚きの表情を作り出した。


 ぎぎぎ、という音を立てていたアメンボが通常通りに動き出したのだ。

 アメンボと戦車の間は充分に距離が離れているので、少し速度を上げれば追いつかれることはないだろう。

 だから、ホークはアメンボが動き出しても焦ってはいなかったが、ドリューは違う。


 ドリューは小声で、「まずい……」と聞いていて不安になるような言葉を漏らす。


「早、過ぎる……このままじゃ、間に合わないぞ……ッ!」

「……なにがあった。そこまで焦ることでも、あるのか?」


 ドリューは戦車の天井部分についている入口を開けて、中に顔だけを突っ込み、運転しているメイビーに向けて叫ぶ。


「――速度を上げて! 全速全力で!」


 なんでどうしてというやかましい問いがかけられたが、ドリューは全て無視した。

 無視したというよりは、質問など耳に入っていない様子だった。


 入口を閉めないまま、ドリューは動かない。

 そして迫るアメンボと山を交互に見ながら、呟いた。



「このままじゃ、おいら達が島を出る前に――山が噴火するぞ……ッッ!」


 ―― ――


「噴火するって……お前、さっきまで一体なにをしていたんだっ!」


 ホークの怒号が響き渡るが、その声は通常通りに動き、近づいてくるアメンボの足音にかき消され――、加えて、アメンボの動きによって始動し始めたのか、山の、島の激しい揺れによってこれまた、ホークの声がかき消されている。


 だがそれでも、声は聞こえなくとも、口の動きと表情でホークの言いたいことが分かったのか、ドリューは――「落ち着いて落ち着いて」となだめるように両の手の平をホークに向ける。


 それは降伏のポーズのようにも見えるが……、見えているだけだ。


 ともかく、なにをした? と今度は学習したのか、ホークは直接、声には出さずに最初から最後まで、全てを目線だけで伝えた。

 ドリューは、う、と言葉に詰まっていたが、説明しないわけにもいかないと思ったのか、ごほん、と咳を一度挟んでから、自分の計画を述べた。


「おいらの武器はこの糸なんだ――『ミクロン糸線』、君には見えないと思うけど――」


「見える――微かにだけどな」

 と、ホークがドリューの説明の途中で言葉を挟んだ。


「…………」


 見えないのが当たり前な程に薄く細い自慢の武器であるミクロン糸線――、その糸が見えるということがショックではあったものの、世界を探せば、これくらいの細さの糸が宙を舞っていたら、見える者はいくらでも存在する。

 今まではレベルの低い領域にいたからこそ、周りの者達は見えていなかった。

 だが、レベルの高い領域に入れば、簡単に見破れる者がいる――。


 その領域に自分も入っていけたのだと理解したドリューは薄く笑い、さっきまでのショックも消えて、真逆の嬉しさが胸の中で生まれていた。


「ふうん――見えているなら、話は早いね。結果だけを先にネタバラシすれば、おいらのこの糸を、山の中に存在している『核』とあのアメンボを――【繋げてきた】」


「核……繋げてきた? 悪いな、詳しく説明してくれ――つまりどういうことなんだ?」


「噴火は、【溜め込んだものを外に吐き出す】ということだろ? 噴火を大雑把に分類してしまえば、爆発だ。なら――自然に爆発するにしても、人口的に、意図的に爆発させるにしても、なんにせよ【きっかけ】というものが存在する」


「きっかけ……」


「全てのことに言えることだ。木からリンゴが落ちたのも、支える枝が弱まってしまったから――ドアが閉まるのも、人間が手を加えたから、もしくは風や、地面のずれで斜面になり、真下に近い方向へ動いたから――とまあ、言ってしまえば、全てには理由があり、なんにでも適応させることができる理屈だ。

 あとからどうこじつけることだってできる。

 あれが原因でこうなった――自然になった、という現象なんて、存在しない」


辻褄つじつま合わせじゃないのか」


「辻褄合わせだとも言えるよね。でも、自然に起きたとしても、突き詰めれば理由が存在し、きっかけが存在する。偶然だったとしても、きっかけは無くならない。

 おいらはね、この山の噴火を使えば、あのアメンボを倒せると思った。

 破壊できると思ったのさ。木端微塵にさせることも簡単だと思った。

 だから山の頂上から飛び込んで、中を見てきた。……そしたら、あったんだよ」


「――それが核、か」


 ドリューが一番、言いたそうな単語を、ホークが先回りして言う。


 舌打ちが聞こえそうな不満顔を漏らしているドリューを無視して、ホークは続ける。


「その核が、噴火のためのきっかけ、か」

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