SS1 ガチムチアイランド一日目の終日

 俺とベルゾレフはアイテムバックからミスリル製の解体用ナイフを取り出してついさっきベルゾレフが倒した亀っぽい魔物ーーガチムチドラゴタートルというらしい。如何にもこの島らしいネーミングセンスだーーと俺が倒したマッチョエイプを解体していた。普通の解体用ナイフでは刃が通らないような硬い皮膚に覆われた魔物達だが、このミスリル製解体用ナイフのお蔭でナイフの刃がスッと通り、すいすいと作業が進んでいく。

  殺し屋時代に収集して自分のものとしていた知識や技術の中に動物の解体の知識や技術も入っていたのだが、やはり動物と魔物は似て非なる存在であるため解体方法も多少動物と異なる点もあった。

まぁ、だからといって魔物の解体ができないわけではないが。

  多少の誤差程度でできないものがあっては世界一の殺し屋は務まらなかったからな。足りない部分は他の分野の知識で補い、よく観察しながらなんとか初解体を進める。


「どうだい?マッチョエイプの解体は終わったかな?」


  ガチムチドラゴタートルの解体を終えて、解体した部位をアイテムバックに収納したベルゾレフが俺の元へ歩いてきた。


「ええ、これでラストです」


  俺はそう言ってマッチョエイプの心臓部に埋まっていた魔石ーー中に様々な色の靄がある透明な石の形をした魔物を魔物足らしめるコアのようなもので、魔力を全身に運ぶ心臓のようなはたらきをしている。靄の色は魔石に篭る魔力属性によって色が変わるようだ。ーーを取り出してベルゾレフへ見せた。


「お!綺麗に取り出したね。初心者は大体肉片がついてたり欠けてたりするのに。

うん、肉も綺麗に解体できてるよ!」


「ありがとうございます。

解体も終わったことですし帰りますか?」


「そだね!日も暮れてきたし、夜は昼の魔物よりも強い魔物が出てくるしね」


  動物で言う肉食動物のようなものか。あれらも大半が夜行性で夜に行動が活発になるからな。

まぁ、魔物はほぼ肉食なんだけど。

  俺は解体したマッチョエイプの皮や骨、魔石などの素材と食用の肉をベルゾレフから貰ったもう一つのアイテムバックに仕舞って、ベルゾレフと共に家路へ着いた。






  帰宅した俺達はまずアイテムバックに入れていた素材と今日使わない分の肉を魔物の名前と部位名を書いた名札をつけて冷凍室にしまった。アイテムバックは空間拡張はされているが時間停止効果はないからずっと入れていたら腐ってくるんだよな。物によっては時間停止機能がついたものもあるらしいが、とても高価でベルゾレフは必要性を感じないため持っていないらしい。本人曰く保存しなくてもその場その場で採った物を食べればいいとのこと。

  ちなみに冷凍室っていうのは部屋自体に冷却保存コールドスリープという冷凍保存する生活魔術を組み込んで部屋一室まるごと魔道具にした、名前のまんま食材や素材を冷凍保存する部屋だ。


「それじゃ夕御飯にしようか。

すぐできるから座って待ってて!」


  え、ベルゾレフが作るのか?料理が出来そうには見えないが……。


「料理作れるんですか?」


  俺がそう尋ねると「HAHAHA」とアメリカンに笑い、「丸焼きならね」と答えた。


  その瞬間俺は言い知れぬ使命感に駆り立てられ無言でベルゾレフを居間のソファに押し付け料理番を交代した。


「ベルゾレフさん、食材って何処にありますか?」


「え、あぁと、食材ならキッチンに冷蔵庫があってその中に一通りあるよ」


「分かりました」


  そう言って俺はキッチンへと向かった。さぁて、前世では料理人としてターゲットの元へ潜り込むためにトップクラスの調理技術は修めていたが……はてさて前世の調理技術は異世界でどれだけ通用するのかな…。





「さて、どうしようか」


 俺は調理台に立って思考していた。


「マッチョエイプの肉は筋張っているから筋煮込みにして柔らかくしようかな。

ガチムチドラゴタートルは見た目とは裏腹に柔らかくジューシーな肉質な上臭みもないから余計なことはせずそのままステーキにして、あっさりイタリアンドレッシング風のタレをかければいい。

それだけだと油がしつこく感じるから箸休めにカルパッチョか適当にサラダでも作りたいけど…。

問題はそれに使う調味料と他の食材だな」


  取り敢えずの献立を考えた俺は冷蔵庫ーー冷却コールドが付与された保存用魔道具ーーを開けて中を覗いた。

  どれがどんなものなのかよく分からないから鑑定で少しでも情報を得るか。


 『ムキダイの切り身』

 ガチムチアイランド近海の海『死海』に生息する巨大肉食魚『ムキダイ』の切り身。白身故、淡白で独特の歯ごたえがある。


 『タマネギ』

 何処にでも自生している球体状の野菜。そのまま食べると辛いが熱を加えると甘味に変わる。

水に浸すことで辛味を抜くことができる。


 『バキレンソウ』

 ガチムチアイランドの森なら何処にでも自生している葉野菜。

シャキシャキとした歯ごたえで、熱を通すとバキバキと言うほど硬い食感になる。


 『オリーブオイル』

 温暖な地域に自生しているオリーブという果実から抽出された植物性オイル。


 『シューレモン』

 四季豊かな地域に自生している柑橘類。楕円形の果実で、酸っぱくて爽やかな味わい。


 『塩』

 海水から抽出された塩化ナトリウム。死海産。


 『砂糖』

 シュガートツリーという樹木の樹液から抽出された白く甘い粉体。


 『醤油』

 東方の国ヤマトの特産品の調味料。


 『酢』

 酸っぱい。調味料。


 『みりん』

 酒の一種。甘味が強く、料理に香りと旨みを与えてくれる調味料。


 『マッスルハニー』

 最高級のハチミツ。

 マッスルホーネットの蜜。

 とても甘くて調味料にも甘味料にも使える。




  白身魚の切り身に葉が葉脈に区切られて腹筋のように膨らんだホウレン草っぽい葉野菜ーーバキレンソウーーに玉葱、ドレッシングに酢とレモンと塩、これでまずカルパッチョが作れるな。

  僥倖なことにこの世界にも醤油と砂糖と味醂があったからこれでの肉を煮込めば筋煮込みの完成だ。圧力鍋は空属性魔法を使えばなんとかなるんだろうけど風とか水と違ってイマイチ魔力の属性変換がピンと来ないから諦めてハチミツを使うことで時間短縮することにするか。ハチミツには肉を柔らかくする効果があるからな。

  最後にガチムチドラゴタートルのステーキだがこれは肉を焼いてそこにレモン、オリーブオイル、塩、玉葱のみじん切りで作ったイタリアンドレッシング風のソースをかければいいだろう。

  うん、これならさっきの献立のメニューが作れる。よし、それじゃあさっそく取り掛かるか!






「さ、食べましょうか」


「おお、これはまた豪華な……」


  食卓の上には俺がさっき作った料理が並んでいた。ちなみに米はこの世界にもあるらしいが、ベルゾレフはパン派のため置いてなかったので主食はパンを用意した。

  ベルゾレフは丸焼き料理しかできないようなのでこんなちゃんとした料理が食卓に並んだのは久しぶりで感動でもしているのだろうか、料理に手を付けず見蕩れていた。


「ほら、ジッと見てないで食べましょう……いただきます」


「うん?それはなんだい?君の故郷の食前の祈りか何かかい?」


  俺が手を合わせて食前の礼をするとそれに興味を惹かれたベルゾレフが尋ねてきた。

  ああ……つい異世界だってことを忘れてやってしまった……。そりゃ日本の食前の礼なんて異世界にあるはずがないよなぁ。ここでは今更辞めても逆に変だから続けるけど、ここを出たら辞めるようにしないとな。前世でもそうだったように、異世界人稀少だとバレると研究者やら王侯貴族やらに狙われてろくな目に遭わなさそうだしな。


「えーまぁたぶんそんなとこです。よく分からないんですがついやってしまったようですね。案外記憶は無くなっていても身体が覚えているのかもしれませんね」


 と、俺は苦笑して誤魔化した。

 俺の言葉を聞いたベルゾレフは何やら考え込んでいた。


「ほう、ということは無くなったのはエピソード記憶が主で、慣れなどの記憶である手続き記憶や知識の記憶である意味記憶はある程度残っているんだね。よく“身体が覚えている”というのがあると思うけどあれは学術的にいうと手続き記憶が残っているからなんだよ」


  へぇ、この世界にもエピソード記憶などの概念があるのか。結構医療技術や科学……この世界では魔導を利用した科学に代わるものが発達しているようだな。

  まぁ、いまはそれよりも早く夕餉を食べよう。冷めてしまうしな。


「なるほど。そのようですね。と言っても意味記憶や手続き記憶も少ししか覚えていることはありませんが。

さ、それよりも早く食べましょう。せっかく作った御馳走が冷めてしまいますよ」


「Oh!それはいけない。では私も君に倣って……いただきます」



  俺達は改めて食前の礼をして食べ始めた。俺はまず最初に牛すじ煮込みならぬマッチョエイプすじ煮込みを食べた。

  んん〜、トロトロのホロホロで口の中で蕩ける。味もバッチリ滲みていて完璧だね。後はこれで酒かご飯があればいいんだけど。

いや、まぁ酒はあってもまだ飲んじゃいけないんだけどな。


  俺が食べるのに続いてベルゾレフも食べ始めた。


「なにこれ超美味し!!」


  ベルゾレフはあまりの甘さに目がカッと光った。ベルゾレフはそのままガツガツと一心不乱に食べ始めた。


  気に入ってもらえて良かったよ。さて、たくさん作ったからまだまだあるけどこの調子じゃグズグズしてると俺の分がなくなりそうだな。

  次に俺はムキダイのカルパッチョを食べた。うん、あっさりとしたレモンドレッシングが淡白な味わいのムキダイに合う。ムキダイ自身もヒラメとナマコを足したような歯ごたえでとても美味しい。バキレンソウも熱を通したものと通していないもの二種類用意したけどどっちも美味い。バキバキというほど硬いと表示されていたからどんなものかと思っていたけど実際はゴボウのスティックフライをもう少し硬くしたのとレンコンの食感を足して割ったような感じだな。ムキダイと二種類のバキレンソウを一緒に食べると独特の歯ごたえのオンパレードで食べていて楽しい。しかし、このバキレンソウという野菜、見るからにガチムチアイランド産で食欲を失せさせる外見だが、とても面白い食感で味も美味しい。特にこの葉の腹筋部分は噛むとバキッという食感と共に口の中で旨みが爆弾のように弾けて本当に美味しい。


  ムキダイのカルパッチョを楽しみ、口の中をさっぱりとさせた俺はメインディッシュのガチムチドラゴタートルのステーキを食べた。


  んん!美味い!口の中に入れた瞬間蕩けてほぼ噛まなくてもいいぐらい柔らかな肉質にも関わらず全然しつこくなく豚の油のようなあっさりとした味わいだ。しかもまたイタリアンドレッシング風のソースが爽やかであっさりした味わいなのでガチムチドラゴタートルのステーキによくあう。異世界の、それも魔物の肉だから不味いものだという先入観があったが見事なまでに覆されたな。異世界料理には大して期待していなかったがこれなら大いに期待して良さそうだ!

  俺はまだ見ぬ異世界の料理、食材に夢を馳せながら夕食を食べ進めた。







  その後、俺は今世初の風呂に入いるべく脱衣所に来ていた。風呂は前世で言うところの和風と言った感じの温かみのある木製のお風呂だった。しかし、これが全てスマートフォレストに自生していたボディービルダーのような木ーー後に聞いた話だとビルディールという名前とのことーーだと思うとゲンナリするな。まぁあの筋肉樹とは思えない上品で良い香りの木々だからもしかするとここに使われている木々は輸入品でビルディールじゃないのかも……しれないこともないか。ガチムチアイランド近海だけじゃなく空さえも危険な魔物がうじゃうじゃいるここと貿易しようなんてバカはいないだろうし。十中八九ビルディールなんだろうな......コレ。

  そう考察しながら俺は今まで着ていた、打ち上げられた時に着ていたこの世界にしてはそこそこ上質であろう生地で作られた半袖長ズボンの服を脱いで籠の中へ放り込んでいった。

  ちなみに下着だが腰周りの部分にゴムが使用されたトランクスのようなものだった。前世では下着にゴムが使用され始めたのは1925年あたり、ここまでちゃんとしたものとなると1935年以降だったから意外とこの世界の文明は進んでいるのかもしれない。


  浴場に入ると、そこは脱衣場同様温かみを感じさせる木々の心を落ち着かせる香りに満たされた心地よい空間が広がっていた。

  中は思っていたよりも広くて、洗い場は四畳半程、湯船は七畳程の広さがあった。

  へぇ、ベルゾレフが作ったにせよ作らせたにせよ、この脳筋臭が凄い島にはとてもじゃないが似つかわしくない風呂だな。

  さて、とりあえずまずは身体を洗うか。

  俺は浴槽につかる前に洗い場で身体を洗うことにした。大きな姿見の前に脇においてあった椅子を持ってきて座り、あることに思い当たった。


  あ、そういえば俺今の自分の姿見るのこれが初か


  と。


  鏡に映った俺は一言で表すなら将来有望な美少年だった。綺麗な濡れ羽色の男にしては若干長めの髪。そこから除く龍人族の証である日本の龍のような後ろ向きに伸びた白い角。琥珀色の透き通るような目。スッと筋の通った鼻。顎のラインはシャープで、顔のパーツ一つ一つが芸術品と呼べるレベルで整っていた。

  おお、結構な美少年だこと。モテモテで得はするだろうが暗殺や潜入には向かないなこの顔は。いや、別に暗殺や潜入に向かないからって焼いたり剥いだり砕いたりして改造しないけどな。絶対。

  容姿の確認もできたところで、取り敢えず身体を洗おうと思った俺はまず髪を濡らすべくシャワーのような魔道具の魔力注入口と書かれた凹みに手を置いて魔力を流してお湯を出した。

  その後、前世の地球のものとは全く方式が異なるシャワーに興味を惹かれて色々と試してみると大体のことは分かってきた。

  シャワーは出す時や止める時など指示を出す際に魔力を注いでサインを送り、後は魔道具が自動的に大気中の魔力を吸収して貯蔵している魔力を使用してお湯や冷水を出すという仕組みになっていた。水量は注ぎ込む魔力量の調節で増減できて、温度はヘッド部分に付いてる歯車のようなものを前後に回すことで調節できるらしい。


  髪を濡らした俺は石鹸を泡立てて髪を洗っていく。

  今日は砂浜に倒れてたり、森で闘ったりで結構汚れてるから念入りに洗わないとな。しかし、今までシャンプーで髪を洗っていたから髪を石鹸で洗うってのは新鮮だな。時代を考えると仕方ないんだが、俺みたいな科学が発展した世界からやってきたやつがシャンプーを開発してくれないかなぁ。

俺だけがこの世界に記憶を持って転生(みたいなもの)をしたとは考えにくいから最低でも一人や二人はいそうなもんだが……。まぁいたとしても作れるとは限らないが。製法は知っているから自分で作ることも出来るが一から作るとなると、資本確保、土地確保、労働力確保、経済への影響etc…問題が山積して面倒極まりないからやりたくないんだよな。幸い石鹸の質自体は香り、肌触りと前世と同じ、いや、それ以上に良いから必要に迫られてるわけでもないし。


  と、考えている間に俺は一通り洗い終わったのでシャワーで泡を落として、ボディー用の石鹸で身体を洗う。

  こうして身体を洗ってると自分が幼くなったと改めて実感するな。身体が根本的に別物になったから仕方ないとはいえ、引き締まった筋肉がなくなってぷにぷに体型になってるし。いやでもまだ幼いしこのぷにぷに体型の方がいいか。幼い子供が筋肉をつけすぎたら成長に差し支えると言うしな。


  身体をぷにぷに触りながら身体を洗い終えた俺はシャワーで泡を流して湯船に浸かり、今までのことについて改めて考えていた。


  こうして落ち着いて考えてみると色々と不可思議なことがある。

  どうして五歳からの転生なのか。

  どうして砂浜に打ち上げられていたのか。

  どうしてこの世界の言語を理解し、使えるのか。

  あの時はまだ気が動転していてそういう転生もあるのだろうと考えたが、冷静に考えるとその可能性は低いように思う。前世でも転生というのは裏の世界ですら眉唾ものではない確かなものはほんの少ししか認知されていなかった。俺自身自分は前世の記憶があるという子供たちを数人見たことがある。しかし幾許か年老いた状態で唐突に前世の記憶がある人が現れるという現象は見たことも聞いたことがない。当然、聞いたことがないというだけで存在しないことの証明になどなりはしないが。

  故に他の疑問点も統合して考えれば、現時点で最も高い可能性は『転生した俺は航海中の船に乗船していて、その船に何かがあって、親か船員の誰かが俺を避難させた。だけど避難中に時空断層に巻き込まれ、その時の影響で五年間の記憶を失っている』だな。又はそれに準ずる何かが起こったという可能性もあるが……、何にせよ不確定要素も不明瞭な点も多すぎる。今の所推理できるのはこれが限界だな。

  もしかして内的要因ではなく外的要因によって五年間の記憶が消失したんじゃ……とも考え出すとそれこそキリがない。


「さて、明日も早いしそろそろ上がって寝るか」


  暗中模索な考察を打ち切り、明日からの授業に意気込みながら風呂を出て、自室としてあてがわれた部屋のベッドで眠った。

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