第3話 おはよう!HAHAHA!!

 暗い。寒い。まるで海底にでもいるみたいだ。


 ここは何処だ?


 俺は……死んだのか?


 いや、死んだんだろうな。瀕死の重体であれだけ近くで爆発を喰らっちゃ俺でも流石に耐えられない。


 なら、何故俺は今思考できている?


 ここは天国、いや、今までしてきた事考えると地獄かな。


 ああ、転生するための待機所って線もあるな。


 まぁなんにせよ黒くぼやけた薄暗い世界とは、しけてやがる。


 鬼ぐらいは期待してたんだがなぁ。


 ああ、意識が微睡んできた。


 我ながら前世は後悔ばかりの人生だった。


 生きる為に人を殺して、騙して、利用して……


 折角与えられた居場所も、そこで出来た仲間も最期まで一緒にいてやれなくて……


 今となっては最後のあの選択すら正しかったのか分からなくなってきてやがる。


 仲間を護ったこともそれで死んだことも後悔はしてない。


 だけどもしかしたら俺が死なず、仲間を泣かせずに済んだハッピーエンドなんてものもあったのかもしれないと考えると、あの時の選択を疑ってしまいそうになる。


 はぁ、我ながら馬鹿な男だな俺は……。


 もしも……来世なんてもんがあるなら……




 今度は後悔せず生きたいもんだ。











 チュンチュン、少し野太いがまだ可愛い範疇に留まる小鳥の囀りが聞こえる。

窓から暖かい陽射しが差し込んでいるせいか、瞼の裏が明るく照らされ眩しさを感じる。明るい陽光に促されるまま目を開けてみた。


「…...ここは……何処だ?」


「ここはガチムチアイランド。……の私の家さ!!」


「おわぁぁぁッッ!?」


 目を覚ました少年は帰ってくるとは思ってなかった返答とその返答の主の容姿により二重の意味で驚き、壁際に吹き飛ぶように逃げ寄った。

 一見失礼な反応だが返答の主の容姿を考えると致し方ないのかもしれない。二メートルを越える筋肉隆々の巨躯に、顔に常に影が差すほど彫りの深い俗に言う劇画タッチの顔立ち。一言で表現するならアメコミヒーローのような男だった。


 いや、やはり容姿を踏まえてもあの反応は流石に失礼だ。


「そこまで驚かれると少し傷ついてしまうよ?」


 男にそう言われ命の恩人っぽい人に対して流石に失礼が過ぎたかと反省した少年は「すみません」と謝罪し、今の状況を聞き出すべく対面の男に「俺はどうして生きているんですか?」と問うた。


「君は恐らく時空断層に巻き込まれたみたいでね。ここガチムチアイランドの黒光りビーチに倒れていたんだよ。

そこに偶々狩りの帰りだった私が通りがかり、魔力回路が損傷し衰弱していた君を医師の元へ届け、なんとか一命を取り留めたということさ」


(ん?会話がすれ違ってる。そうか、この人は俺が死んだことを知らないのか)


 少年は死んだのにどうして生きてるのかと尋ねたのに対し、男は少年が遭難したと答えた。この会話の齟齬から少年はある可能性に行き着くが、他にも何か可能性があるのではと先の会話で出た謎の単語を他の謎を交えて考察する。


(ガチムチアイランド、黒光りビーチ。聞いたことすらない地名だ。それに時空断層という恐らく自然現象と思われるものも聞いたことがない。魔力回路というものが損傷して衰弱していたらしいが魔力回路ってなんだ?

幾つもの聞いたことがない地名、現象、科学?用語。

そもそも読唇術で読み取った限り、言語自体明らかに地球には存在しないはずの、少なくとも俺は知らないはずの言語なのに何故理解できる?何故話すことが出来る?

それに俺はあの怪物を倒した時に一緒に爆発に巻き込まれて死んだはずだ。

それだけは覆るはずがない。

しかしここが死後の世界というのにもどうにも違和感がある。

いや、死後を体験したこともないのに違和感もクソもないんだが、目の前の男が俺の死を知らなかったので違うような気がする。死後の世界を知らないから根拠というには弱すぎるが恐らく違うだろう。

...…そう言えば部下が勧めてきてハマったライトノベルに異世界転生や異世界トリップモノの物があったが今の状況はそれに似ているな。

今更だが身体もかなり小さくなって大体5歳ぐらいの体格になってるしトリップではない。

憑依というジャンルもあったが精神の何処を探ってもそれらしい異質な精神は感じられない。

ということはこれは異世界転生という奴か?言語が通じるのは部下が言っていた転生特典とかいう奴のお陰と考えれば……。

赤子からでなく五歳児からのスタートってのが不自然だが…、まぁ人間の知る概念だけが世界じゃない。こういうものもあるってことだろう。

それに、微かに覚えているあの暗く静謐な海底のような場所。

あそこが死後の世界又は転生の間的な所だとすると一応辻褄が合うしな)


「大丈夫かい?」


 少年ーー旧名恭弥が自分の状況について熟考していると対面の男が心配そうに尋ねてきた。

 どうやら暫くの間思考を巡らせていたため心配して声を掛けたようだ。実際には子供らしからぬ思考で答えを探していただけなのだが。

 しかし、一人どことも知れぬ島に飛ばされた五歳児が熟考。なかなかにシュールな絵である。

 知識も根拠も何も無い考察をした所で正しい答えに行き着くことはできないだろうと最終的に判断した少年は取り敢えず異世界転生と仮定して思考を中断し、心配気に声をかけてきた男に返事をする。


「ええ、大丈夫です。少し自分なりに今の状況を考察していただけですから」


 その五歳児らしからぬ言葉に男はほんの少しだけ怪訝そうな表情を見せたが気にしないことにしたのか寄せていた顔を引き、ベッド横の椅子に腰掛けた。


「所で私の名はベルゾレフ・アルドノアというんだけど君の名前を教えてもらってもいいかな?」


(俺の名前か……。前世の名前だと違和感があるかもしれないが...…)


「ああ、時空断層に巻き込まれた影響で記憶が飛んで思い出せないならステータスと言うか念じると良いよ。

ステータスバーと呼ばれる君自身の個人情報が記されたスクロールが出てくるから。

因みにステータスバーは自分が許可しない限り出したことは分かっても内容を他の人に見られる心配はないよ!」


 どう答えようか考え込んだ恭弥を見て時空断層に巻き込まれた影響で記憶が傷つき上手く思い出せないのだと勘違いしたベルゾレフはそう提案した。恭弥はそんな便利なものがこの世界にはあるのかと感心しつつステータスと唱えた。

 するとステータスバーらしきスクロールが現れそこにはこう記されていた。



 名前:ファウスト・オルズ・レガリア

 年齢/性別/種族:五歳/男/闇龍人ゾロアギリア

 職業:ーー

 スキル:【龍鱗鎧lv1】【闇の加護】【鑑定lv3】【魔の適性】【限越稼働】



 どうやら恭弥の今生での名はファウスト・オルズ・レガリアというらしい。なんとも貴族っぽい名前だ。しかし恭弥ーーファウストはステータスバーに表示されている自身の種族とスキルに少し驚いていた。


(闇龍人ゾロアギリアか。これはまた強そうな種族になったな。まぁベルゾレフの全身に刻まれた傷や身体の動かし方からしてこの異世界でも戦いは避けて通れなさそうだから好都合だが)


 何気にベルゾレフから言外の情報を引き出していたファウストはそこからこの異世界は死が身近な物騒な世界だと導き出したが、その予想は正解で、実際この世界には魔物と呼ばれる魔石という物を核としている、野生動物より遥かに強く危険な生物や盗賊などが存在し、とても安全とは言えない世界だった。

 ファウストはスキルの欄を見た。


(【龍鱗鎧】に【闇の加護】に【魔の適性】、【鑑定】、そして【限越稼働】か。まずスキル自体どんなものか分からねぇから聞いてみるか)


「どうやら俺の名前はファウスト・オルズ・レガリアというようです。

それで、ステータスバーを閲覧していて気になったのですがこのスキルというものは何ですか?

どうやら俺には【龍鱗鎧】【闇の加護】【魔の適性】【鑑定】【限越稼働】の五つのスキルがついているようですが」


「ああ、スキルと言うものはね、言うなれば魔法とはまた別の特殊能力とでも思ってくれればいいよ。

取得方法は修羅神仏から授かるものと元からついてるものと何かしら条件を満たした時に身に付くものの三種類あり、それぞれ『神授的取得』、『生得的取得』、『習得的取得』と呼ばれてるんだ。

ではここから、最初に基本を述べてそれからファウスト君のスキルについてスキルの解説を織り交ぜながらザッと説明していくよ。

まず、スキルというのはいつも使ってる状態になってる『常時開放技能パッシブスキル』と自分の使いたい時に自分の意思でもって使う『任意開放技能アクティブスキル』に大別される。これは覚えていてくれ。

では次に、君の持つスキルについて。【龍鱗鎧】ってのは龍人族固有のスキルで種族レイシャルスキルと呼ばれるものだね。これの効果は龍の力を使えるという謂わば一種の変身能力だよ。これは任意開放技能アクティブスキルに属する。

次に【闇の加護】と【鑑定】はコモンスキルと言って珍しいけれどどの種族にでも現れる普通のスキルだよ。効果は【闇の加護】が闇属性の強化、闇属性への耐性。【鑑定】は物品の鑑定や相手のステータスを見ることが可能だよ。これは前者が常時開放型パッシブスキル、後者が任意開放型技能アクティブスキルに属する。

そして【魔の適性】はコモンスキルの中でも更に希少なレアスキルと呼ばれるものでその発現率は千分の一ともそれ以下とも言われているね。肝心の効果は全属性の威力、適正値を底上げするといったものだよ。簡単に言えば普通、得意属性……多くても4種以外の属性は戦闘には役に立たないレベルなんだけどこのスキルは全属性を底上げしてくれて得意属性を強化するだけでなくそれ以外の属性をも戦闘に役立つレベルにしてくれるんだ。これも常時開放型パッシブスキルに属する。

最後に【限越稼働】は世界中で一人のみ発現する極めて希少なスキル......ユニークスキルだよ。これは任意開放技能アクティブスキルに属すると思う。見たところずっと使ってるようには見えないしね。

効果はわからないけど【限越稼働】と表示されてるところを押せば説明文が出るよ」


 ファウストは教えられたままに【限越稼働】という文字を押すと説明文が出てきた。



 【超過稼働】


 本来の限界を遥かに越えた力を発揮する。



(本来の限界を遥かに越えた力を発揮するってことはいくら身体を鍛えてもそれ以上の出力を出しちまうってことだから身体へ相当負担がかかりそうだな。

これはまた強力だが扱いづらいユニークスキルだ)


「どうやらだいぶ扱いづらいユニークスキルのようです」


「そうか。まぁユニークスキルはどんなものでも切り札になりうるから損はしないさ。あ、因みにスキルレベルは1〜5まであるんだけどそれを上げる方法にはいくつか方法があって、現段階で解明されているのは“自身が死に瀕する事態に直面すること”、“想いが一定以上高まること”、“困難を打破しようと限界を越えること”などだね。ま、簡単には上がらないってことさ。だけど勿論それに見合うだけの価値があって、レベルが一つ上がるだけでそのスキルの効力は飛躍的に上昇するよ。

ああ、後、スキルレベルが表示されていないスキルはそもそもレベルの概念がないから元から最高レベルクラスの性能な代わりに、修練の果てに稀に発生する“レベル上限の更に向こう”である『昇華』という、いうなればスキルの進化とも言える現象がまず起こらないんだ。スキルについてはこれぐらいだけど質問ある?」


「スキルについての質問はありませんが、今魔法や属性という言葉が出てきましたがそれはどのようなものなんですか?」


「それなら安心。

魔法かぁ。魔法はね、自身の内に血管のように張り巡らされている魔力回路を巡る魔力というエネルギーに属性をもたせたりそのまま使ったりして行使する異能力だよ。

属性は『火』『水』『地』『風』『時』『空』『光』『闇』の八属性があるよ。

使い方は初歩は結構簡単で想像して、それを想像にあった魔力で描くだけだよ。

魔法の名前、魔法名は別に言わなくても発動はできるけど威力や効力が落ちるから言うか念じた方がいいよ。ちなみに魔法名や詠唱は即興のものでもそれにあったものであるなら大丈夫だよ。

でも難しい物だと詠唱を使って空間への固定力を強めないと描いた魔法が空間に溶け込んでいってしまうんだ。

まぁ使用者の腕次第では詠唱を使わなくても行使できるようになるけど、魔導の真理に至り、天啓的な試練を経た後に代償を払うことで神格を得た者である魔神ですら究極魔法や禁呪は詠唱を使わざるを得ないらしいよ。

で、これに似たものに魔術というものがあるんだけど、これは魔力を使うという点では魔法と同じなんだけど魔術は魔法と違って“霊装”と呼ばれる魔術媒体や薬草、魔法陣など何かしら物品を使うことがあって、魔法と違って必ず詠唱が必要なんだ。因みに魔法と魔術を合わせて“魔導”と呼ぶよ。

ああ、それと書物に記されたものや師などから伝えられた一部の物を除いて魔導は構成から詠唱、魔法名までその全てがオリジナルだよ」


(へぇ、言うなれば魔力はエネルギーの絵の具で、それで空間に絵を描く感じ。完成した作品が魔法となるってことか。で、魔法名がタイトルってか。

そして難しいものだとインクが空間に染み込んでしまって作品が完成できないため、詠唱を用いてインクが染み込むのを防ぐという訳か)


「それで、これまでの事で察しはついてるが、改めて聞くよ。ファウストくんはやはり記憶を失っているのかい?」


 スキルや魔導についてならまだ育った環境によっては知っていなくとも不思議ではないが、この世界の人物なら子供でも知っているステータスについても知らないというファウストを訝しんだベルゾレフはそう質問し、真実を見逃すまいとファウストの全身の動きをつぶさに観察し、虚偽を暴こうとした。


「はい、どうやら時空断層に巻き込まれた影響で記憶を一部失っているようです」


(はいダウト)


 ファウストの嘘は長年殺し屋として生きてきただけあり、仕草や目線に出さぬようにした、その手の専門のものでも気づきにくいものだったが、ベルゾレフはそれを長年のカンと洞察力で即座に見抜いた。

 しかし、ベルゾレフは敢えてそこを突っ込む気はなかった。恐らく彼は記憶を失っているというのは事実だろうがそれだけではないのだろう。だが、ファウストが悪意を持って嘘をついてるのではなく状況を説明しづらいか、しても信じてもらえないと思ってるからというのも分かっているからだ。

だからベルゾレフはこう問うた。


「そうか、じゃあファウストくんに一つ聞きたいことがある。

君はこれからどうしたい?」


(どうしたい…...か。取り敢えずは...…)


「取り敢えずは世界を見て回ってみたいと考えてま

す。

世界には俺の知らない人が、物が、景色がまだまだたくさんあるので、世界を巡って新しい出逢いを楽しみたいです。

その中で俺のやりたいことを探していきたいと思います」


「そっか!じゃあ今日から早速この島から出られる実力を身に付ける為に特訓だね!

子供だからって容赦しないよ!」


「は?島から出る実力?」


「その通り!君は魔力と雰囲気とカンでしかまだ判断できないがそれでも、今の状態でも外の世界なら十分生きていける、五歳児とは思えない程の強さを持っていると察せる程度の実力はあることが分かる。

だけどここは外の世界で人外魔境と呼ばれる程島内及び近海の魔物が強いガチムチアイランド!

出るだけでも一苦労というわけさ」


「まぁ強くなる為に特訓する理由は分かりました。特訓自体は望むところです。

しかし、えーガチムチアイランド?の魔物って具体的にはどれくらい強いんですか?」


「んーめちゃんこつおいよ!」


(んーめちゃんこアバウト)


「まぁ説明するより実践で体感する方が分かり易いさ!百聞は一見にしかずってね!」


 ベルゾレフはそう言ってファウストの手を引いて家の外へ出て、森へ向かった。

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