第9話 「違和感」


「恋愛相談?」


 翌日の帰り道。玲奈は目を丸くして涼太の質問に反応を見せる。


 涼太は再び玲菜と共に帰路についていた。昨日の曇天は一転してその姿の片鱗もみせず、代わりに橙色の空が広がっている。

 木々が群れる遊歩道からは、まるで乗り遅れたかのようにヒラヒラと干からびた葉がひとつ、またひとつと落ちてきた。

 二人は、昨日通った河川敷を通り過ぎた先にある湖畔が見える遊歩道のベンチへと座り込んでいた。


「うん、まぁその……妹みたいな奴がいるんだけどね。その子から相談を受けてさ」


「へぇ〜! 水無瀬くんって妹いたの?」


「あ……えーと、なんて言うべきかな」


「……いや、妹ではない、かな。正確には」


 それを聞いた玲菜は「?」と首を少し傾げながら「妹じゃないの?」と顔を少し寄せてくる。何やら不思議で仕方ないかの様だ。


「正確にはまぁ、従姉妹なんだけどな。年に何回かうちに遊びにくるんだ。で、なんでか俺はそいつに『お兄ちゃん』って呼ばれてるんだよな」


「……なにその一種のプレイ」


「待て。これのどこをどう聞いたらプレイに見える。まるで俺が変態みたいじゃねえか今すぐやめろ」


「いや失礼。……でも、だって従姉妹だったら……えぇ、お兄ちゃん呼びするものなのー?」


「知らねぇーって。向こうから勝手にそう呼ばれてるだけだから」


 えー、と今度は怪訝そうに眉をひそめる玲菜は何やら楽しそうに見えなくもなかった。


 ほんとにころころ表情が変わるのな、コイツ。そんな事をうっすらと思う。そうして彼女は昨日と同じお下げ髪を苦笑しながら揺らす。


「え、じゃあ水無瀬くんは実の兄弟とかはいるの?」


「いや、居ないよ。俺と母親の二人暮らし」


「……! そ、そうなんだ」


 よく良く考えれば物凄い自然に話せてる事に涼太は気付く。

 昨日の緊張は少しずつではあるが解れ、張り詰めていた糸が緩くなっていくかのようにリラックスして玲菜と話せているのを感じる。


 だが、相変わらず頬は熱い。


 彼女はなんの躊躇いもなく涼太の隣数センチに座り込み、柵向こうの静やかな河川を眺めている様に彼には見える。涼太はその行動の一つ一つに戸惑いつつも自然な振りを意識してしまう。


 コイツは何やら異性に対して何かこう、大胆な気がするんだが。そんなことを彼は思う。

 ……そういえば、と彼は一つ聞こうとしていた事を思い出す。黙り込んでしまうと途端にまた恥ずかしさで緊張の糸がキツく張り詰めそうなので、会話はできる限り止めないようにしたいところだった。


「じゃ、じゃあそういう日向は兄弟とかいないのか?」


「え? わたし?」


 自分が聞かれると思っていなかったのか、少し驚いたかのように目をパチクリとさせている。


「……いない、かな」


「え、いないの?」


「うん、意外?」


「……」


 意外かそうでないか、と聞かれるのであればそれは彼にとっては意外には感じた。正直なところ、玲菜は涼太にとっては少し大人びた印象があったのだ───それは、クラスメイトの女子生徒達と比べて、どこか落ち着いた雰囲気を感じていたからだと彼は思う。


「まぁ、何となくそんなイメージしてたからかな」


「ううん、私も生粋の一人っ子だよ」


「そうなんだな……」


「なになに、私お姉さんっぽく見えたりした?」


 玲菜は何やらにやにやとこちらを見つめてくるので、それにやや動揺しつつも涼太はついムッとする。完全にからかおうとしているなこれは。


「いや、むしろ小学生っぽいなと」


「ふぁっ!? ひどくない!? 涼太くんさいってー! せくはら!」


「なにその突然の罵倒!? そんな事でセクハラ扱いなの!?」


 セクシャルハラスメントとはこんな些細な事で訴えられるものなのか。なんと恐ろしい世の中か。



(─────………………ん?)


 ─────その瞬間。同時に彼は玲奈の言葉に対し、何かしら違和感を覚えた。

 それが何かを考えている間に玲菜はアッハハ、と楽しそうに笑う。やがてベンチを勢い良く立ち上がる。

 というかセクハラの意味をなんか違えてないかこいつ。まあぶっ飛ばされるかもしれない、沈黙は金だ。そうして、大人しく彼は口を閉じる。


(………………ていうか、なんだ、今の)


 すると、彼女は急になにやら口をとんがらせながら「涼太くんのせいで私のハートは傷つきましたーーあーあーひどいなぁー」と急に声のトーンを変え始める。


 ─────オイ、待て。この違和感は、何だ? 


 あまりにも自然に流れているような気もする奇妙な感覚が、涼太を不意に襲う。それがどうも拭い去らない。具体的には私お姉さんに見えたりしたの、の辺りからだ。そしてその辺りから妙に嫌な予感や違和感が彼には感じられる。

 まさか、とふと彼は頬を引き攣らせる。

 すると玲菜は案の定、涼太とは打って変わったあざとい微笑みを浮かべると。


「だ・か・ら」


「涼太くんには、罰ゲームでも受けてもらっおかなぁー?」などと言い放った。


「………………………………」


 あぁ、似ている。というよりもはや重なったと言ってもいい。こういう事は従姉妹の奈乃華とも似た経験をした事がある。だから、悪い予感は大概当たる。

 いや、そもそもの話、それとはまた別の違和感にまだ触れてもいない気がした。

 だがそれは今は良い。後のことはまた考えればいいだろう。彼はそんな事を思い、一つ深い溜め息を漏らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る