第6話クック、正直に答える

「カルロショック」に続いて、今度は「腐海」での新生活という、ほとんど拷問に等しい責め苦を与えられながらも、私は何とか気持ちを切り替えることにしました。


いくら嘆いてもしょうがないよね。

ここはポジテイブ思考でいきましょう。


「ほら、このロッカーに予備のメイド服があるから、自分で適当に選びなさいよ」


サリーちゃんがゴミの山の奥に埋もれていたロッカーを指差して、そう言いました。

しかたありません。

私はゴミの山をかき分けて、ロッカーまでいき、中から自分に着られそうなメイド服を取り出しました。


「うわー、こうやって見ると、やっぱメイド服って可愛いですよね。サリー先輩もメイド服が着たくてこのバイトを?」


私はわざとらしいほどはしゃぎながら、そう言いました。


ところが、


「ふん、メイド服なんて、夏は暑いし、着るのは面倒だし、ロクなことないわよ」


と、サリーちゃんはまるで取付く隙を与えません。


「じゃあ、何でここでバイトしてるんですか?」


こんなところでバイトする理由が他にあるとは思えないのですが。


「それは………それはあんたには関係ないでしょ!だいたいカルロ、あんた生意気なのよ!大佐の姪かなんか知らないけど、いきなり現れて、うちの店でバイトするとかいって、そのうえ、ベネット先輩に馴れ馴れしく話しかけるなんて!」


「えっ?別に馴れ馴れしく話しかけてなんて」


どっちかっていうと、馴れ馴れしく話しかけられてたほうだと思うんですけど。

それもかなり慇懃無礼な感じで。


「うそ言いなさい!さっきだって、ベネット先輩とあんなに楽しそうにしゃべってたじゃない!」


「………楽しそうって」


う~~~ん、信じられないことですけど、どうやらこの娘、マジでベネットさんのことが好きみたいです。


いやはや、世の中広いものですね。

いくら美人とはいえ、あんな未来から来た殺人アンドロイドみたいな人に好意を持てるなんて、ほとんどノーベル賞ものの人類愛ですよ。


「とにかく、さっきも言ったけど、ベネット先輩のお世話はアタシの仕事なんだから、あんたは引っ込んでてよね!」


「頼まれたって、御免こうむりますよ!」


つーか、サリーちゃん、メイドの仕事はお客の世話を焼くことでしょうが!


その時、下のお店の方から何か物が壊れるような大きな音とともにクックちゃんの悲鳴が聞こえてきました。


「クック!」


そう叫ぶや、サリーちゃんは部屋から飛び出し、階段を駆け下りていきました。

私もその後に続きます。


なんだか嫌~~~な予感がするんですけど。


お店に入ると、そこには昼間ベネットさんが追い出した二人組み(便宜上ヒョロとデブと呼称します)の姿がありました。

カウンターの上は割れた皿やグラスが散乱していて、クックちゃんはフロアの床に座らされています。


どうやら予感的中のようです。


「あんたたち、何してんのよ!」


烈火のごとく二人組に食って掛かるサリーちゃん。

サリーちゃんの声に反応して、二人はゆっくりとこちらを振り向きました。


「!」


二人と目が合った瞬間、私の背筋に冷たいものが走りました。

二人の目にはまったく生気が感じられず、そう、まるで死んだ魚のような目をしています。


「ちょっと、サリー先輩、なんかマジでヤバそうなんですけど」


私は後ろからサリーちゃんの肩に手をかけ、そっと呟きました。


「カルロ、逃げたきゃ一人で逃げな!私は大佐とベネット先輩に留守を任されてるんだから!」


私の手を振りほどき、サリーちゃんはそう言いました。


「そんなこと言われたら逃げるわけにいかな」


ズダーーーン!!


「なっ?!」


「ゴチャゴチャとうるさいんだよ、おまえら」


私は自分の目を疑いました。


なぜなら、二人組の一人、ヒョロの手には銃口から硝煙が立ち上るショットガンが握られていたからです。


ウソでしょ?

ドッキリとかじゃないんですか?


そんな、ダーティーで、リーサルで、ダイがとってもハードな刑事が出てくるハリウッド映画じゃあるまいし。


茫然自失とする私たちを尻目に、


「さあ、おまえらも大人しくこっちに来るんだ!今からおまえたちは僕たちの捕虜なんだからな」


と、今度はデブのほうが虫唾の走るような下卑た笑いを浮かべながら、私たちにそう言いました。


あ~~あ、こんなことなら、叔母さんに声をかける前にトンズラこくべきでした。


二人組は私たちも床に座らせ、手と足をガムテープで縛りました。


「こんなことして、一体目的は何なのよ?!」


悔しそうに二人組みを睨み付けるサリーちゃん。


「あの~~、サリー先輩、あまり刺激しないほうが」


どう見てもこの二人マトモじゃありません。

ここは大人しくしてたほうが良いのだと思うのですが。


ところが、


「昼間の礼をしにさ。何せ俺ら、アキバの平和を守る正義の勇者だからな」


と、ヒョロの口から中二病全開の台詞が飛び出してきました。


はあ?何いってるんですか、こいつら。


「なに馬鹿いってんのよ!冗談は顔だけにしてよね!」


サリーちゃん、後生だからキ〇ガイを不必要に刺激しないでプリーズ!!


「いいだろう。俺たちの本気をその目に焼き付けるがいい」


と、今度は相方のデブを呼び寄せるヒョロ。


「さあ、見るがいい!これが僕の真の姿だ!」


これまた、オタク臭を満喫させてくれる臭い台詞を吐きながら、デブは私たちの目の前にやってきて、いきなり着ていたシャツの前をはだけました。


「きゃーーー!!」


思わず、私たち人質三人は悲鳴を上げました。


やめてよ!あんたの裸なんか見たら妊娠しちゃうでしょうが!!

ところが、デブのシャツの下から現れたものは、こいつの裸なんかよりよほど恐ろしいものでした。


「!」


「あんたたち、そ、それって?!」


なんとデブの胴体にはダイナマイトが何本も巻かれているじゃありませんか。


「へへへ、僕らは女神様の神託を受けた選ばれた勇者なんだぜ」


………まさにキ〇ガイに刃物のとはこのことでしょう。


つーか、行政!何やってんだよ!!

ちゃんと危険物の取り締まりやってんのか!

路上でオタクを職質するだけが仕事じゃないでしょーが!


「………あんたたち、やっぱり「DDP」と「杏」のビッチどもに操られているのね」


完全にパニくってるの私とは裏腹に、サリーちゃんは至極冷静にそう言いました。


「DDP」?「杏」?

何のことか皆目検討がつきません。


サリーちゃんの言葉に、


「ビッチなんて失礼なことゆーな!「DDP」のクラリスちゃんと「杏」の羅那ちゃんの悪口を言うと、ただじゃおかないぞ!」


「そーだ。二人はおまえらなんかと違って、聖母のごとくいつもお店でぼくらに優しく微笑みかけてくれる地上に舞い降りた女神のような存在なんだぞ!」


と、我を忘れて怒鳴り散らす二人組み。


そんな二人を残念そうに見つめながら、


「あのねー、そんなのただの時給1500円の営業スマイルにきまってるでしょ」


と、サリーちゃんの口からは至極当たり前の現代日本の基礎知識が語られるのでありました。

よく分かりませんが、どうやら「DDP」と「杏」はメイド喫茶の名前のようです。


「黙れ!その二人の女神様が言ったんだ。最近このアキバの街に善からぬ邪気が立ち込めていて、その原因がこの店に巣くう邪神だって。だから、俺たち正義の勇者が悪のメイド喫茶を討伐しにきたんだ!」


………「善からぬ邪気」に「邪神」って。


もう少しオタクなりにボギャブラリーを増やそうって気はないんですか!

そんなんだから、頭の悪い大人に「日本の教育水準が下がった」っていわれるんですよ!


「まったく、連中の洗脳接待術には畏れ入るわ。まあ、見るからにあんたたち単純な脳みその持ち主だけど、ここまで見事に飼いならされるとはね」


「うるさい!おい、そんなことより、残りの二人はどこいった?!」


ああ、そうでした!


すっかり忘れていましたが、叔母さんとベネットさんがそろそろ戻ってくるんでしたっけ。

きっと帰ってくればこのただ事ではない状況にすぐ気づいてくれますよね。

そうなれば、きっと警察に通報してくれるはずです。

でも、こいつらには黙っていたほうがいいでしょう。

破れかぶれになられても困りますからね。


「何黙ってんだ!さっさと言え!」


さあ、ヒカル!ここは私の出番よ!舌先三寸でこいつら騙して、時間を稼ぐのよ!


「あの~~、二人はもう帰宅して、今日は」


その時、今まで一言も喋らなかった クックちゃんが、


「………今、秋葉原警察署、そろそろ戻るはず」


と、バッドエンド直通のフラグを立ててくれました。


「なら、待ってれば戻ってくるんだな。あいつらが戻ってきたら、おまえら全員、仲良くこの邪悪な店ごと吹き飛ばしてやるぜ!」


………もう終わりです。

二人とも自爆テロやる気満々ですよ!!


ああ~~、クックちゃん、あなたって何て正直なコなんでしょう。

ホントにもう絞め殺してやりたいくらいですよ~~。


そんな感じで絶望に打ちひしがれる私とは正反対に、サリーちゃんは、


「それより、あんたち悪いことは言わないからさ、さっさとママのいるお家帰んなさい」


と、私たちを見下ろす二人組みを睨み付けながら、自信満々そう言い放ちました。


「あ~?ふざけたこと言ってんじゃねーよ」


「じゃないと大変なことが起こるわよ」


「ふん、邪神の手下がよく言うぜ。で、大変なことってなんだよ?」


一呼吸置いてから、サリーちゃんは、静かに、しかしながら断固とした意思を感じさせる力強い声で、こう言いました。


「第三次大戦よ」


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