第5話サリー、嫉妬する

「カルロショック」から立ち直れないまま、時間だけが無情に刻みつづけ、いつの間にか、もう夜の七時近くになっていました。その間、叔母さんがお店の仕事のこととか色々説明してたみたいですが、当然私の耳には入りませんでした。


一通り説明が済むと、叔母さんは時計の方に目をやり、


「それじゃあ~、私とベネットちゃんは~、昼間のことで~、ちょっと秋葉原警察署まで行ってくるから~、クックちゃんは店番~、サリーちゃんはカルロちゃんのお店で着るメイド服を二階に行って見てあげてね~」


と、言いながら出かける準備を始めました。


「分かりました大佐」


「(ホントに聞き取れないくらい………もういいですよね)了解っす」


どうやら、しょっちゅう同じようなことがあるみたいで、二人とも、もう完全に慣れっこのようです。


「カルロ!帰ってきたら皆で店の片付けすっからな。フケんじゃねーぞ、カルロ!」


叔母さんのお供を仰せつかったベネットさんが出かける間際、そう言いながらいきなり私に絡んできました。


まったく、このヒトって。


「もう、何度も何度もカルロって言わなくても分かりますよ!それに店を壊したのは、フロアチーフのベネットさんじゃないですか!」


思わず、私も感情的に言い返しました。


「けっ、口ばっかり達者なトーシロが!俺様は「メイド道」を極めたプロなんだよ!オマエみたいな小娘が、俺様に説教なんて100年早いんだっつーの!」


何が「メイド道」ですか!

そんなの戦車をピンクや金色に塗って「道」を極めたと思い込んでるイカレポンチと同じですよ!


………もちろんこんなこと恐ろしくて、とても口になんか出せやしませんけど。


「ほら、ベネットちゃん、ちゃっちゃっと行くわよ~」


「いててて、大佐!耳がーー!、耳がちぎれるってーーー!!」


ベネットさんの耳たぶを掴みながら、叔母さんはベネットさんとお店から出て行きました。


お店の中は、さっきまでの騒々しさ嘘のように、居心地の悪い静けさに包まれました。


えーと、何か話題、話題と。

私はすぐ隣に立っていたサリーちゃんに話しかけました。


「えーと、サリーちゃ」


「サリー先輩!」


「すみません。サリー先輩」


やっぱりこの子、今日会ったばかりなのに、私に良くない感情を抱いているみたいです。

でも、その原因が私には皆目見当つきません。

そんな感じで一人で悩んでいると、


「ほら、二階に行くからついてきなさいよ」


と言って、サリーちゃんは私を残して一人でお店の外に出て行きました。

どうやらこのビルの階段は建物の外側についているみたいです。


「あー!ちょっと待って!待っててばー!」


私は慌てて後を追いかけました。


あ~あ、ホント、今日は疲れる一日です。


階段を上りながら、私は前を歩くサリーちゃんに話しかけました。

やっぱり、バイト仲間なんだから冷戦状態は良くないですよね。


「あの~、サリー先輩の本名って」


私は当たり障りのない話題を振ったつもりだったのですが、


「いいたくない」


と、瞬殺で拒絶されてしまいました。


「えっ?でも、これから一緒のお店で働くわけだし」


「別にあんたとアタシ、ただのバイト仲間で、友達でもなんでもないんだから、アタシの本名なんか知る必要ないでしょ」


「………」


う~ん、ここまで嫌われるなんて………駄目だ。やっぱり理由が思いつきません。


二階に上がると、そこには薄汚れた金属製のドアと赤錆びた古い郵便ボックスがありました。ドアには「喫茶「羽の生えたカヌー」事務所・関係者以外立ち入り禁止」と書かれたプレートが掛かっています。


「ここよ」


サリーちゃんが鍵でドアを開け、部屋の中に入り、私も後に続きます。

部屋の中は真っ暗で、何も見えません。

ドアから少し離れた照明のスイッチに手をやるサリーちゃん。

カチっという音ともに私の目に眩しい光が飛び込んできました。


「二階のこの部屋は事務所になってて、着替えや休憩なんかはここを使うことになってるから」


と、サリーちゃんは究めて事務的に説明してくれました。


でも、


「………」


私は部屋の中を見回した後、言葉を失い呆然と立ち尽くしてしまいました。


「………えーと、ホントにここって、叔母さんの店の事務所なんですか?」


私は必死に平常心を保とうとしましたが、声が上擦って、上手くしゃべれません。

怪訝そうに私を見つめるサリーちゃん。


「何よ、それってどういう意味?」


だって、ここって。


「どーみたってここゴミ捨て場じゃないですか!こんなところで着替えや休憩なんかできるわけないじゃないですか!そもそも何か異臭が充満してますよ、この部屋!」


と、私は我を忘れて大声で怒鳴りました。


そうなんです!


部屋の中はあたり一面ゴミの山で、とてもここが事務所や休憩室とは思えない有様なんです!

しかも例の黒くて早くて小さい生き物の気配を、そこら中からビンビン感じますし!


それなのにサリーちゃんときたら、


「アホらし、寝言いってんじゃないわよ」


と、まるで相手にしてくれません。


冗談じゃありません!

あのゴミの山が目に入らないんですか?

ここでも「いないもの」ごっこですか!

ここで流行ってるんですか、「いないもの」ごっこ?!

アキバの新しいご当地名物にでもするつもりですか?!


私は一際腐敗臭漂う一角を指差して、大声叫びました。


「ほら、あそこなんか、カビの生えた布団まで捨ててあるじゃないですか!」


ところが、次の瞬間、サリーちゃんの口から恐るべき真実が知らされました。


「あー、言い忘れてたけど、ここ、ベネット先輩が寝起きに使ってるから。あれ、ベネット先輩の布団」


「………えっ?今なんて?」


「だから、ベネット先輩、このお店で住み込みで働いてるのよ。同じこと何回も言わせないでよね!」


………嘘だよね。


いくらベネットさんが残念すぎる人とはいえ、仮にも女の人なんだよ。

そりゃ、世の中にはズボラで、部屋を掃除したりしない女の人とかいるみたいだけど、これはそんなレベルじゃないですよ!

どう考えたって、ここは喫茶店の事務所というより、青き衣を纏った美少女がでっかい蟲と戯れるのがお似合いな場所ですよ!


「何なんですかあのヒト?!ホントに人間なんですか?!私だったらここで寝起きするくらいなら、夢の島でキャンプする方を即座に選びますよ!」


てな感じで、私が一人ハイテンションのブチ切れ状態で喚きまわっているのを、冷ややかな目で眺めていたサリーちゃんの口から、さらに恐ろしい事実が明かされたのでした。


「………そんなに文句あるんなら、アンタが掃除すればいいでしょ。今日からアンタここに住んだから」


「へっ?」


「大佐がそう言ってたわよ。今日からアンタもここで住み込みで働くって。でもね、言っておくけど、ベネット先輩の面倒はアタシがみるんだから、アンタは余計なことしないでよね!」


「………」


………神様、やっぱり、今からハーレムのある国にいく方にチェンジできませんか?


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