第16話    過去から現在へ

「あ~、なんか疲れた。なんか物凄く疲れた」

「イヤだね。なんか色々頭に浮かんでくる」

うなだれながら女の子が言葉を発する

その女の子の言葉をきっかけに

記憶をたどっていた時間から今の時間に引き戻される

沈黙の中、何もないような虚無感が漂っていた空間で

僕と女の子はそれぞれの記憶をたどる旅に出ていたのだろう

その何とも言えない言葉に出来ない時間の流れの中で

女の子と僕から発せられるそれぞれの思考意識が透明な植物の蔓となり

いびつで所々棘を生み出しつつも

互いの共通点を見つけてうっすらと、そっと、絡んでいるような感覚が

今のこの空間に感じ取れていた

それを心地いいと感じながら何気なく時計に目をやると

そろそろ区切りをつけないといけない時間がきている事に気がついた

「じゃあ、検査結果が出るのに1週間くらいかかるから」

「は~い。また1週間後ですね」

「都合が悪かったら電話すればいいんだよね」

何回か同じ状況を重ねているので女の子もこなれた感じで接してくる

「あ、着替えなくちゃ」

バスローブに包まれている体をながめながら、女の子がつぶやく

「なんか、気持ち良くてすっかり忘れてた」

そう言いながら更衣室へ歩き出す

更衣室の扉の向こうから女の子の弾んだ声が聞こえて来る

「わぁ、服乾いてんじゃん。よかったぁ」

ゴソゴソと着替える音が続いた後、女の子が扉を開けて出て来る

その女の子を見た時になぜか柔らかく暖かな、ほんわりと明るいオーラが

女の子を取り巻いているのが見えた

それは女の子が僕に、にっこりと微笑んでドアを開けてこの室内から出ていくまで

僕にはそれが見えていた

灰色の雲の隙間から垣間見える夕日のそれとは違う

真っ白な柔らかい羽毛のような光が女の子を優しく包んでいた光景だった


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