第5話    生きるという事死ぬという事

「ねぇ、ジュース飲んじゃったんだけど、まだあるかなぁ」

カラカラと空になったグラスを揺らしながら軽やかな足取りで

女の子が冷蔵庫へ向かっていく

「何考えてんのかわっかんないけどさ、救われてるよ。私はね」

冷蔵庫に頭を突っ込んだまま僕に話しかける

「死ぬのって勇気いるじゃん?」

「私、自殺する人って勇気あるなぁ・・・って思ってたんだ」

「ある意味、尊敬してる」

「痛いのも苦しいのもイヤじゃん」

「それに比べたらここは最高。麻酔で眠ってしまえばそれがピリオド」

「痛くも苦しくもない、安らかな永眠が手に入る」

「それに私の臓器が誰かの役に立つなんてオマケ付き」

ほくほくとした足取りでソファーに帰って来る

その様子を微笑ましく感じながら、僕は女の子に問いかけた

「じゃあ、死ぬってことはどういう事なのかな?」

「心臓が止まるって事でしょ!」

「そのとうり。その他に未来が途絶えるという意味もあるんだ」

「なあにぃ?お説教じみた、くだらないおとぎ話でも始めるつもりですかぁ?」

ニヤニヤしながら女の子が僕の顔を覗き込む

「そうかもしれないね。でもある意味事実でもある」

「誰も自分の未来に起こる事を予知できない」

「唯一、分かっていて確定しているのが死ぬ事だ」

腕を組み、憮然とした表情で女の子は僕を見ている

「ゴールは決まっている」

「じゃあ、そのゴールに向かって自分が何を選択し進んでいくか・・・」

「それが未来。ただただ日々、漫然と流されて進んでいく・・・それも未来」

「そういった未来という名の事柄があるのは事実だろ?」

微動だにせず、同じ体勢のまま女の子は黙っている

「良い事もあれば悪い事もある」

「首輪がつけられているから基本ベースとしては悪い事の方が多い」

「そんな中でも自分が心地良いと思える事柄に出会うこともあるわけだ」

「それは小っちゃかったり大きかったり、それ自体に出会える回数も人それぞれ」

「その心地良さを自分で作り出すこともできる」

組んでいた腕をほどいて、だらりと体をソファーに預けながら呆れ顔で女の子が口を開く

「はいはい。夢や希望・・・・ってやつでしょ」

「夢や希望に向かって努力しましょ~努力はムダにならないですよ~ん」

「あのさぁ、それって何の解決策にもならないんだけどぉ」

「そんなもん、効き目の短い麻薬みたいなもんだよ」

「いつだって現実は、最強で残酷」

そう言って女の子はテーブルに頬杖をつき、にっこりと微笑んだ

「そうだね。そのとうりだ」

女の子に合わせて僕もにっこりと笑う

「要するに、いろんな経験を体感出来る・・・ってことなんだ」

「その機会が途絶えてしまう・・・っていうことなんだよ」

女の子がグラスを手に取り、氷を口に含む

イラついた様子でガリガリと氷を嚙み砕き始めた瞬間

手に持っていたグラスを思い切り床に叩きつけた

グラスは見事に砕け散り、破片が氷と共に散乱している

ゆっくりと立ち上がった女の子がそこへ向かい

大きな破片を手に取り、僕の方へ歩みを進めてきた

その破片を僕の目の前数センチに突き当て

「うるせぇーなぁ・・・オマエもそこらへんの人間と同じかぁ?」

握り締めている破片には血が滲み、それが手首の方まで流れてきている

顔を近づけて、ニヤリと笑うと

「それが何になるっつーんだよ。疲弊して摩耗するだけだろぉ?」

そう言いながら破片を持っていた手をすっ・・・と振り上げた


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