1章 アリジゴクの先にはコロシアム【砂漠地帯】

第2話 砂漠の旅

 タイヤが空回りしている感覚が、座っている助手席から伝わってくる。

 さっきから景色がまったく同じなので、きちんと前に進んでいるのか、不安で仕方なかった。


「……いつになったら抜けられるんだ、この砂漠」

「一日じゃ無理だろうのう」


 運転席に座っているのは、魔法使いがよく着ている黒いローブで全身を包んでいる、白髪の女性だった。頭には猫耳。白毛だ。


 いつもはピコピコと前後に揺れている事が多いのだが、今は前にだらんと垂れていた。

 見た目、涼しそうな顔をしている彼女だが、その実、さすがに辟易しているらしい。


 数時間前からずっと運転している。駆動四輪を動かしているのは、ガソリンではなく彼女の魔力なので、数時間、常に生命力と同等の魔力を吸われ続けている……。

 休憩も挟んでいないので、頑張り過ぎだろう。


 道路はなく、信号もないので、事故を起こす事はないだろうが……、

 これ以上は、彼女の体力がもたない。


 冷房をがんがんに効かせているので、砂漠特有の暑さはない。

 そのおかげでいくらかマシではあるが、冷房が効き過ぎているからこそ、起こす体調不良だってあるのだ。


「お前が倒れたら移動できなくなるんだから、ちょっと休もうぜ」

「そうだのー……」


 風呂上がりにのぼせたように、頬を紅潮させながら、決してハンドルを離さない。

 直進しているだけなので問題はないが、そんな状態で運転してほしくはなかった。


 自分のシートベルトを取り外して、彼女の顔を覗き込むドット――、

 ……目の焦点が合っていないじゃないか。


「世話が焼ける……!」


 短い足を精いっぱい伸ばして、ブレーキペダルを踏む。

 がくんっ! と車体が急ブレーキ。

 ハンドルに額をがつんとぶつけた彼女は、そのまま意気消沈した……、ぐったりとした後、ハンドルにかけていた手が、だらんと落ちて、宙ぶらりん。


「どうかしたのか、マスター」


 後ろから声がかかり、すぐさまドットの体が拘束された。


 背もたれにドットの体を押し付けているのは、褐色の細い足だ。どうやら、後ろから鉄棒遊びのように、膝の裏を背もたれの頂点にかけて、踵でドットの鎖骨を押し付けているらしい。

 小規模な拘束だが、まったく動けなかった。


「リドスがちょっと体調が悪そうだったからな。ちょいと休憩」

「ずっと運転してたから、サボりたかったんだよきっと! ずるいずるいずるいっ!」

「お前だけ車外に突き出すぞ、ルルウォン」


 名探偵のようにびしっと指差し、真実を伝えたはずなのに……、と、しくしくめそめそ泣き出したルルウォンを一同は放っておく。

 ふざけている一人のメンバーをはずし、真面目なメンバーだけでこれからの話をする。


「変なきんでも拾ってきちゃったのかな」


 大きめのヘッドフォンを首にかけているショートボブの黒髪。

 ボーイッシュな黒のパーカーと、太ももが剥き出しのショートパンツを着こなすテトラが、可能性の一つを示す。


「それはないだろう。

 もしも貰っていたら、私たちだって症状の一つくらいは出ているだろうしな」


 褐色肌で、浴衣のような服装を着こなしている薄紫色のツインテール少女が否定する。


 根拠もなく否定したわけではない。

 ここ数日、砂漠の前は森の中を走行し、外でキャンプをしたりと、菌を貰ってしまう可能性が充分にある生活をしていた。


 全員、同じ条件なのだ。

 ツインテール少女、ターミナルはいくらか菌に強い理由があるが、ドット、テトラ、ルルウォンには、それがない。

 馬鹿は風邪を引かないという言葉を信じれば、ルルウォンも候補からはずれるだろう。


 ドットとテトラに症状がないという事は、リドスは菌を拾ったわけではない。

 単純な疲労からくる、風邪だろう。一人に大きな負担をかけて無理をさせ過ぎた。

 大丈夫と強がるリドスの本音を見破れなかったドットは、マスター失格だ。


 自己嫌悪をしていると、ターミナルが足をさらに深く下ろしてくる。

 太ももがドットの頬に当たった。


「リドスは疲れをまったく見せないから、気づけなかったのは無理ないと思うぞ。

 マスターにだけ、隠しているような素振りも多かったしな」


 無理をしている、と、ターミナルはなんとなくで感じていたらしい。

 テトラもそれにはこくんと頷く。


 二人の前では疲労を見せて息抜きをし、ドットの前では勘付かれないように集中して、疲労を隠していた。なんで、そんなことを……。

 そんなの、ドットがマスターであり、マスターの命令が絶対だからだ。


 ターミナルもテトラも、報告義務があるわけではない。

 軽い疲労を見せたリドス自身が、特に不調を訴えなければ、二人はわざわざ報告などしない。

 ドット自身にばれたら、すぐにでも休憩をさせられるだろう……。


 リドスはそれを嫌がった。


「確かに、ここでストップするのは、色々ときついのは分かるがな……」


「今はまだ大丈夫だけど、

 リドスの魔力が車に供給されなくなったら、冷房だって消えるわけだし」


 砂漠の猛暑が室内を蒸し焼きにするだろう。

 たとえ外に出たところで、あまり差異はないような気がする。

 リドスは自分の疲労をがまんしてでも、この砂漠だけは抜けたかった。


 一日では無理だと、リドスは言った。

 今にも気絶して倒れそうな状態のまま、一日以上もがまんし、生命力を奪われるに等しい状態を続けようとしていた。


 いくら魔力量が多いリドスだとしても、下手をすれば、死んでもおかしくはない。


「馬鹿野郎……ッ!」


 誰がなんと言おうと、ここはリドスを休憩させる。

 このメンバーに順番など関係ないが、ドットはリドスと一番、付き合いが長い。


 ターミナルの太ももから顔を抜け出し、手をリドスの額に添える。

 じゅわッ、と音がした。恐らく、焼かれたのだろう。

 それだけの熱を、リドスが持っていた。


「リドスを寝かせる。後ろの席に横にさせて――、なにをしてる、ルルウォン。

 泣いている場合じゃないぞ、早く外に出ろ」


「うそ!? わたしだけこの暑い砂漠の地に降ろされるの!?」


 シートベルトにしがみつくルルウォンの往生際の悪い足掻きを、テトラがお母さんのように「こら」と一喝してやめさせた。

 後ろの席を使うので、テトラだって、ターミナルだって、外に出なければならない。


 ドットだって、ただ座っているのは申し訳ない。

 助手席から降りて、リドスがいる運転席まで移動する。


 その間、砂漠の暑さが一気に汗を噴き出させた。

 一瞬で視界がぼやけてくる。軽い日射病が、すぐに起こっていた。


「リドス、大丈夫か? 今、後ろの席に移動させるから」

「……いい、このまま、走れる……」


「あーもう、いいから降りろ。マスターの命令をきちんと聞けっての」


 首を振って嫌がるリドスだが、抵抗する力はないらしい。

 ターミナルと一緒にリドスを抱えて、後ろの席に移動させる。

 仰向けにさせた。積んであった水を飲ませて、とりあえず、このまま眠らせよう。


 問題はここからだ。


 リドスが回復するまで、どうしていようか。


「まあ、単純な危険が一つ。襲ってくる魔族を倒すのが最優先事項だろう」

「だよなあ」


 ターミナルの言葉に納得した。砂漠に棲息している魔族は、もちろんいる。

 今のところ視界内にはいないが、逆に言えば、視界外にはたくさんいるという事だ。


 ……厄介な相手だ。


「マスター、一番厄介なのが、『アリジゴク』だろうな」

「もしも出てきたら、どうすればいい?」


「本体を倒すしかないが、地中に埋まっている状態だと、どうしようもないな」


 つまり、出会ったが最後、飲み込まれるしかない。

 ただ、飲み込まれた先がアリジゴクの口の中とは限らないので、少しの希望はあるのだが。

 だとしても小さ過ぎる希望だった。


「あれ、なんだー!?」


 この猛暑の中、よくもまあそこまではしゃげるものだ、と一同がルルウォンを見て呆れる。


 肌の露出が多いミニスカート型のオーバーオール。

 無造作ヘアーの赤髪を揺らしながら駆けた先は、意外と遠くだった。

 なにかを見つけたらしいが、豆粒のような大きさのルルウォンが辿り着いた先にあるものなど、ドットは視認できなかった。


「おーい、あんまり遠くへいくなよー! お前の面倒を見られないからなー」

「わたしはペットじゃないやい!」


 姿が小さく、一挙一動は分からないが、声は綺麗に通る。

 まったくもう、と恐らくは呟きながら、ルルウォンが屈んだ。


 地中に埋まっているなにかを見つけたのだろうか? いや、遠目から発見できるわけがないか……、たとえ視力が良くとも、見えないものを発見できるはずがない。


「……なにか生えてんのかね。あいつの事だから、口に入れそうな気がするけど」

「さすがにそこまでは……、しないと、思いたいがな」


 不安さを残しながら、ターミナルが言う。

 そこで、ん? と引っかかるような声を漏らした。


「食べ物であってもなくても、ルルウォンの興味を引くようなものが、あそこにあった……?」


 腕を組みながら、首を傾け、


「……誘われている?」


 ターミナルの言葉に、ドットがある可能性に気づいた時、ルルウォンの悲鳴が聞こえてくる。


「――ちっ、マスター、まずいッ! やられた! 

 恐らく私たちを含めたここ一帯、アリジゴクの捕食テリ射程内トリーだ!」

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