第15話
美也孤は尻尾に抱き着くひなたの頭を撫でながらため息をついた。
聞き間違いか、幻聴か。
司はコーヒーを飲みながら「何言ってんだこいつ」といった目を向ける。
だが、撫でられるがままのひなたはぽかんと口を開けて固まっていた。
「もしや、狐だけ差別されているなんてことありませんか⁉」
「いえ、何を言っているんですか。そんなことないですよ」
「うーん、そうですよねぇ」
ひなたがツッコミを入れたが、美也孤には微妙に伝わらない。
猫又と言われたひなたは、わなわなと口を震わせていたが、キッと表情を引き締めた。
「美也孤さん、なにを言って……?」
「え? ひなたちゃんって猫又ですよね?」
「なななないや、ちがいますよ⁉」
「またまたー」
必死に否定するひなたの様子に、逆に猜疑心が増してしまう。
そして、美也孤は言葉こそ疑問形だが、確信を持っている顔だ。
美也孤が「知ってますよーと」といった調子で話すたび、ひなたは静かにかつ全力で首をぶんぶん横に振るものの、美也孤は取り合わない。
「なるほど、二尾は猫又だったのか」
「あ、え、先輩?」
「……え?」
司は茶化すように美也孤に同意して見せたが、ひなたの反応が思っていたものと違う。てっきり「そんなわけないじゃないですか」と返ってくると思ったが、明らかに動揺した生返事にむしろ疑いが深くなる。
すると、「隠さなくってもわかっていますよ」と頭を撫でていた手をスライドさせ、美也孤はひなたの背中をぽんっとたたいた。
「ほら、ここには私たちしかいないから耳も尻尾も出しちゃっていいんですよー」
「にゃ⁉」
「――ッ⁉ げほッ⁉ ゴホッ!」
ひなたの妙な悲鳴とともに、彼女の頭から黒い三角形が飛び出した。
司は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるもぐっと飲みこむ。が、勢い余った反動でむせてしまった。こぼさないように口を押え、震えるコップをゆっくりとテーブルに避難させる。
喉を落ち着かせながらひなたを見ると、やはり彼女の頭からは耳が生えていた。おそらく、ネコミミ。
黒い艶のある毛におおわれたソレはまっすぐ天に伸び、時折ぴくっと動いて
驚きに固まる司とひなたをよそに、美也孤はひなたから生えてきたネコミミをいとおしそうに撫で始める。
耳の根元を軽く押すようにたたき、毛並みに沿って撫で上げる。そして、先端を中指と親指でやさしくつまんでくりくりと揉みこむ。反対の耳も同じようにいじってやると、最後は頭全体を優しく撫でる。
「な……にゃ、美也孤さ……ん⁉」
身をよじって振りほどこうとするも、美也孤の手はひなたを逃さない。完全に捕まったひなたは美也孤の尻尾に顔をうずめてこらえるしかできなかった。
ひなたの体に起こった異常は耳だけではない。彼女の服の隙間からは黒いモフモフしたものが二本伸びていた。
細長く先端が丸まった形状をしており、耳を撫でる美也孤の手に合わせて動く。おそらくは猫の尻尾。
美也孤の尻尾とはまた違ったスマートな二本のモフモフはそれぞれが別の意志を持っているように踊っている。
ピクピク震えるネコミミとフリフリと震える尻尾。
そして一通りなで終えると、美也孤は満足したのかようやくひなたを解放する。
「ふふん、お返しです」
「美也孤さん……いじわるです」
ぷいっと美也孤から目をそらすひなたはコーヒーにむせている司と目が合った。恥ずかしそうに、バツが悪そうにネコミミを手で隠す。尻尾は背中とソファーの間に入れたが、それもいまさらだ。
「二尾、え? それ……な、ネコミミ……?」
司は口元をティッシュで拭きながら目を白黒させる。ひなたに「そのネコミミはいったいなんだ?」と聞いたつもりが、混乱して舌がうまく回らない。
「え、もしかして司さんは知らなかったんですか」
「知らないよ……というより、それ本物?」
「……偽物に見えますか?」
ひなたは美也孤の尻尾から離れて居住まいを正す。司は手を振り首を振り否定する。ひなたのネコミミなんて聞いてないし、偽物にも見えない。すべてが初耳だ。
すると、美也孤はやってしまったというような顔をして、勢いよくひなたに頭を下げた。
「ごめんなさい! てっきり司さんも知っているものかと……」
「ええ、いや、いいんです。事故ですよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。秘密にしていたなんて思ってなくて」
「いえ、美也孤さんにはいずれ話すつもりでしたし……まぁ、先輩にバレたのは予想外でしたが」
「あぅぅ」
しょぼくれる美也孤を慰める。狐耳と猫耳が並んで互いに頭を下げあっているのがなんともほほえましいが、なごんでいる場合ではない。
そのとき、司の脳裏に昨日の出来事がよぎる。同じく笹原家のリビングにて。ひなたが初めて美也孤に出会ったとき、大きな驚きをもつことなく尻尾をもふもふしていた光景。
「もしかして、猫又……だから天河さんの耳と尻尾に驚かなかったのか?」
「その通りです。先輩に隠すならもうちょっと驚いたほうが良かったかもしれませんが……このもふもふに夢中になってしまいました」
後悔交じりにため息を吐くが、ひなたは片手で美也孤の尻尾を撫でることをやめない。
「なんで隠していたんだ? ……いや、いい。明かす必要のほうがないよな」
「はい。私は元猫又ですが、もう人間として生活しています。あとで美也孤さんにだけ明かすつもりでしたが」
「それはどうして?」
「美也孤さんの書類の件ですよ」
「私の?」
唐突に話が戻る。
ひなたの猫耳に驚いたが、そもそも話の初めは美也孤の書類の件だったことを思い出す。
「私や美也孤さんのような後天的に人間に化成した人たちにはそれ用の手続きがあるんです。それを美也孤さんにお伝えしようかと」
「え、そんなのがあるんですか⁉」
「むしろ美也孤さんが知らなかったことに驚きです」
「ご、ごめんなさい……」
しゅんと耳を垂らす美也孤。そして、下がった頭を「いいですよー」とすかさず撫でるひなた。
司は自分は結構なケモミミ好きだと自覚しているが、こうも美也孤にぴったりしている様子を見ると、ひなたもそうとうなものなのではないかと思った。
「美也孤さんのご両親は化成していますか?」
「うん、してるよー。人間になったり狐になったり自由にしていると思う」
「でしたらご両親に相談するのが一番早いのですね。そちらで手続きを済ませればすぐに戸籍も住民票も取得できますよ」
「そうだったんですか⁉」
「なんだ。早い話じゃないか」
どうなるかと心配したが、思ったより早く解決しそうだ。
聞くと、ひなたも猫又から人間に化成した際必要な手続きを行ったため、現在の戸籍を獲得したそうな。司が中学二年生のときに彼女に出会ったため、化成したのはそれより前となる。
「本当は後で二人っきりになってから教えようと思ったのですが……まぁいいです。先輩は美也孤さんのことも知っているので。……秘密ですよ?」
「わかっている。話さない」
ぎろりと睨みを利かされて、司は手を上げて誓う。話さないし、話しても誰も信じないだろう。
司だって美也孤の前例がなければ信じられなかったかもしれない。事実、美也孤の時は信じられなかったのだから。
「狐に猫又か……こんなことってあるんだな」
こんなに近くにケモミミ娘が二人もいる。受け入れがたい非現実的な光景だが、目の前のモフモフは本物だ。
司があきらめに近い形で現実を受け入れられた時には、カップの中のコーヒーは飲み切ってしまっていた。
「ケモミミ仲間がいるとは思っていなかったので、ひなたちゃんに初めて会ったとき嬉しくて」
「いいんですよ。知られたのが先輩だけでよかったです。でも他の人には秘密ですよ?」
「はいもちろん! 私もバレないようにします!」
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