第11話

「さぁ司さん! 朝ですよ! 起きましょう!」

「……んぁ?」


 カーテンを勢いよく開けられ、部屋が朝日で満たされる。あまりのまぶしさに司は顔をしかめ、目を閉じる。そして一度は持ち上げた上半身をベッドに倒し、そのまま夢の中へ……


「起きてください! 今日はひなたちゃんと遊びに行く日ですよ」


 許されないようだ。

 強制的に体を持ち上げられ、頬を叩かれる。少しは目が覚めたが、まだ頭にはもやがかかっている。

 司は朝が苦手だ。

 できることなら、このまま二度寝してしまいたい。


「ほら、すごくいい天気!」

「朝から元気だな……」


 美也孤の声は妙にテンションが高い。だが、司の頭には半分も届かない。

 司は目ボケ眼でどこを見るというわけでもなく、ぼーっとしてると、ぴょこぴょこ動くけもみみが目に留まった。

 自然と手が伸びる。


「汐さんが朝ごはん作ってくれてますよ。一緒に食べましょう」


 バタンッ。

 司の伸ばした手は空を切り、そういって美也孤は部屋から出ていった。

 目的を見失い、行き場のない手を中でフラフラさせてパタッと落とす。


「なにやってんだ……」


 無意識でも自分のやったことが恥ずかしくなり、頭をガシガシかいた。


◇◆◇◆◇◆


「おはようございます」

「おはようひなたちゃん!」

「おはよう。待っててくれたのか」


 玄関を出ると、すでにひなたが待っていた。持っていたスマホをしまい、軽く手を振って挨拶をする。


「先輩、そんなに薄着でいいんですか?」

「いや、これ結構暖かいから大丈夫だぞ。」

「美也孤さんは大丈夫そうですね」

「はい! コートは乾いていました。ただ、下が薄着なのでちょっぴり寒いです。えへへ」


 日は暖かいが風が冷たい。

 司は軽めの服装に春用コートを羽織っている。見た目は薄着だが、インナーの工夫もあって実は暖かめ。

 美也孤の防寒対策はコートを羽織るのみだが、下の服は乾いたばかりの薄手のワンピースだ。尻尾はコートの下に隠して耳はニット帽で隠しているので、ケモミミがばれることはない。


「なので、今日はいろんなお洋服を見てみようと思います」

「良いですね。春服もあるでしょうし、なんなら冬服を少し見ていっても良いですし」

「ひなたは寒くないか?」

「私はダウンがあるので大丈夫です」

「そうか。暖かそうだな」


 水色のタートルネックセーターにダウンジャケットまで着ているひなたは、まさに完全防備といったところだ。カエルのポシェットが妙に似合う。


「行きましょう! 道順は調べてあります! 今日は任せてください」

「大丈夫、俺とひなたも知ってるから」


 胸を張る美也孤を先頭に三人は歩き出した。

 本日の目的は市役所とアウトレットモール。どちらも最寄りの駅から二駅先にある。先にアウトレットモールで遊んで、帰りに市役所に寄るという計画だ。

 なお、この一連のルートに司の用事は一切ない。服を買う予定もないし、本屋にでも寄るかとぼんやり考えていた。


「私、電車乗るの初めてなんですよ。ちょっとワクワクします!」


 駅についた美也孤は興奮して目をキラキラさせていた。ニット帽が若干盛り上がっているので、その下ではキツネ耳がピンッと立っているに違いない。


「乗ったことなかったのか」

「はい。これまで何かと機会が無かったもので」

「もうすぐ電車が来ますよ。早くいきましょう」


 ちらりと電光板を見ると、発車時刻が3分後だった。この電車を逃すと次の発射は15分後だ。逃がしてはまずいと司とひなたは改札を抜ける。

 しかし、司は改札を抜ける前に美也孤に引き留められた


「待ってください。司さん、切符は買わないとだめですよ。無賃乗車になっちゃいます」

「いや、ICカード使うけど」

「あ、あれ? ひなたちゃん? いつの間に切符買ったんですか⁉」

「交通系ICカード使いましたよ」

「あいしーかーど?」


 ひなたは取り出したICカードをフリフリと美也孤に見せる。しかし、美也孤はいまいちわかっていない様子。


「知らないか。これ」

「し、知ってますよ! そうです。えーっとそう定期券! 定期券のことですね」

「違うぞ。やっぱり知らないだろ」

「今のは冗談です!」

「なぜ意地を張る」


 必死に取り繕う美也孤だが、知ったかぶりをしていることは司の目から見て明らかだ。


「私だって電車の乗り方くらいは知っています。だからそのあいしーかーど? とやらも知っています」

「そうか、天河さんは人間になったのが最近だから知らないのか」

「知っているって言ってるじゃないですか!」


 むきになる美也孤の手を引き、券売機の前に連れていく。液晶画面を操作して、ICカードの新規発行のボタンを押す。


「ほら、できたぞ。中に五百円入っているから」

「え、ありがとうございます」

「もう電車が来る。行くぞ」

「あ、お金は……?」

「払った。電車の中でもらう」


 気が付いたらもう発車の1分前だ。新しく作ったカードを手渡して小走りで改札を通る。


「ふぎゃ!」

「ど、どうした⁉」

「司さん! カードが吐き出されちゃいます! 通れません!」

「カードはタッチして使うの!」


 改札と格闘している美也孤をなだめて、何とか電車に乗れたのはドアが閉まる直前だった。


「何やっているんですか、お二人とも」


 いつの間にやら先に乗車していたひなたにあきれられたが、「俺は悪くないだろ」と司はひそかに心の中で愚痴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る