森の化け物

カネヨシ

森の化け物

「僕に?」


 化け物は是とも否とも取れる呻き声を上げて変わらず手を差し出し続ける。如何にもこのままでは事が進まないと思った少年は、おずおずと両腕を器のようにしてそれを受け取った。


 ニタリと化け物の目が歪んだ。笑っているのだ。少年は溜め息を吐きたくなるような安堵を感じた。腕に感じる重みには悪意も害意も無かった。その塊は親しみ故の贈り物であると少年は位置付けた。


 地面に置くことは憚られた。暫くそのまま抱えて、辛くなったら抱えなおすことをしていた。すると、化け物は焦れたように「アッア゛」と妙な声を発した。少年は意図を汲み取りかねたが、取り敢えず受け取った塊に目を向ける。


 化け物が触れた部分は朽ちてしまっていたが、微かな形跡から如何やら枝葉の塊であると見えた。内部は無事であるようだった。化け物を一瞥すると促すように呻いたので、少年は両膝を地面につけ、太腿の上に塊を固定させた。一瞬の躊躇いの後に朽ちた表面を掻き分け中を探る。


 中には少年の見覚えのある物が入っていた。この季節自生している可食の植物たち、たとえば木通、猿梨、山葡萄などが、それぞれの枝を付けたままあった。


 何故と思う前に、少年は以前に冬は食べる物が無くて死んでしまうやもと話したことを思い出した。今は秋だから山の幸がある。しかし、冬になれば雪が覆い被さり、子供一人では生きることは難しくなるとはわかっていた。町へ出ることを避けて来たが、そうもいかなくなる未来を理解しつつも、人目を避けて暮らす今に集中したのは現実逃避だった。その居た堪れなさを誤魔化すように、今の内に食べておかないとと笑ったのはついこの間のことだ。


 覚えていたのかと思うと同時に少年は嬉しくなった。化け物は人間を始めとして動物しか食べない。したがって、これは裾分けではなく、少年の為にわざわざ手間を割いた証だった。


 喜びが口元までせり上がり、唇をうごつかせる少年を見て、化け物は巨大な口を緩めた。「アア、ア゛、ア゛」と声を漏らす化け物に少年は目を向けた。化け物の赤黒い唾液がだらりと溢れ、地を這う大木の根が音もなく腐った。血と脂の悍しい臭気が森の土臭さを塗り潰すようだった。


「ありがとう」


 少年は笑みを浮かべて礼を言った。媚び諂いでも社交辞令のためでもない心からのものだった。図らずもそれは少年の人生で初めての感謝であった。


 人ひとりを丸呑みし、熊の骨さえ容易く噛み砕く化け物は、その口から威嚇でない声を上げて少年を見ていた。少年にはそれが満足気な笑いであるように思えた。

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