橋木研介 2

 それが夢だったのだと気づいたのは、かなり後だった。目覚めてからも、しばらく気がつかなかった。むしろ、目覚めてからが夢だと思っていた。

 彼女が帰ってきて初めて、あれは夢だったのだと気づいたのだ。


「どうしたの」


 ベッドの上で呆然としていた私の瞳を、少年は不思議そうに覗き込む。


「何か、怖い夢でも見たの」


 隣に座り込んで、少年は私の肩をとんとん、と叩いた。その仕草からは、私の喉に指を突っ込んでいたときのような狂気はなく、ただただ慈愛があるだけで、私は時々、そして今も、少年のことがよくわからなかった。


「……息子が、いたんだ。まだ小学生だった。……私が執刀したんだ。だから、私が殺した」


 声が震えていた。思わず両手で顔を覆う。そうでもしないと、表情が一定に保てないのだ。痙攣する顔中の筋肉を必死に押さえつけながら、私は呻いた。


「妻も娘も、許してはくれなかった。……当然だ。私が殺したのだから。離婚して、離れ離れだ。妻は言った。『あなたにとって、償わせないことが、1番の罰だと思う。だから、お金なんていらない』と」


 夢の中で、妻は無表情に、娘は憎しみの篭もった目で私を延々と睨み続けていた。私はその目に、耐えきれなかった。


「娘の将来への投資もできないんだ。これ以上の、罰が、不幸があるもんか。私は、俺は、許されないことをした。許してくれ。どうか。許して許して許して許して許して、許して、くれ、神様!!!!!!」


 顔だけでなく、体全体が震えていた。口は「許して」と「神様」としか動いてくれなくなり、頭の片隅の俺は、嗚呼、また発作が始まった、とため息をついていた。わかっているのだ。こうやってただ呟いたって、誰も許してはくれないことくらい。


「大丈夫だよ」


 ふわり、と温かい熱が俺を包み込んだ。ぼやけた視界には、少年の白い腕が映っている。


「神様は、きっとあなたを救ってくださるよ」


 穏やかな声で、耳元に囁きかけた。涙が頬を伝ってゆく。俺は、少年の細い肩を強く抱き抱えた。


「許されても、いいのだろうか俺は」

「許されてはいけない人間なんていないよ。大丈夫。あなたはもうすぐ、救われるから」


 少年の身体は温かい。その温もり、そして与える痛み、その全てが、私の傷ついた心を癒してくれる。

 涙でぐしゃぐしゃの顔で、私は喘ぐように呟いた。


「嗚呼。私の、神様」

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