鈴村廉造 1

「事件事件。この世の中は平和すぎて鈍ってやがる。なまくら刀ばっかだ。何か事件持ってこいよ!」


 スマホにも同じ言葉を打ちながら、俺は吠えた。そのまま送信ボタンを押すと、ツイートが表示される。アカウント名は「鈴村 廉造」。もちろん本名だ。プロフィール欄には「ライター」とある。俺はネット記事を書いて稼いでいるので、間違っちゃいない。フォロワーは200人ほどで、フォロー数は500。なに、今に世界が俺を求めてくるさ。

 とはいっても、最近は芸能ニュースがほとんど無く、テレビを見てもネットを漁っても、めぼしいものはない。困った困った、と俺は芸能人についての記事を諦め、何か事件は無いのか、と適当に検索をかけ、面白そうな事件を探していた。

 最近の事件だとあまり捏造できないので(世間は面白おかしいものを好むのだ)、古い事件を遡り、ネタを探す。スマホは画面が小さすぎるので、俺はいつもパソコンで作業をしている。

 スクロールで検索結果を流し読みしながら、俺は「お?」と動きを止めた。「宗教団体『青花会』少女を虐待」という新聞記事だった。自分自身、宗教には入っておらず、これからも入るつもりはないが、「少女を虐待」の方に目がいった。よくわからないが、少女を虐待した、ということは、どういったことをされたのか想像がつく。その想像を、ちょいと大袈裟にしてやれば、読者は食いついてくるはずだ。この世の中は、ロリコンが多い。


「『青花会、という宗教団体についての事件を発見。よし、これから情報収集をするぜ』っと」


 ぶつぶつと呟きながら、俺はスマホの画面をタップする。唯一の友人に指摘されて気づいたのだが、俺は文字を打つとき、口でも同じことを呟く癖がある。やめようとすると逆に何も打てなくなってしまうので、もう諦めた。そもそも、俺は今一人暮らしなので、周りを気にする必要は無い。天才はいつも孤独だ。この孤独の中、生きてゆかねばならない運命なのだから。

 調べていくと、これは三年前に起きた事件で、青花会、という小さな宗教団体の中で、1人の少女が「神様」と呼ばれ、虐待を受けていた、というものだった。内部で通報があり、その後警察の調べが入ったことで事が露見し、幹部など数名が逮捕されたらしい。少女の名前は未成年であるためか公開されていない。ただ、週刊誌と見られる記事の画像には、「金髪碧眼で、アメリカと日本のハーフの美少女」であると書かれていた。ますます面白い記事が書けそうな予感がしてくる。

 記事を書き始める前に、俺は青花会についても調べた。美少女を神と崇め、虐待したのだから、どういう規則があり、何をモットーにして活動していたのか気になったのだ。青花会は既に解散し、公式ホームページは封鎖されていたが、幸運なことに、パンフレットを写真に収めてブログに投稿していた人がいたため、俺はそれを読み込んだ。


「うわ、何だこれ。気持ちわりぃ……」


 思わずそんな言葉が飛び出る。

 まず、青花会は、青い瞳を持つ者を聖なるもの、神としていたらしい。「混じり気のない、純粋な蒼き瞳の唯一神の下に、我々は日々を過ごす」とある。それが少女だったのだろう。素直に気の毒だな、と思った。

 他にも色々と誓約はあったが、性に纏わるものが非常に多かった。思わず気持ち悪い、と感じてしまったものがいくつもあり、例えば「初潮を迎えた女子は、司教に必ず報告をし、神の祝福を受けること」というのは非常に意味不明だと思う。世の中には、女性の生理に興奮を感じる者がいるそうだが、俺はそうではない。「精通を迎えた男子は、己の欲望を理解し、抑制しなければならないため、満20歳まで教会の立ち入り、また神との面会を禁ずる」というのは、気持ち悪いを通り越して狂気を感じた。

 逆に、男女の交わりについてはむしろ奨励されており、「子を成し、神に捧げよ」という恐ろしいものから、「満30歳までに結婚できなかったものは、その後結婚をしてはならない」という理不尽なものまであった。


「よくこんなんで人を集められてきたな……青花会の何が良かったんだ?」


 ふぅ、とため息をつくと、俺はぼんやりとパンフレットの画像を見つめる。一つ、疑問が浮かび上がってきたのだ。俺はスマホを手に取り、文字を打ち込み始める。


「青花会には、『混じり気のないもの』を良しする節が見受けられた。とすれば、神、と呼ばれるものが『ハーフ』であることは、矛盾しているのではないだろうか」


 そこまで書いて、一旦送信する。

 そうなのだ。青花会は、『純』や『穢れのない』、『同じ』といった言葉をしきりに使っていた。ブログには青花会の教会を訪れた、とあったが、そこには「青い瞳の外国の少女が崇められていました」とある。そして、見にくいが、「入会資格」の欄に、「日本人であること」と書かれていた。


「ハーフとは、純なものではない。むしろ、青花会では、穢れたものとして扱われるのではないだろうか。つまり、神がハーフの少女であることは、少しおかしい」


 その理由は思いつかなかったので、とりあえずそれを最後のツイートにして、記事を書こうかとパソコンに向き直ったとき、ぴろん、とスマホが通知を知らせた。

 「hsnさんがあなたをフォローしました」という通知だった。鍵垢のようで、フォローリクエストを送っておく。フォロー欄が0なのが気になったが、俺と繋がるためだけに作ったアカウントなのかもしれないので、気にしない。読者が増えることは良いことだ。

 しかしまたぴろん、とスマホが震え、画面を見ると、「hsnさんからメッセージが届いています」とあったので、もしや応援メッセージかと思い、わくわくしながら返信を見る。


『青花会のことについて、あなたに詳しくお話しましょう。場所はあなたのアパートの前の公園で、明日の16時に。ブランコが片方無い公園ですよ。忘れずにね』


 思わず締め切っていたカーテンを開き、外を見た。住宅地の中に、確かに公園があった。ブランコは……? 片方が、確かにすっぽりと抜けている。

 ぞっ、とした。俺は住所を特定できるようなものは何も上げていないし、強いていえば本名くらいだろうか。だが、こんな名前の人間は日本に大勢いる。だとしたら、何故。


『あ、住所をばら撒かれたくなかったら、絶対に来てくださいね。来て下さるだけでいいんですよ。あなたの知りたい真実をしっかりとお教えしますから。ね』


 続いて送られてきたメッセージを見ながら、俺は、果たして信じていいものだろうか、と考えた。え、Tシャツの背中がびしゃびしゃだって? そんなことはない。気のせいだ。


『待ってるよ』


 くそう。面倒なことになっちまった。大人しく、芸能ニュースを書いていればよかったと、俺は今更ながら後悔した。

 


 




 結局、俺は公園に向かうことにした。住所をばら撒かれたらそりゃ困るし、引っ越す余裕もないので、阻止しなければならない。行くだけでいいのだ。行って、会って、情報を聞き出してすぐに帰り、青花会についての事件の記事をさっさと書き上げよう。そしてまた、芸能ニュースを書き上げるのだ。

 公園はアパートのすぐ前なので、指定された時刻よりも10分も前に着いてしまった。まだ16時前だというのに子供はおらず、辺りは閑散としている。ブランコが壊れてしまっているのが原因なのかもしれない。他にも、遊具は全て錆びてしまっている。そういえば、向こうに新しく公園ができた、とうちの隣に住む幸せそうな家族が話していたな。みんな、そちらで遊んでしまっているのだろう。それを見越して、彼女、もしくは彼がこの公園を指定したのだとしたら。冷や汗が出る。まさか、な。

 ベンチに座り、コーラを飲んだ。俺の血はコーラでできていると言っても過言ではないほど、コーラは俺の生活に欠かせないものだ。唯一の友人にはコーラ依存症じゃね? と言われたが、彼にはこの魅力がわからないのだ。全人類はコーラを飲むべきだ、と心から思う。


「わぁ、豚みたい」


 ごくごくごく、と本日3本目のコーラを飲んでいると、突然前から声を掛けられ、コーラを噴き出しそうになった。先程まで誰も公園にいなかったはずなのに。動揺を隠すようにしっかりとペットボトルのキャップを閉めてベンチに置くと、俺はそいつを見た。状況から判断する限り、こいつが俺に脅迫のメッセージを送ってきた奴だろう。帽子を目深に被り、 黒のパーカーにジーンズ、という怪しい格好をしている。目元は隠れて見えないが、黒髪に肌は真っ白で、日本人らしくなく、鼻は高かった。


「ねぇ、鈴村 廉造さん。あなたは青花会について調べているの?」

「そ、そうだ。いや、そんなことより、お前、何故俺が住んでいる場所を……」

「そんなの簡単ですよ。あなたが今までに投稿していた写真や呟き、まあ、端的に言うと位置情報を辿って。あなたが間抜けだ、としか言えないけど!」


 くすくすくす、と男とも女ともつかないような声で笑う。位置情報……? そういえば、写真を投稿するときは気をつけろよ、と唯一の友人が言っていた記憶がある。なるほど、今度からしっかりと気をつけよう。時すでに遅し、なんてことは言わないでくれ。

 ふぅ、とため息をつき、俺はそいつに問いかける。


「で、俺に青花会について何を教えてくれるっていうんだ?」

「そうだなあ。そうだねえ。全部、かな」

「全部? お前はあの事件の、青花会の関係者なのか」

「うーん、そんなところかな」


 こんな状況でありながらも、記者魂が奮い立ち、俺は心の中でばんざーいと手を上げる。もしかしたら、今回の記事は最高傑作になってしまうかもしれない。入ってくるであろう収入の額を計算しながら、俺は胸を高鳴らせた。


「まず1つ。青花会は無くなっていない」

「何だと? 幹部の人間は全て捕まり、おまけに神、と言われていた少女も保護されたんだぞ?」

「保護、ねえ。まあ、そうとも言えるか」


 含みのある笑みで頷く。そいつはふと、俺のコーラを手に取り、口に含んだ。あ、間接キス、と感じたが、そもそも女なのか、男なのか判別できない。胸はあるようにも見えるし、無いようにも見える。顔は整っているように見えるが、まだ少年と呼べるような顔立ちなので、男だろうか。中性的な人間っているもんなんだな。


「そしてもう1つ。あなたの想像は正解にかなり近い」

「……どういうことだ?」


 そいつは顎に手を当てて、唸り始める。


「んー、僕はずっと、ネットで青花会について話している人なんかを探していたんだけど、みんな大体少女の虐待についてを面白おかしく書いてるだけで、つまんなかったんだよね。でも、あなたは違った。あなたは気づいた。あの事件に隠された、本当の真実に」


 そいつは突然右目に指を突っ込み、次の瞬間、もう片方の手で帽子を取った。さらり、と黒髪が揺れて、そいつの顔が露になる。


「初めまして、鈴村さん。僕の名前はほしの。かみさまでした」


 真っ赤な唇を三日月の形に歪め、微笑んだそいつの右目は、透き通った空の色をしていた。

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