第50話
婚約披露式から一ヶ月が経った。
晴れて本当の恋人となることが出来た私とレアンドルはとある場所に訪れている。
エーグル公爵領にある歴代の当主が眠る墓地の一番端に建てられた最も新しい墓石を愛おしそうに撫でたのはレアンドルだった。
「ここに父が眠っているんだ」
エーグル元公爵とは数回しか会ったことがないが彼のことはよく覚えている。
レアンドルによく似た容姿の持ち主で厳格な雰囲気を持ちながらも私には優しく笑いかけてくれたのだ。
その際に言っていたことがある。
『うちの倅は優秀なのですがどうにも女性に恵まれなくてね。いつか倅が幸せになれる場所を、大切な人を見つけてくれたら良いなと思っているんです』
『エーグル公爵はレアンドル様のことが大切なのですね』
『ええ、大切です。だから倅を幸せにしてくれる人が現れる日を楽しみにしていますよ』
素敵な話ではあるが婚約者がいる自分には関係のないこと。
そう思いながら聞いていた話だけど今思えばこの日の為にあの話を聞いたのではないかと思う。
「レア、少しだけパスカル様と二人で話がしたいの」
「構わないが何を話すんだ?」
「内緒よ」
不思議そうな表情を向けながらも「分かった」と言って離れて行ってくれた。
「お久しぶりですね、パスカル・エーグル様」
優雅にお淑やかに完璧だと思える礼をする。
「私はずっと婚約者だったイヴァン殿下に浮気されました。しかも相手は親友で。周りからは酷く憐れに思われて。それが嫌だった私はつい夜会でやけ酒をしてしまったんです。目が覚めたら隣にはレアンドル様がいました。つまり一夜を共に過ごしてしまったのです」
エーグル元公爵はここまでの話を聞いてどう思ったのだろうか。
呆れた?怒った?悲しんだ?
それとも女性嫌いの息子が女性と床を共にしたことに驚いたのかもしれない。
声を聞くことは叶わないがおそらく一番最後が正解だろう。
「そこから私とレアンドル様の関係は始まりました。恋人のふりを始めて、城下町でデートをして、観劇にも行きました。レアンドル様から贈られてくる贈り物はどれも私の好みの物ばかりで…全てが宝物です」
一息を入れてからまた言葉を続ける。
「彼は女嫌いを疑うほど私に優しくしてくれました。甘やかして大切にしてくれました。それから私に恋を教えてくれました」
レアンドルとの時間は恋を知らずにただ決められた婚約者と過ごしてきた日々とは全然違った。
「私ヴィオレット・ベルジュロネットはレアンドル・エーグル様をお慕いしております。ずっと側に居たいと思うくらい彼を愛しています」
すっと息を吐いて、吸って決意の篭った瞳でエーグル元公爵を見つめた。
「私はレアンドル様を、レアを大切に思い続けることを貴方に誓います。レアが幸せでいられるように共にあり続けます。天国で見守っていてくださいね、パスカルお義父様」
強い風が吹いて草木が大きく揺れ動いた。
まるで「倅を頼みます」と言われた気がしたのは勘違いじゃないと思いたい。
振り返ると涙を流して立っているレアンドルが立っていた。
「聞いていたの?」
「気になって…」
「恥ずかしいから聞かれたくなかったのに」
なにも言わずに抱き着いてくるレアンドルを優しく受け止めて背中を撫でる。
身体が震えているのは泣いているからだろう。
「父が死んでから泣いたのはヴィオを好きになった時と今だけだ」
「どっちも私が関わっているわね」
「ヴィオは私を泣かせる天才だ」
「光栄ね」
銀色の髪を何度も何度も梳かすように撫でていると急に離れるレアンドルに首を傾げた。
私の隣に立った彼は私の肩に腕を回してエーグル元公爵へ語りかける。
「父様。私は自分が幸せになれる場所がないと思っていました。でも、幸せになれる場所を見つける事が出来ました。ヴィオは側に居てくれるだけで私を幸せにしてくれる存在です」
父の前だからかレアンドルの横顔は少年のように見えた。
「私はヴィオと共にエーグル公爵家の名に恥じない素敵な家庭を作る事を貴方に誓います」
きりっと決まっていた表情が段々と柔らかいでいく。
「ただベルジュロネット公爵に結婚を認めてもらうところから始めないといけなさそうなので大変ですけどね」
苦笑しながら言うレアンドルに婚約披露式の翌日のことを思い出した。
『レア君の事は認めよう。でも結婚は許さない』
私とレアンドルは父の言葉に絶句した。
驚き戸惑う私達を見据えた父は厳しい顔つきを緩めて笑ったのだ。
『今度は二人で私が認めたくなるような素敵な恋人になりなさい。私が認めるまでは結婚は許可しない』
曖昧過ぎる言葉に私達は苦笑する。
『素敵なって具体的な目標は無いのですか?』
『自分達で考えなさい』
突き放してくる父に困った私は母を見てみるが笑顔を返されるだけで答えはくれなかった。
顔を見合わせた私とレアンドルは深く溜め息を吐いた後、両親を見つめて。
『必ず認めてもらいます』
力強く返事をしたのだ。
「パスカルお義父様なにかいい案ないですか?」
「父は私に似て堅物だ。聞かれても困るだろうな」
「そうかしら。息子思いの素敵なお義父様だと思うけど」
レアの表情が顰めっ面になる。
「どういう事だ?何故ヴィオが父の事を知っている」
「内緒よ」
あの日交わした会話は私達だけの秘密だ。
逃げようとする私を捕まえて「言うまで抱き続けるぞ」と脅してくるレアンドルにキスをする。
「レアに抱かれるなら大歓迎よ」
「昨日はベッドで何度も嫌だと言ったくせに」
「それは朝早くからお墓参りに行くって言ってるのにレアが寝かせてくれないからでしょ!」
昨日はエーグル公爵領にある本邸に泊まった。レアンドルの部屋に連れ込まれたら最後朝まで出してもらえなかったのだ。
何度も嫌、無理、駄目、と叫んでも「あと一回」が数えきれないほど続いた。
「義母との記憶を上書きしたかったんだ!」
「それは昨日何度も聞いたし、しっかり上書き出来たでしょ?」
「とてもいい思い出になったな」
こっちは寝不足だと言うのに爽やか笑顔を向けられる。
エーグル公爵家に戻ったら寝たいと思っていたら「帰ったらまたするからな」と手を引っ張るレアンドルに頰が引き攣った。
「これだとお父様に認めてもらえるような素敵な恋人になれないわよ」
「素敵な恋人が分からない」
「二人でゆっくりと見つければ良いじゃない。どうせずっと一生一緒なのだから」
レアンドルの手を握り返しながら笑いかければ抱き寄せて微笑みかけてくれた。
「あの人に認めてもらえなかったら二人でやけ酒するか」
「良いわね、やけ酒!」
「やけ酒すると碌な事が起こらないけどな」
苦笑するレアの耳元に口を寄せて囁いた。
「そんなことないわ。だって私には素敵なことが起きたもの」
やけ酒をしたら最愛の人を見つけました
【全年齢版】やけ酒をしたら女嫌いの公爵に溺愛されました 高萩 @Takahagi_076
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