第5話 称賛と感謝はお腹いっぱい

 久しぶりに快適なベッドで寝た事で、俺は元気いっぱいだ。

 たらふく朝飯を食うと、次の街を目指して走る。

 ちなみに馬車に乗れば走らずに済むのだが、持久力が伸びないし、走った方が早い。



「だ、誰かあああああ! 助けてくれええええええ!」

「――よっしゃ! 間に合ったか!」


 中年男性がオーク3匹に襲われている。


「<火柱>」


 オーク3匹が焼け死ぬ。豚の丸焼き一丁上がりだ。


「あ、ありがとうございます!」

「<死与>」


 オークおじさんがバタリと倒れた。

 彼を生かしておくと、野盗となって罪もない人達から略奪をおこなう。


 到着を遅らせれば、自らの手を穢さなくて済むのだが、その場合オークもいなくなってしまう。

 それだと非常に困るのだ。理由はすぐに分かるだろう。



「さーてと、しばらく待ちますか……」


 俺は隠密スキルを使い、茂みの中に隠れる。



 バサッバサッバサッ!

 上空から巨大な飛行生物が舞い降りてくる。――グリフォンだ。


 奴はオークの丸焼きを鷲掴みにすると、再び上空へと羽ばたこうとした。


「<召雷>」


 バズゥゥゥゥゥンッ!!

 極太の雷がグリフォンに落ちる。奴は地面に転落した。

 ちなみに<死与>を使わなかったのは、グリフォンに即死魔法耐性があるからだ。


「っしゃああああ!」


 俺は、氷の剣で神速の真向切りを放つ。紫電流奥義<迅雷剣>だ。


 グリフォンの首を斬り落とし、それをお腹に抱えたまま次の街へと向かう。


 死に戻りしたばかりの俺が、何故奥義クラスの技を使えるのか?

 それにはまず、俺がヒノモトで剣術を学んだ理由を説明する必要がある。


 まず一つ目は、ここアトラギア王国から最も離れた国である事。

 つまり、魔王デスグラシアが侵攻してくるまでの時間が稼げるので、多くのスキルを習得できる。


 もう一つは、ヒノモトの剣技が技量特化である事だ。

 ほとんど全ての技が、筋力を必要としないので、死に戻り直後から奥義レベルの技を使う事ができる訳だ。


     *     *     *


「どうもー!」


 街に到着した俺は、気さくな挨拶をかまし、冒険者ギルドへと入る。

 そして、受付カウンターへと向かい、ギルドカードを差し出した。


「グリフォン討伐の依頼を受けたいんですが?」


 受付嬢は、俺のギルドカードを見て苦笑いする。


「申し訳ありませんが、ニル・アドミラリ様は、まだ銀級冒険者ですので無理かと。グリフォン討伐は、最低でも――」

「もう退治してきました。はい、どうぞ」


 俺はカウンターの上に抱えていたグリフォンの首をドンッ! と置く。


「そ、そんな! グリフォンは最低でも――」

「ミスリル級じゃないと不可能なんですよね。知ってるんで、早く報酬をください」


 俺は受付嬢を急かし、報酬200万ゴールドを受け取ると、さっさとギルドを後にする。


 最初は、受付嬢や周りの冒険者達から「銀級なのに、グリフォンを退治するなんてしゅごい!」と褒められ気分が良かったが、何回も聞いていると、どうでも良くなってくる。


 俺が欲しいのは称賛じゃない、大往生なのだ。


 俺は大広場で開催しているフリーマーケットに向かい、きったねえネックレスと、くっせえブーツをそれぞれ2,000ゴールドで購入し、バックパックに入れる。

 これはあと1時間もすると、他の人に買われてしまうので要注意だ。俺以外にも高レベルの鑑定持ちは当然いる。


「第7チェックポイント通過! 金策は次の街で終了だ!」



 ここからは体力的にちょっと厳しい。

 現時点でもう日が落ちかけてきているのだが、俺はこれから夜通し走り続けなければならない。


 何故なら、明日の朝ここから結構離れた街で、武術大会が開催されるからだ。

 これに参加できないと、大幅に予定が狂ってしまう。



「こんちわー!」

「いらっしゃいませー」


 俺は錬金素材屋に入り、いくつかの素材を購入する。


「自分で調合するんで、道具を貸してもらいますね」

「どうぞー」


 俺は精力増強とスタミナ回復の効果を持った薬を何個も調合し、店を出る。



「ぷはぁ! 効くうううぅ! ふおおおおおおお!」


 薬をキメながら、俺は街道を駆け抜ける。

 目はギラギラし、下半身はギンギンになりながら走っているのだ。

 街中であれば、即衛兵に通報されているであろう。


 俺はいくつもの丘を越え、パンをかじりながら走る。

 襲ってきた魔物は、魔力の経験値となってもらった。



「……そろそろバテてきた。だが、薬を使う訳にはいかない」


 すでに深夜をまわっている。仮眠すらとらずに走り続ける事は、燕の盾の力をもってしてもきつい。

 ここらでドーピングといきたいところなのだが、ここで使うのは悪手だ。理由はすぐに分かる。



 前方からゴツい馬車がやって来た。

 こんな時間に走る馬車がろくなものじゃない事は、すぐに想像がつくだろう。


「おい、そこの馬車止まれ」

「なんだお前はぁ?」


 ガラの悪い御者が俺を睨みつけてくる。

 俺はその男に近付き、顔をしっかりと見る。暗いから、そうしないとよく見えないのだ。


「オッケー! いつもの奴隷商人だな! <死与> 馬車の中にいる見張りの2人も<死与><死与>」


 御者の男が倒れる。

 俺は馬車の中に入り、見張りの男の死体から鍵を抜き取ると、拘束された少女達を解放する。


 この時ギンギン状態になっていると、少女達を恐怖させ、不信感を与えてしまう。

 そうなると誤解を解くのに、かなり時間をロスしてしまうのだ。


「あ、ありがとうございます! 私達――」

「お使いの途中に無理矢理連れ去られたんだよな。このまま道をまっすぐ行くと、街に着くから、このお金で馬車に乗るといい。食費と宿代も置いておく」


 俺は10万ゴールドを馬車に置き、少女たちの礼も聞かずに馬車を飛び出す。


 この子達を助けても、特に何かが起こる訳ではない。

 これは単なる慈善活動という奴だ。

 千年近くも生きて死生観が変化したと言っても、罪もない少女たちが売り飛ばされるのを黙って見過ごすほど、俺は腐っていない。



「ぷはあああああ! 効っくうううううう!」


 馬車が見えなくなった途端、俺は薬をきめ、ギンギンギン太郎となった。



     *     *     *



 武術大会の参加申し込みを終えた俺は、選手控室へと向かう。

 百人以上の腕に覚えのある者達が、俺を一斉に見た。


「かあー! どいつもこいつも弱そうな奴ばかりだなあー!」

「ああん!? やんのかコラァ!!」


 俺に暴言を吐かれた選手たちが怒り狂う。


「お前のその防具キモッ! なんで乳首出てんの? そういう趣味の人? なんか臭そう」

「なんだとてめえ! この野郎!」


 俺に向かってきた男を、手刀で気絶させる。

 この技も筋力を必要としないので、重宝している。


「ブリーフ一丁にマスクとマントだけって、お前マジ変態だろ? なんか臭そう」

「叩き殺すぞ小僧!」


 変態マスクのパンチを難なくいなし、後頭部に手刀を入れる。――ダウン。


「ダサッ! 弱そっ! くっさ! 包茎! 童貞! 包茎! 真性包茎!」


 俺は選手たちをどんどん煽っていく。

 そして連中は完全にブチ切れ、俺に襲い掛かって来た。


「<清流拳>」


「うごっ!」「おぐっ!」「げふっ!」「もがっ!」「うびゅっ!」

 川の自然な流れの如く、優雅で無駄のない動きで選手たちをノックアウトしていく。


 最終的に、俺の挑発に動じなかった7人しか残っていなかった。


「はあー、何回やっても後味悪いわ」


 俺も本当は、こんな事はやりたくない。

 しかし、ここで間引きしておかないと、武術大会が夕方までかかってしまうのだ。


 それは時間的にも、体力的にも厳しい。

 実際寝過ごして不戦敗となった事もある。



 係の者が控室に入って来た。


「それでは試合を始めていくので……ってあれ、ほとんど倒れてるー!?」


 武術大会はすぐに終わった。




「優勝はニル・アドミラリ選手です! 武術大会優勝の称号と、賞金200万ゴールドが送られます! それでは優勝したアドミラリ選手、一言お願いします!」


 大きな拍手と歓声が沸く中、俺はラウンドガールから賞金をもぎ取ると、すぐにその場を退散した。


 ここでちょっとでも遅れると、貴族とのパーティーに参加させられるのだ。

 大幅な時間ロスとなる。




 俺は裏路地にある、古物商の元を訪れた。


「こ、これは……命のネックレスと耐熱のブーツですね……200万でいかがでしょうか?」

「それで構いません。取引成立ですね」


 俺はフリーマーケットで買った、きったねえネックレスとくっせえブーツを売り、ついに2,000万ゴールドを貯めた。



「よし、金策完了! 第8チェックポイント到達!」


 残すはあと2か所。そこを無事クリアできれば、入学ほぼ間違いなしだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る