だい〝にじゅうきゅう〟わ【主人公今川真、大役を仰せつかる】

============【徳大寺聖子@思考中】=============


(だんだんとこの建設途上の『歴史同好会』に対しての各人の温度差みたいなものが見えてきた。今川くんはもちろんなんとしてもこの『会』を作ろうとする推進派。学校公認にこだわる最強硬派。まとめ先輩も推進派。ういのちゃんは学校公認にこだわるという意味ではぜんぜん推進派じゃない。強いて言うなら『みんなでいられればいい』っていう意味での推進派だ。確実に今川くんとの間にすきま風が吹いている。にーにーちゃんはどうだろう? もし『会』ができれば公認でも非公認でも参加したい、できなければ諦める、という成り行き任せ派かな? わたしはどうだろう? 実は頼まれただけだ)


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 徳大寺さんがういのちゃんといっしょに応接室に戻ってきた。まとめ先輩がすかさず寄っていく。

「ふたりでなに話してたの?」そう問うていた。


 その質問に『えへへ』的に応対しごまかしながらなにかを考えている徳大寺さん。いったいなにを考えているんだろう?

 僕はなんとはなしに不安になる。だってあの徳大寺さんが(失礼)、すっごく真剣な顔をしているんだよ。



============【徳大寺聖子@思考中】=============


(さっきからわたしは続きを考え続けてる。まとめ先輩は『安達さんたち抜きでやろう』と言う。でもういのちゃん説得工作には失敗している。ういのちゃんは折れそうにない。かといってまとめ先輩のあの投げやりなセリフから察するに安達さんを誘って絶対に加入させるという選択肢も無いみたい。となるとまとめ先輩は〝学校公認〟にどこまで執着しているのか少し雲行きが怪しい。

 と、いうことは——冷たいようだけど学校公認にこだわる限り今川くんがなんとかするしかない。

『男子だから』とかもうそれは、逃げ、だ)


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 不安は的中した。

「今川くん、あなたが安達さんをどうにかするしかないから」徳大寺さんに宣告された。


 声が出ない。でも顔だけは〝えーっ⁉〟というような顔をしていたはずだ。


「今川くんっ!」徳大寺さんは僕を叱咤激励する、というか尻を叩かれる。さすがに本当に叩いてはいないけど。


「えっ、あぁ〜」となんだか分からないことばが口から出てきた。煮え切らないとはこのことか。徳大寺さんは僕をじっと厳しい目で見ている。帰り道でもっと渇を入れられそうだ。

 ともかくこのままでは『会』ができる前から空中分解してしまいそうだ。


「立って立って、話しがあるから」と徳大寺さんは言って僕だけを廊下へと押し出そうとする。


「こんどは今川くんなの?」とまとめ先輩の声が後ろからした。


 またしても徳大寺さんは『えへへ』的に応対して廊下へ。僕はひたすら徳大寺さんに背中を押され続け歩かされている。応接室の出入り口から遠くへ遠くへと。



「いい、今川くん、あなたが安達さんを説得しないと学校公認にならないわけ」


「いったいういのちゃんとなにを?」


「学校公認にはこだわらないって」


「やめるってこと?」


「やめない」


「……」

 そう、来るのか?

 公認にはこだわらずしかもやめないということは〝プライベートでも集まろう〟という意味で、これは破格の展開だ。しかし僕の当初の方向性は……?

「まとめ先輩は公認には——」と僕が口に出しかけた途端に——


「こだわっているみたいだけど、そうまでして安達さんを誘わなくたっていいって感じになってない?」

 徳大寺さんに先を見越され言われてしまった。


「分かってるよ。でも徳大寺さんは手伝ってくれないの?」


「手伝いません」


「どうして?」


「そもそも今川くんが『つくりたい』って言っているんだよ」


「それはそうだけど……」


「彼女を呼び出すのに抵抗があるなら呼び出すところまではわたしが手伝うから、あとは自分でやって!」


「徳大寺さんは厳しいね」


「当たり前です。わたし達の中であなたが一番〝学校公認〟にこだわっているんですからね」


 ソレを言われるとぐうの音も出ない。

「はぁい」


「そこはハイでしょっ」


「ハイっ」


「うん、よろしい」


「ひどいよ、まったく」


「わたしは『降りる』とは言ってないから、苦情を言われる筋合いはありません」


「分かりました。自分のためにやります」


「ちょっとトゲのある言い方だね」


「ゴメン」


「でも他人のためにもなるのよ」


「他人って具体的には誰?」


「分からないの? 比企さんよ。あの引きずられるように従っているコ」


「え? どうして安達さんの友だちのためになるの?」


 僕がそう言うと徳大寺さんは露骨に蔑むような目をした(たぶん)。この(たぶん)は外れていて欲しいけど。


「友だちの定義はいろいろだけど一般論としては友だちは対等関係だよね?」徳大寺さんは言った。


「まあね」


「対等じゃない、っていう雰囲気がプンプンしているよ、あのふたり」


「ふいん、じゃないふんいきね」

 カチンと徳大寺さんはしたよう。


「いま〝ふいんき〟」って言おうとしてなかった?」じとっとした目で言われてしまった。


「いやいや、単なる言い間違いで、あの、もし僕が安達さんの説得に失敗したらどうなるの?」


「ういのちゃんのあの性格じゃ無理でしょ、学校公認は」


「いや……その場合比企さんを引き抜けば頭数だけは五人になる……」


「それってシャレなの?」


 敢えて突っ込みませんでしたけど、徳大寺さんが先に言ったよね?


「本当にやったらそれ最低だから。だいいち比企さん怖がって絶対乗ってこないし」


 ダメだ。これ以上なにか言えば徳大寺さんにも見捨てられてしまう。結局こういうオチになるのか。

「結局僕が安達さんに『会』への入会を決めさせるしかないのか」仕方なく、本当に仕方なく僕は決断へと追い込まれた。


「そうよ」と満足そうに徳大寺さんは言ってくれた。

 その時——

「遅すぎてちょっと気になったから来たんだけど」と急に後ろから声っ!

「まとめ先輩っ、いつからっ⁉」と、徳大寺さん。


「少し前から。一生懸命に話していると気付かないものね」


 応接室の全員がそこにいた。げえっ! ういのちゃんにいまの話し聞かれたんじゃあっ。


「今川くん。いまの話し冗談として流しておくからね」とういのちゃん。

 ひっ! やっぱり聞かれてらっしゃる!


「ごめんなさいっ」と即座に謝る。

「ごめんなさい」と続けて徳大寺さんも謝る。


「どうして徳大寺さんまで謝ってるの?」ういのちゃんは訊いた。


「だってわたし『あの性格』なんて言っちゃって……」


「はーい、ういの、こう言ってるからもう勘弁してあげてね」とまとめ先輩。


「はい、これくらいのことはいままでもたくさんありましたから——むしろ——」と言ってういのちゃんはことばを区切る。


「むしろ?」と思わず僕が言ってしまう。


「謝られたことが無かったくらいで」


 ここで意外な人物が口を開く。にーにーちゃんだ、

「徳大寺さんの言ったあのふたりの関係が上下関係ってのは確実だと思います」と言った。スゴイっ! 元の話しを覚えてて強引に戻してくれた! 感謝したい!


「そりゃあ誰にでもそう見えるけど」とまとめ先輩が言うと、


「『見える』んじゃなくて、確たる証拠は見つかっているんです。見つかったというよりは『証拠が聞こえた』って言った方がいいかもしれないけど」


「え? 証拠?」と今度は徳大寺さんがおうむ返しの声。


 にーにーちゃんは徳大寺さんの方へ顔を向け訊いた。

「安達さんが比企さんを呼ぶときなんて呼んでたか覚えてませんか?」


「カズホ」


「じゃその逆は?」


 僕はつくづく他人の会話を聞いてないと自覚する。それは徳大寺さんも同じだったよう。「ごめん記憶が——」と言っていた。


「あぁそうかあ、記憶があれば誰にも分かるよ。『シズカさん』って言ってたよ。二回くらいしか聞いてないけど」と、にーにーちゃんが説明した。


「なるほど、そうか」と思わず声が出た。


「でしょ?」と、にーにーちゃん。


 自分の名前は呼び捨てにされているのに、自分が相手の名前を呼ぶときは『さん付け』。ここにはまごうことなき上下関係がある!


「こんなんで会長が務まるのかなぁ」徳大寺さんは情けなさそうに言った。


「大丈夫だよ。わたしがそういうの分かったのはわたしに経験があるからだから」なにげにそう言うにーにーちゃん。


 え? 前にこういう上下友情関係(?)でなにかあったのか? いろいろあったから独りで同好会なんてやっていたのか。だとすれば僕と同じじゃないか。なんかみんないろいろ深刻なとこ通ってきているんだ……


「なるほど、自分じゃない誰かのため、という理由はつけられるのか」僕は言った。

 そして言おうと決断したわけでもないのにひとこと自然にことばが出た。


「ほいじゃあ、やってみるき」と。


「ハァ、やってみるんだ……土佐弁……」と徳大寺さんに突っ込まれてた。いいじゃないか。僕的には今川氏真にされないために必要なんだよ!

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