21. 思いがけない敵意〜ゴージャスな美女

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実業家の娘でわがままな美女セシルは、アンドリューが平凡な女とディナーを楽しんでいる姿を見つける。私の誘いを断っておきながら、こんな女とデートだなんて! アンドリューを振り向かせなくては。


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「セシル、ほら、アンドリュー・ハートだ」

 言われるまでもなく、セシル・ゴールドは見ていた。アンドリュー・ハートはどこにいても間違いなく目立つ男だ。店に入って来た瞬間、男女問わず目が引きつけられてしまうオーラをまとっているのだから。

「しかも女連れだ」ひゅうっと小さく口笛を吹く。

 連れのおしゃべりな口をいますぐホッチキスでとじてしまいそうな勢いで、セシルは険のある視線を鋭く相手の顔に投げつけた。

「おおこわ」男が口をとじた。


 2日前、セシルはアンドリューを食事に誘った。父の仕事で出会って以来、ハンサムで名門育ち、しかも大金持ちのやり手実業家であるアンドリュー・ハートはセシルのターゲットとなっていた。

 このわたしがわざわざ電話をかけて誘ったというのに、かえってきた言葉は「セシル、時間がないのでまたいつか。お父さんによろしく伝えてくれ」というものだった。

 なのに、なんで女をつれてこんな上等なレストランにいるわけ?

 セシルが街を歩けば誰もがふりむく。

 抜群のスタイルと手入れの行き届いたストロベリーブロンドに染めた髪。もちろん美しい顔の手入れも余念がない。ゴージャスな美女そのものだ。

 道を歩けばモデルにスカウトされ、クラブに行けばクラブ中の男がセシルに誘いをかけてくる。もちろん父の仕事相手の男たちだって、父親の後ろ盾に関係なくセシルの美貌に夢中だ。現に今日も、崇拝者のひとりに拝み倒されて食事につきあってあげている。

 そうよ、わたしから声をかける必要なんてないのよ。

 男たちは、一度セシルをエスコートすると、どうにかして気をひこうとしたりあるいはモノにしたりしようとした。

 ところがアンドリュー・ハートだけはちがった。

 最初は父親からセシルのエスコートを頼ませた。ゴージャスな美男美女の組み合わせはさすがに目立ったらしく、その晩、すぐに女友達から電話が来た。

「ねえ、見たわよ!」

「何を?」

「今日デートしてたでしょう!」

「何のことかしら」セシルはわざと気のなさそうな返事をした。

「アンドリュー・ハートよ。んもう、彼とデートなんてうらやましすぎる」

「デートじゃないわ」

「まさか」

「父に頼まれて仕方なくご一緒しただけ」自慢に聞こえないよう、声をおさえた。

「そうなの? じゃあわたしに紹介してよ」

「だから、頼まれたから行っただけってこと。向こうからお願いされたらまたご一緒するかもしれないけど」

「もうー、あなたとデートした人が次に誘わないことなんてないじゃない。あーあ、わたしには可能性無しってことか。残念!」

 こんな会話を何人もの取り巻きの友人たちとして、内心ではセシルは鼻高々だった。もちろん彼はステキよ。これまでステディな相手は作らないようにしてきたけど、彼ならそういう間柄になってもいいかも。セシルは、アンドリューのハンサムな横顔とスマートなエスコートを思い出していた。

 けれども、それっきりアンドリューから連絡は入らなかった。

 たいていの男は、エスコートのときに抜け目なく携帯番号を聞き出そうとするか、メモに書いて自分の番号を渡したりする。だが、アンドリューはその日のエスコートが終わると、セシルを送り届けてそのまま去ってしまった。

「パパ、アンドリュー・ハートからなにか連絡があったかしら?」

「いや、とくには。何か連絡をとりたいのかな? セシル」

「このあいだ、お食事に誘われたと思ったから」

「そうか。ならわたしが確認しておこう。ちょうど話もあったことだし」

 嘘だった。

 いつだって相手が誘ってくるのが当然と思っていた。なのにアンドリューは、携帯の番号をたずねることさえしなかった。もちろん、次の約束もなし。

 いまさら自分から携帯の番号を聞くこともできず、結局ここ数回、父親を通じて公式のイベントのエスコート役を頼むことになってしまっていた。

 アンドリューもタイミングさえ合えばスマートにエスコートしてくれたが、あくまでも取引先の娘をもてなす、という程度の距離を必ず置いていた。

 娘に甘い父親はセシルが何度もアンドリューにエスコートを頼むのを見て、ついに娘に意中の人ができたと思ったらしい。

「ねえ、パパ、わたしアンドリュー・ハートなら結婚してもいいと思うの」

 悔しさのあまりなんとか自分の存在をみとめさせようと、セシルは父におねだりした。

 きっとカッコつけているだけよ。向こうからつき合いたいって言ってきたら、思いきり振ってやるんだから。

「そうか、それなら正式に話を進めるとしよう。おまえならどんな相手だってのぞめるだろうが、アンドリュー・ハートなら申し分ないからな」

「ええ、そうしてちょうだい」

 そのあと携帯をなくしてしまったと言って、父親からアンドリューの携帯の番号を聞き出した。

 そして、こちらから電話してあげたというのに、父からの頼みごとの延長だと思ったのか、アンドリューには事務的にことわられてしまったのだ。


 なのに、ほかの女と食事ですって?

 セシルは殺しそうないきおいの目つきで相手の女を品定めした。顔はまあまあ。ちょっと小柄でスタイルは並み程度。どこといって取り柄はない。

 わたしの敵じゃないわね。

「ちょっと挨拶してくるわ」

 セシルは連れのクロードにそう言うと、ストロベリーブロンドをばさっとかきあげて立ち上がった。

 アンドリューとレベッカのテーブルは奥まった隅のほうだったが、それでもアンドリューに気づいて、軽く会釈する人が何人かいた。

 レベッカははじめのうちこそ少し緊張していたが、しだいにリラックスし、アンドリューとの会話と極上の料理を楽しめるようになっていた。

「お久しぶりね、アンドリュー」

 たっぷりの料理を食べたあと、ドルチェをどうしようかとレベッカが考えているところへ、とげを含んだ女性の声が聞こえた。

「やあ、セシル」アンドリューが応じる。

 わざわざテーブルまでやってきたのは、華やかなピンクゴールドにカラーリングした髪を腰まで流した、すばらしいプロポーションの女性だった。まるでスポットライトがあたっているみたいにその女性は輝いている。まさしくニューヨーク社交界の華という感じだ。

「この間のパーティでお願いしたのに、なかなか食事に誘ってくださらないのね?」セシルが言った。

「セシル、こちらはレベッカ。レベッカ、セシルだ」アンドリューは無表情だ。

「ねえ、どうして電話もいただけないのかしら?」レベッカを無視して強引に話しかける。

「セシル、最低限の礼儀もわきまえてもらえないのか?」

 さすがのセシルもアンドリューが不機嫌なことに気づき、レベッカに目をむけた。

「あら、ごめんなさい。気づかなかったわ。セシルよ。はじめまして、よね?」

「レベッカです。はじめまして、ですわ」ありがたいことに。

 セシルはレベッカをちらりと見て、話しかける必要もない相手だと即断したようだ。

 一方、レベッカも彼女を見ただけで、いかにもアンドリューにお似合いの相手だと思った。レベッカのようなやせっぽちでなく、女性らしい曲線に恵まれ、締まるべきところはきゅっと締まっているし、肌も透き通るように白い。それに彼女の手。白くて、すらりとした指。爪は長くて、ラインストーンがきらめいていて──どんな仕事もできそうにないが、おそらくする必要もないのだろう。キルトを作ることもできないだろう。だが、どんなキルトも手に入れられる財力はありそうだ。

「ご連絡をお待ちしているわ。くれぐれも忘れないでね」

 媚びるような視線をアンドリューになげかけ、レベッカがあれこれ考えているうちに、セシルは連れの待つテーブルにもどっていった。

「すまなかった。悪い人間じゃないんだが、どうもわがままで。相手のことなんて考えないんだよ、セシルは」アンドリューが言った。

「え、ええ。いいのよ、気にしないで」レベッカはなんとか返したが、とげとげしいセシルの登場で、それまでの魔法の時間は消えてしまっていた。

 そこからは思ったように会話ははずまなくなったし、ドルチェを食べる気も失せていた。

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