13. 大きな障害〜でもその前に
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翌日、マイケルは釣りのために早朝から出かけ、アンドリューとレベッカは2人きりの時間を過ごす。魔法のような時間を過ごす2人。しかし、アンドリューが「別荘」という言葉を口にしたとたん、魔法が解けてしまう。
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翌朝、5時すぎには、はつらつとした様子のマイケルが起きて来た。レベッカが紅茶とトースト、果物にチーズといった簡単な朝食を出すと。ぺろりとたいらげて、6時に迎えに来たジェイムズとともに出かけて行った。
いつものようにあわただしい時間が過ぎて、気づくと8時をまわっていた。
「おはよう」
朝の散歩から戻って来たアンドリューが、輝く笑顔とともにダイニングに入って来た。
「おはようございます。ゆっくり眠れたかしら」
「ああ。ここは本当に居心地がいい」そう言うと、アンドリューは朝食のメニューをながめた。「お、今日もパンプディングがある。ここのはとくにうまいんだよな」
レベッカの耳が熱くなった。前回アンドリューがおかわりまでしていたのを思い出し、今朝のメニューに入れておいたのだ。
「そこにあるのはさめてしまったから、温かいほうを出してくるわね」
気のせいではなく、アンドリューの視線を横顔に感じながら、レベッカは厨房のほうに移動した。
「それで、何時ごろなら大丈夫かな」
パンプディングを持って行くと、アンドリューはさっそく確認した。
「そうねえ、今日はチェックアウトする人が少ないから、10時をすぎたら落ち着くと思うわ」
すっかりお客のいなくなったダイニングに、伯母のスーザンが出て来た。
「ほかに何かご注文は?」
2人が一緒の様子を見てうれしそうに話しかけた。
「ええ、もうこれで大丈夫です。あとで食後のコーヒーをいただこうかな」
「そう、じゃあまかせたわよ、レベッカ」
そう言うと、キッチンへと引っ込んだ。レベッカはアンドリューと一緒にいられるのはうれしかったが、意識してしまって、少し緊張してしまう。
アンドリューのほうは満足そうにパンプディングを堪能している。
「あの、昨日は本当にありがとう」レベッカはお礼を言った。「あのキルト、とても気に入ったわ。今度ぴったりの額に入れて飾ろうと思うの」
ナプキンで口もとをぬぐいながら、アンドリューが答えた。
「そうか、気に入ってくれてうれしいよ。なかなかああいった物には出会えないんだ」
「タイミングって、本当に大切よね」
「ああ、だから僕は直感を大切にしている。データだけじゃたどりつけないものがあるからね」
そう言うと、レベッカの顔をじっと見つめた。なんだか、もう一度キスされてしまいそう。心臓が急に早く打ちはじめた。
「いいかな?」
「え? いえ、だめ」
「コーヒーはもうない?」
「ああ、コーヒー。そう、そうだったわね」顔に血がのぼるのを感じながら、レベッカは脇のコーヒーサーバーまでポットを取りに行った。
いや、本当はきみにキスしてもいいかな、って言いたかった――。たぶんレベッカにも心の声が聞こえたに違いない。アンドリューは、少しあわてている様子のレベッカを楽しそうにながめていた。
10時過ぎにアンドリューはロビーへとおりて来た。こざっぱりとした白のTシャツに、濃いベージュのチノパンで、さわやかな印象だ。
レベッカは麻のホルタートップに、ひざ下で切った薄手のデニム。足もとだけはしっかりホールドするタイプのサンダルを履いていた。
ピクニックバスケットとブランケットを持ってくると、アンドリューが持ってくれた。
今日はどのあたりに連れて行ってくれるんだろう。アンドリューはレベッカのはずむような足取りをながめながらついて行った。
半月ほどのあいだにすっかり夏の日差しに変わっていた。湖に沿った道はよく手入れされて歩きやすく、ちらちらと木漏れ日がレベッカの髪にあたって輝いている。湖畔を吹きわたってくる風が、少しにじんできた汗を気持ちよく乾かしてくれた。
30分ほど歩くと、少しひらけた小さな湾になっている場所に出た。
「このあたりは泳ぐこともできるのよ」
静かな波がやさしく打ち寄せている湖岸に着くと、レベッカが軽く息をはずませながら言った。歩いてきて紅潮している頬と、汗で軽く額に張り付いているやわらかな髪にアンドリューは見入った。
「そうか。ゆっくりできそうな場所だな。ここもきみのお気に入りの場所かな?」
木陰には2メートル四方の大きめの木のベンチがしつらえてある。
「このベンチは子どもの時にジョージが作ってくれたの。夏にここで遊べるようにって。よく遊び疲れてお昼寝したわ」
「うん、たしかに気持ち良さそうだ」
2人はそこでゆっくりランチをとった。おだやかな夏の日差しがあたりに降りそそいでいる。まるでずっとそうして来たかのように、しっくりくる空気が流れていた。
レベッカが、子どものころにどうしてもボートを1人でこぎたいと言い張って、ジョージが昼寝をしているすきに勝手にこぎ出したものの、向かい風で戻って来られなくなり大騒ぎになった話をしていると、アンドリューが、ついとレベッカの口もとに指を走らせた。
「え?」レベッカはうろたえた。
「クリームだよ」そう言って、アンドリューが指をなめてしまった。スコーンに添えるために持ってきたクロテッドクリームだ。
「ありがとう……」
ふいに、空気が濃密になった。
「ボートと言えば」
アンドリューがレベッカから視線をそらして言った。
「なあに?」
「あれは乗れるのかな?」
湾の端のほうに、シートをかけたボートが4艘ほど置いてあった。
「ええ、大丈夫。毎年シーズンはじめにジョージが点検してくれるから。ここまで入ってくる人はいないから、宿泊客の希望があったら貸し出すのよ」
「じゃあ、ぜひ乗ろう。僕は漕ぐのは得意だから」
そういうと、アンドリューはボートを湖のほうへと押し出して言った。
湖面に漕ぎ出すとそこそこ風もあり、気持ちがよかった。
「湖に出たのは久しぶりだわ」
「そうなのかい? 目の前に湖があるんだから、毎日でもボートに乗っていそうなものだけど」
「子どもの時には、そうね、たしかにしょっちゅう大人たちにせがんでは乗っていたわ。いつからかしら……久しぶりに乗ってみると、気持ちいいものね」
「一緒に漕ぐかい?」
アンドリューに誘われて、レベッカはいたずらっぽい笑みを浮かべて隣に移動した。
「2人で漕ぐのは息が合わないとむずかしいのよ」
「こうして漕いだことがあるのかな」
「実は、向こう岸にあるハイスクール時代、2人で漕ぐ競争がはやっていたの。どのカップルが一番気が合っているかって」
「へえ、そうか」アンドリューは面白くない気分になった。「で、きみとボーイフレンドはどうだったんだい?」
「それがねえ、優勝しちゃったのよ」レベッカは残念そうに言った。
「優勝したらいけなかったみたいだな」ゆっくりとレベッカに合わせて右手でオールをまわしながら、アンドリューは問いかけた。
「そう、ほかの女の子たちはうまく漕げなくて……。それが男子の保護欲をかき立てたってわけ。で、わたしのほうは男の子並みに張り切ったせいか、ボーイフレンドだったはずの人はただの相棒になっちゃって……」
後日、ガールフレンドを紹介されたときの、なんとも情けない気持ちを思い出した。
「それで?」
「勝負ごとにはあまり熱心にならないほうがいいっていう教訓を学んだわ」
「熱心なのがきみの取り柄だって、そいつは思わなかったのかな」やさしい声に包まれた。
「え?」
「かよわいのが取り柄の女の子より、熱心さが取り柄の子のほうが好きだな」
その声にアンドリューのほうに振り向くと、目の前に彼の顔があった。
「熱心な女の子がここにいてくれて、よかった」
アンドリューの右手がレベッカの頬にふれると、あごを上向かされ、そっと唇が重なった。愛おしむようなやさしい口づけに、レベッカはうっとりした。
そっと重なったキスを深めるように、アンドリューがレベッカの背に手を添えて抱きしめていく。
気づくとレベッカもキスを返していた。ついばむような口づけは深い口づけに変わった。キスに夢中になっているうちに、アンドリューはレベッカをそっと抱きかかえボートの中に横たえていた。
「アンドリュー」息をはずませながら、レベッカが小さく名前を呼ぶ。
「レベッカ、何度きみをこうしたいと思っていたことか」
そう言いながら、アンドリューはレベッカの唇だけでなく、耳たぶに、なめらかなのどもとへとキスでたどっていった。
レベッカは甘い吐息をもらした。全身に押さえようのない興奮と欲望が満ちて行く。ホルタートップの上から、そっと乳房をなぞられて、レベッカの身体は震えた。
「ああ、レベッカ。別荘ができていたなら、今すぐにでも部屋にきみを連れて行くのに……」アンドリューが熱い息とともにつぶやいた。
もやがかかっていたレベッカの頭に「別荘」という言葉が突き刺さった。
「なんですって!」
がばっとアンドリューを押しのけてレベッカが身を起こした瞬間、ボートがぐらぐらと揺れた。
「レベッカ、急に動いたらあぶない!」
アンドリューが言うと同時にボートのバランスが崩れ……。
ざっぶーん!
2人は湖へと投げ出されていた。
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