11. アンティークキルト〜小さな贈り物

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出張の途中、アンドリューは偶然、美しいアンティークキルトを見つける。母のためにと買い求めた時、もう一つ小さなキルトに目が留まる。そうだ、週末にレベッカに会いに行ってこのキルトを渡そう。


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 2週間後――。

「やはり、直接出向いて正解だったな」

 アンドリューはステーションワゴンの助手席から話しかけた。

「そうですね、ああいったタイプの開発者は相手をなかなか信用してくれないかわりに、いったん信頼してくれると、いい仕事をしてくれますからね」

 マイケルがこたえた。一見、童顔でかなり若く見えるが、〈ハート・エンタープライズ〉のシステム開発部、やり手の部長だ。

「ああ、2人で出向いたことで、彼の開発しているセキュリティソフトにどれだけ本気か、わかってもらえたようだ」

 そう言って、アンドリューは運転しているマイケルを満足げに見やった。

 日ごろは取引相手がニューヨークまで出向いてくるのが普通だが、今回はペンシルヴァニアの山奥に出かけてきた。泊まりがけだ。

 ソフト開発者の例にもれず、かなり変わり者の男だったが、アンドリューは直感的にこの開発者は当たりだとわかった。この手の読みがはずれたことはない。

 マイケルは個性的な開発者を見つけて来るのがうまい。そして、こちらの顧客の業種によっては、そういったピンポイントの開発をしてくれる者こそが、大きな富を生むことがままあるのだ。

 昨日の午後に会社を出て2人で交代で車を運転し、モーテルに1泊しながら今日の午前中の話し合いへと向かった。人里はなれた山奥の山小屋に一歩足を踏み入れると、そこにあったマシンの装備は、驚くほどのレベルだった。

「いまは世界中からネットでなんでも手に入るってわかってはいたけど、あんな山奥でもあそこまでセッティングできるなんて……」海が大好きで、いつかは自分の島を持ち、そこにこもりながら、仕事とダイビング、釣りやクルージングを同時に楽しむのがマイケルの夢だ。「なんか、そろそろニューヨークをはなれてもいいかなって気がしてきたな」

「おい、マイケル、さすがに早すぎないか。もうひと稼ぎしないと島だって買えないだろう」

「島はローンでってわけにはいかないですしね」

「ああ。それに、あんなにたくさんいるガールフレンドたちが悲しむぞ」

 マイケルは金色の眉毛を片方、くいっとあげた。

「まあ、たまには街にも帰りますよ。たぶんね。でも女って面倒くさいところが多いからな」

 マイケルの生意気な口調にアンドリューは苦笑した。

 マイケルが情報工学部を出たてで入社したころは、ガリ勉タイプでおたく丸出しだったのに。実戦の場でめきめき頭角をあらわし、自信がつくと、みだしなみにも気をつかいはじめ……。いや、初恋が実ったガールフレンドが磨いてくれて、生粋のニューヨーカーみたいにあか抜けたんだった――。あか抜けた上にかなり稼ぐようになったマイケルに女の子が群がるようになり、調子に乗っていたときに手痛い失恋が待っていた。

 当時のマイケルはかなり落ち込んでいた。そんなことを思い出しながら、田舎道を抜けていると、“ガレージセール”の張り紙が目にはいった。

「マイケル、ちょっと待ってくれ」

「え?」

「あの張り紙……」

 何カ所かに“ガレージセールはこちら→”と書いてあることに、マイケルも気づいた。

「またですか?」マイケルが頭を振りながらあきれたように言った。

「ああ。このあたりはかつての移民も多いから、掘り出し物があるかもしれないしな」

「ほんと、僕には理解できない趣味だ」

「まあ、そう言うなよ」

 その返事を聞くと、マイケルは慣れた様子でハンドルを切って方向を変えた。


 舗装された道をはずれ、がたがたと田舎道に分け入っていくと大きな納屋があらわれた。昔ながらの農家だ。大きな石造りの母屋のわきにある、頑丈そうな納屋がガレージセールの会場らしい。

 赤みがかった金髪にそばかすを散らした、ひょろりと背の高いティーンエイジャーの女の子と、やや小太りの生意気そうな男の子が店番をしていた。

 急にあらわれたベンツのランドクルーザーと、その中からあらわれた、サングラスをかけた背の高いスーツ姿で決めた男たちの出現に、ぽかんと口をあけている。

「“メン・イン・ブラック”かなんかなの?」ようやく女の子が言った。

「いや、ちがう、ただのセールスマンさ」アンドリューはいたずらっぽく言った。「中を見せてもらってもいいかな?」

「え、ええ、もちろん」サングラスをはずしたアンドリューのハンサムな顔から、女の子は目がはなせなくなっていた。

「ガレージセールはよくやっているのかな?」

「ううん。先月大おばあちゃんが死んじゃって、でもいっぱい物があるからって」

「そうか。いいおばあちゃんだったのかな」

「大おばあちゃん。103歳だったの」

 話を聞きながら、アンドリューは、うす暗い納屋に足を踏み入れ、年期の入った品々を見てまわった。よく手入れされた品からは、故人の愛着が伝わってくる。

「キルトはないかな?」

「キルト?」少女は意外そうな声をあげた。

「そうだ、キルトだよ。僕の母の趣味なんだ」

 その答えに納得が行ったようで、少女は奥にあった大きな木でできた衣装箱に連れていってくれた。

「この中。いっぱいあるけど、こんなの欲しいって人あんまりいないから」

 ふたをあけると、大きなキルトがあらわれた。

「ベッドカバーとかは、いまも使ってるんだけど、ひざ掛けとかいっぱいありすぎるから」

 アンドリューはていねいに見はじめた。

「アンドリュー、少し沼のほうに行ってきてもいいかな」マイケルの声がした。「近くの沼でパイクが相当釣れるんだそうだ」

 その声と同時に、少年の興奮した声が聞こえてきた。「お姉ちゃん、案内してきていい?」

 少女は少し迷ったようだったが、奥に声をかけに行った。「お母さん、お客さんなんだけど、ニコラスったら、沼にもう1人を連れて行きたいんだって。一緒に行くからお店番してもらっていい?」

 しばらくすると、赤ら顔の大柄な婦人があらわれた。

「メイ、気をつけてね。深いところもあるのに、ニコラスったらすぐ忘れるんだから」

「うん、行ってきまーす」

 にこにこと3人を見送ると、やりとりのあいだも衣装ダンスの品を次々に吟味していたアンドリューに、その女性が感じよく話しかけてきた。

「キルトをお探しですか?」

「ええ、母の趣味なもので。こういったセールを見かけると、なるべく見ていくようにしているんです」

 しばらく探っていたが、あまり特徴のないものが多く、残念ながら今回ははずれのようだと、アンドリューはあきらめることにした。

「もし、いいものをお探しでしたら、家の中にも少ししまってあるんですけれど」

 ここにある品物を見るかぎり、あまり期待できそうになかったが、そちらも見せてもらうことにして母屋へと向かった。

「祖母が嫁いで来るときに持って来たものなんですよ。こちらは、全然使っていなかったものです」

 奥の部屋に引っ込んでから、エイメリーと名乗るその女性が、何枚かのキルトを手に戻って来た。

 アンドリューはひと目見て息をのんだ。中央ヨーロッパのアンティークキルトだ。

「祖母の母が、その母から引き継いだものなんだそうです。でも、残念ながら今の私たちには必要ないものだから……」

 その中の1枚を手にして、じっくりと見ていたアンドリューが問いかけた。

「1000ドルでどうでしょう?」

「え?」

「ああ、唐突にすみません。あまりにも質のいいキルトに久しぶりに会ったもので、つい。これは、相当に価値があるものです。僕の母は長年キルトを集めていて、僕もつきあって来たものですから、ある程度はわかります」アンドリューは率直に言った。

 そんなに価値のあるものだと思ってもいなかった女性は、金額の大きさに呆然としている。

「そして、これはまさしく、その価値のあるキルトです。特にこのキルトがいい。宗教画をモチーフにしていて、本当に美しい」

「これは祖母の大好きだった品です。もちろん、ほかにも思い出の品はたくさんあるので、キルトを取っておかなくてもいいんだけど」女性は思い直したように言った。「実際、ほかの布と合わせてしまったり、教会のバザーに出してしまおうかと思っていたところでした。ですから、大切にしてくださるのであれば、お譲りしてもいいですよ」

 アンドリューの顔に笑みが浮かんだ。

「ありがとうございます。母も喜びます。純粋にキルトのファンなんですよ。きっと大切にします」

 アンドリューはあわてて名刺を出した。

「そうだ、いつでも、キルトをもう一度見たくなったら僕に直接電話してください」

 女性も、アンドリューのきちんとした対応にほっとしたようだった。

「思いがけない大金で、でも助かりますわ」

「こちらこそ。それから、こちらもできれば」

 深い紺色の地に、納屋でまどろむ子羊を描いている小さなキルトだ。

「ああ、それは赤ん坊のおくるみだったんですって」にこにこと女性が話した。「それは、お付けしますよ」

「いえ、これもとてもいい品です。もちろんお支払いさせてください」

 そのキルトを見た瞬間に、レベッカの優しい瞳が浮かんでいた。これを見たら喜ぶだろうな。そう思ったら、ものすごくレベッカに会いたくなってしまった。


 値段や支払いの確認をしたり、包んでもらったりしているうちに、2時間ほどが過ぎていたらしい。エイメリーにお茶をすすめられてひと息ついていると、そでをまくりあげ、ネクタイを胸ポケットに突っ込んだマイケルが、意気揚々と帰ってきた。

「いやー、いい釣り場だった」すっかり仕事を忘れた顔になっている。「おや、お茶か。それに美味しそうなケーキだ」

 木の実がたっぷり入ったパウンドケーキを見つけて笑顔を浮かべた。

「ああ、とてもうまいよ」

「じゃあ、僕もさっそく」

「いや、そろそろおいとましよう」

 腰を落ち着けかけたマイケルを尻目に、アンドリューは腰を上げた。

「ええ? そんな!」マイケルは情けなさそうな顔をした。

「あら、少しお包みしますわ」

 エイメリーはそう言うと、さっと紙ナプキンにケーキをくるみ、紙袋に入れてくれた。

「お気づかいありがとうございます」

 アンドリューはお礼を言うと、キルトの包みを手に、すぐに車へと向かった。すっかりマイケルと意気投合している男の子と、少しはにかんでいる少女にも礼を言うと、2人は帰路へとついた。

「収穫はあったんですか?」

 今度は助手席に移動しているマイケルが、パウンドケーキをほおばりながら、話しかけた。

「そっちはどうだったんだ?」

「いやー、いい沼だったんですよ。でも、できれば地元の人以外には知られて欲しくないな。最近はすぐに荒らすやつが来るから」マイケルはもぐもぐと口を動かしながら答えた。「で、どうだったんです?」

「大収穫だ。ここまでの品物が手に入ったのは久しぶりだよ」

「ふうん、たしかにめったに見ないほど上機嫌ですね」

「ああ、そうだ。で、ちょっと週末の予定を変更した」

「そうなんですか?」

「いい湖で釣りざんまいっていうのはどうだ?」

 マイケルの顔が思いっきり疑問でいっぱいになる。「いや、僕は今日の夜はガールフレンドたちと予定が……」

「まあ、つきあえ」

 そう言うと、アンドリューはハンドルを切った。

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