第44話 デート

 村人たちに町へ行くと伝えてから、俺たちはラッセルの町に向かった。

 背中から感じるほのかな弾力を気にしないように、俺はメタルの糸を使い、道中を移動した。


「馬より早いかもぉ!」


 カタリナの大きな声が背中から聞こえる。

 馬車は村にとって重要な資産だ。

 俺たちの道楽のために使うわけにもいかないので馬は使っていない。

 金属魔術を駆使しての、金属糸の移動は慣れたものだ。

 幸いにしてここら一体は巨木が生い茂っている。

 高さも十分だし、木々に糸を巻き付け、振り子のようにして移動する方法がとれる。

 ただカタリナを背負っている分、やや移動速度は落ちるが。


「金属魔術ってすごい便利だよね!

 なんで都会の人はすごいって思わないんだろ!?」

「四大魔術じゃないからな」

「意味わかんないよ! 便利だしすごい魔術なのに!」

「実際、魔術の中じゃ地味だっていうのもある。

 アイリスの魔術を見たろ? ああいうのが一般的な『魔術』なんだよ。

 金属魔術は呪文を使わない、魔力をそのまま使う、金属がないと魔術を使えない。

 他にもいろいろあるが、まあ、つまり邪道なのさ」

「でもすごいじゃない!」

「すごいかすごくないかは主観だからな。

 魔術師協会にとってはすごくないのさ」

「だからって見下したりするのは違うよ!」


 カタリナは明らかな不満を隠しもしない。

 俺は小さく笑った。


「ああ、俺もそう思う。金属魔術が、というより、なんにでもそうだが。

 広い視野を持つってのは大切なことだな」


 そう思えたのは、誰のおかげか、俺は良く知っている。

 その誰かさんの内の一人は、不服そうに口を尖らせた。


「なんで下を作ろうとするんだろう」

「……さてね。その方が都合がいいのかもな」


 ふと考えた。

 カタリナの言う通り、どうして金属魔術がここまで虐げられているのか、と。

 確かに四大魔術とは違う金属魔術を、多少色眼鏡で見てもおかしくはない。

 だが呪文を使わないなどの理由でここまで迫害されるものだろうか。

 下を作ろうとする、というのは人間心理としてありがちなものだ。

 自分が上だと思うことで、安心感や優越感、選民意識や仲間意識を得ようとする。

 そうしなければ生きていけないような、情けない連中はどこにでもいる。

 自信がなく、自分の価値を信じられず、日ごろのうっ憤を晴らしたいと思い、そういう下の存在に八つ当たりする腐った連中。

 だが、なぜ金属魔術をここまで虐げる?

 金属魔術を知ろうともせず、ただそういうものと考えたのだろうか。

 俺が金属魔術に傾倒してから十数年。

 それ以前から金属魔術を見下す風潮は根強かった。

 金属魔術が虐げられた本当の理由。

 人間の醜い心理による自然淘汰以外に、明確な理由があるのだろうか。


「ねね、グロウ。魔術ってさあたしも使えるのかな?」

「幼いころに魔術素質鑑定しなかったのか?」

「してない! と思う!」


 声音だけで自信満々な心情が伝わってくる。

 なぜ偉そうなのかはよくわからない。


「結構な田舎でも鑑定するもんだが。どこに住んでたんだよ」

「うーん、そういうこともできないところ、かなぁ」


 判然としない。

 だが追求する気もなかった。


「……だったら素質がある可能性はあるな。協会の鑑定を受けたらどうだ?」

「えっ!? 協会に行かないとダメなの?」

「ダメってことはないが、鑑定を受けないとどの魔術の素質があるかわからないからな。

 それに素質があるとわかれば協会に所属できるし」


 年齢制限は特にないが、若い人間じゃないと入りにくいという点はある。

 俺の場合は五歳の頃に金属魔術の素質があると鑑定され、十三歳まで独学で鍛錬と研究を重ね、その後、王都でクズールの弟子になった。

 魔力量が多く、四大魔術の素質があれば幼少のみぎりから協会に入ることもできる。

 金属魔術師はまず協会に入れないから、俺みたいなのは特例だ。

 俺が特別なわけではなく、クズールが俺を玩具にしたかっただけというクソみたいな理由で入れただけだったようだが。


「んー、じゃあいいや!」

「いいのか? 別に大した金はかからないが」

「別に魔術師になりたいわけじゃないし、グロウに酷いことした魔術師協会は嫌いだし!

 グロウみたいに、ずばーん! って金属魔術使えないかなって思っただけだから」

「金属魔術? 四大魔術じゃないのか?」

「うん! 金属魔術が使いたかったの」


 俺は僅かに動揺し、肩越しに振り返ろうとした。

 すぐそこにカタリナの顔があった。

 カタリナの澄んだ瞳が俺を見ている。

 俺は慌てて前に向き直った。


「……金属魔術が使いたいなんて変な奴だな」

「へ、変なんかじゃないもん!

 グロウが使う金属魔術って格好いいし、便利だし、それに……」


 声が若干上ずっていた。

 それが何を意味するのか俺は深く考えないようにした。


「それに、グロウとおそろいになれるし……」


 小声だった。

 しかし俺の耳はその言葉を聞き取ってしまう。

 妙にくすぐったい感情。

 それが全身を駆け巡り、内から弾けそうになる。


「き、聞こえた?」

「……ああ」

「じゃ、じゃあなんか言ってよ」

「なんか」


 定番の返しをしてしまう。

 ガキくさい行動だ。

 自覚もある。すぐに自省もした。

 しかし、それ以外に俺にできることはなかった。

 だって、こんなに真っすぐに好意的な態度をとられたことが過去に一度もなかったから。

 ロッテ村に来て沢山の優しさや厚意をもらった。

 けれど……それは人としての善意。

 今俺に向けられているのは、恐らく。

 心臓が高鳴る。

 全身の感覚が鈍麻する。

 動揺し、理性がまともに機能しなかった。


「もう! バカバカ! グロウのバカ!」


 手のひらでぺちぺちと頭を叩かれた。

 痛みはまったくなく、害意も悪意もない。

 ただ、手が触れる度にカタリナの感情が伝わってくるような錯覚を覚えた。

 なんだろうなこの感情は。

 居ても立っても居られないというか。

 叫びたくなる衝動というか。

 多分、俺一人だったら山の中を全力疾走し、限界まで走り続けただろう。

 ほとばしる感情の波を抑制するように、俺は速度を上げた。


「わわっ! は、速いぃっ!」


 驚きとも喜びとも取れる声音が耳朶に響く。

 俺は自分の感情を誤魔化すように、全力で宙を飛んだ。

 気まずさや気恥ずかしさはあった。

 けれど、その奥底にある感情は良いものだと。

 そう思った。

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最底辺の【金属魔術】を極めた俺、魔術師協会から追放される ~四大魔術も兵器も通じない『メタルモンスター』を倒せるのは俺の金属魔術だけだって? そんなの俺の知ったことじゃないな~ 鏑木カヅキ @kanae_kaburagi

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