第35話 ファースト?

「下がってろ」


 アイリスが返答する前に、俺は地を蹴る。

 ウインドフォールの束縛からメタルドライアドたちに向かい手を伸ばす。

 奴らの根が俺へと届く。

 触れた。

 その瞬間、全魔力を手の先に流した。

 俺の手に触れたメタルドライアドたちの根がピキっとひび割れる。

 最初は小さな亀裂が、徐々に伸び、それは付け根まで走っていく。


「キイィィィイィ!」


 咄嗟に根を寸断しようと、メタルドライアドは根を切り裂こうとした。

 だが自身の身体は『メタル』。

 それゆえ、メタルモンスター自身でさえも自身を傷つけられない。

 頑強すぎる肉体は、金属魔術の浸食を留める術を持たなかった。


「ギィィイィィアッ!!」


 男メタルドライアドが叫ぶと女メタルドライアドに寄り添った。

 互いに縋るように近づく。

 無数の亀裂が二体の身体に生まれ。

 そして二体のメタルドライアドは砂粒となった。


「すごい……たった一度の魔術で……神話級モンスターを倒すなんて」


 驚愕の表情で立ち尽くすアイリス。

 彼女は呆然と砂粒を見つめていた。


「ぐぇっ!」


 過剰な吐き気が込み上げてくる。

 大量の魔力を内包した場合、体に副作用が出る。

 魔力暴走だ。

 体内をめぐる魔力が内から弾け、肉体を汚染し、拒絶反応を起こす。

 拒絶反応を出すまでに魔力を使い切れば大丈夫かと踏んだのだが、甘かった。

 体中が痙攣し、痛みが走る。

 視界がチカチカして満足に思考もできない。


「い、いけない、このままだと……」


 アイリスがほんの一瞬の迷いの後。


「んっ」


 俺の唇に、自らの唇を触れさせた。

 柔らかな感触がほんの少しだけ意識を明瞭にする。

 しかしそれも一瞬。

 激しい痛みの奔流に俺はただ翻弄される。

 だが。

 その痛みが徐々に薄れていく。

 唇から伝わる温かい魔力の流れ。

 それが俺の体内を巡り、憤る魔力を諫めていく。

 走り回っていた激情はやがて抑制され、痛みは消えていった。

 魔力の暴走は完全に止まった。

 アイリスがゆっくりと唇を離す。


「き、緊急事態でしたので……も、申し訳ありません」


 ライトの明るい光に照らされているからか、アイリスの顔は朱色に染まって見えた。

 目は泳いでいるし、妙に髪を触っているし、動揺しているのは間違いなかった。

 俺は上半身を起こしアイリスをまっすぐ見つめた。

 アイリスを俺の視線に気づくと、余計に委縮して体を小さくしてしまう。


「謝る必要はない。あんたのおかげで助かった。

 ありがとう、アイリス」

「な、名前を……あ、い、いえ……」


 あまりに恥ずかしがるアイリスを前に、なぜか俺の体温も上がっていく。

 俺は思わず、はっとした。


「すまなかったな。その……緊急時とは言え、キスを……」

「だ、だだ、だ、だ、だだ、だ!」


 壊れた玩具のように何度も同じ言葉を繰り返すアイリス。

 頭から湯気が出るんじゃないかと思うほど顔が赤かった。


「落ち着け」

「は、はい、も、申し訳ありません……だ、大丈夫です……。グロウ様なら……その……」

「俺なら……?」


 なんだ、何が言いたいんだ?

 俺は首を傾げ、先を促したが、アイリスはさらに視線を泳がせるだけだった。


「は、初めて、だったので」


 要領を得ないというか、会話になってないな。

 よほど動揺しているのだろうか。

 そんな風に思ったが、あえて俺は言及しなかった。


「……俺もだ。ただ……男と女じゃ違うだろうからな。イヤな思いをさせて悪かった」

「いえそんな! ま、魔力暴走を止めるにはあの方法しかありませんでしたから。

 それにグロウ様が倒してくださらなかったら地上にドライアドたちが現れ、もっと大変なことになっていたかもしれません。

 だからお気になさらないでください」


 魔力の暴走を止めるには内部から魔力を流すのが一番効果的だ。

 というか四大魔術師のアイリスにはそれ以外の方法で、魔力暴走を止める手段はない。

 四大魔術師の魔術は呪文を必要とするため、魔力そのものの操作ができない。

 呪文を用い、魔力を費やし、魔術となる。

 それは自動的な流れであり、魔力そのものを使っているという認識はない。

 その『自動的な流れ』という部分が重要だ。

 俺の魔力を、アイリス自身の魔力として、アイリスの身体に認識させれば『自動的な流れ』だと肉体は認識し、俺の魔力ごと自然な魔力の流れに戻してくれる、というわけだ。

 魔力は体内に流れるものであるため、必然的に口腔などの内部へと干渉する場所へ、直接触れる必要がある。

 魔術師にとって呪文を生み出す場所、つまり口の部分は最も魔力を感知させやすい部分なので、キスをするという手法をとったということ。

 魔力暴走なんて滅多に起こるものじゃないが。


「神話級モンスターを倒した後にするような話じゃないな」

「そうですね……ふふっ」


 綺麗に笑うアイリスに対して、俺は片眉を動かして応えた。

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