第34話 後のことは知らん

 俺が集団から離れたことで、メタルドライアドたちは俺へと標的を移した。

 眼前まで迫っていた無数の根はすべて俺へと向かってきた。

 俺は横に回転する。

 左右の剣が根を巻き込み、寸断していく。

 常に魔力を伝え続けなければならないため、魔力の消費は激しい。

 だがその甲斐あって、メタルドライアドの猛攻は防げた。

 上下左右に迫っていた根はすべて切り落とし、同時に俺の身体は地へ落ちる。

 高さはそれほどない。

 着地と同時に回転して受け身をとると、即座に身構えた。


「グロウ様!」

「構うな! 行け!」


 振り返らずにアイリスに向かって叫んだ。

 戸惑いと逡巡、その後にアイリスたちの気配は消えていった。

 五秒。

 その間、敵は俺と対峙したまま動かなかった。

 俺は身構える。

 アイリスたちがいないため光源はなく、辺りは真っ暗。

 だが先ほどまで聞こえていた、メタルドライアドたちのけたたましい足音は消えている。

 すぐそこにいる。

 だが動かない。

 あれだけの巨体が気配を薄れさせ、俺を殺そうと画策している。

 家屋ほどの巨躯が眼前に二体。

 しかも視界は暗闇に覆われている。

 俺の魔力は枯渇寸前。

 手が震え、魔力の揺らぎが激しくなっている。


 勝てない。

 しかし妙に俺は気分がよかった。

 絶望を前にしてなお、後悔は微塵もなかった。

 なんてことはない。

 村の連中をバカだバカだと言っていたが俺も……ただのバカだったそれだけのこと。

 だからこんなにも希望を失った状態でも。

 どうにかして打開してやろうなんて考えてしまう。

 俺は集中した。

 メタルドライアドの魔力の気配と、自らの魔力の流れ。

 金属魔術に最も必要なのは集中力だ。

 魔力を的確に、適切に、適量を流すこと。

 それが金属魔術の初歩でありすべてでもある。

 前方の魔力が動いた。

 音が遅れて聞こえる感覚。

 俺は無意識の内に右手の剣を振るう。

 鈍い金属音と共に何かを斬った感触だけが伝わる。

 正確に反撃できた。


 次いで左。

 それも左の剣で斬り落とす。

 音が右から聞こえる。

 俺はその場から跳躍し、後ろへ着地。

 俺がいた場所に衝撃音が生まれた。

 近場の岩を投擲したのだろう。

 風切り音と魔力の動きに合わせて攻撃、回避を繰り返す。

 一つのミスも許されない。

 体中が悲鳴を上げ、魔力切れは間もなく。

 魔力は精神力を奪い、理性もまた失われていく。

 だが俺は倒れない。

 俺は諦めが悪いんだ。

 一人で戦い続け、そして裏切られ、虐げられた。

 そんな過去があったとしても、諦めずに続けていたという経験は生きている。


「キィィィィイィッィッーー!!」

「ギィィィィィアアァッーー!!」


 悲鳴とも思える雄たけびが洞窟内に反響する。

 鼓膜の痛みを無視して、俺は集中し続けた。

 絶え間なく続く、攻撃と回避。

 それは五分ほど続いた。

 連綿と続く必殺の一撃をいなし続けた五分だ。


「はぁ……はぁ、はぁ!」


 俺は膝をついた。

 銀の剣を落としてしまった。

 体力も魔力も限界。

 これ以上は動けない。

 前方の魔力は健在。

 まだ十分な余力がある。


「くっ……そが……っ!」


 魔力があれば。

 完全に回復すれば、一体だけなら倒せるほどの金属魔術が使えたかもしれない。

 だがクズールとの戦闘や、アイリスたちを守るために魔力を使いすぎた。

 そのため防戦一方になってしまった。

 結果、このざま。

 メタルドライアドが近づいてくる。

 俺はただ処刑の時を待つことしかできなかった。

 二つの気配が同時に、何かを振り上げた。

 それを俺へと振り下ろす。

 俺は諦観と共に目を閉じた。


 ガギィン。


 金属音が俺の頭上で生まれた。

 しかし衝撃は俺に届かず、俺は無傷のままだった。

 魔力の塊が俺の頭上に存在している。

 それが何か判明する前に、視界が一気に明るくなった。


「グロウ様!」


 それはアイリスの声。

 彼女はライトを使い、辺りを照らしていた。

 頭上にあったのは岩の壁。

 なぜここにアイリスが?

 その言葉を口にする前に、アイリスが隣へ到達。

 そしてすぐに何かを俺の前に差し出した。


「これを!」


 小瓶。そこに入ったキラキラと輝く液体。

 それは間違いなく『マジックポーション』だった。

 魔晶果を加工してできた回復アイテムだ。

 俺はすぐにマジックポーションを嚥下する。

 魔力が回復していくと、途端に身体が軽くなっていく。

 しかし完全回復には程遠い。


「ウインドフォール!」


 上方から生まれた風の圧力がメタルドライアドの動きを阻害する。

 しかしそれは完全ではない。

 メタルドライアドたちは不快そうな声を出しながら俺たちへ向かってきた。


「今の内に逃げましょう!」


 手をぐいっと引っ張るアイリスに抵抗して力を込める。


「な、何を!?」


 憤りさえ感じる戸惑いを無視して、俺はアイリスの一部に視線を奪われた。

 俺はガッと手を伸ばす。


「ひゃうっ!?」


 アイリスが変な声を上げる。

 眼前に神話級モンスターがいるというのに呑気な奴だ。

 俺はアイリスの腰に下げていた鞄に手を突っ込んだ。

 そこにあるはず。

 目的のマジックポーション、十本を手にすると一気に飲み干した。


「あ!? そ、そんなに飲んでしまうと!」

「後のことは知らん」


 今はこいつらを倒すことだけ考える。

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