第12話 破壊と変形

 ――一か月後。

 俺は都市部から離れ、僻地へと向かっていた。

 レーベルン国内では指名手配されているはずだから、街へはいけない。

 必然的に人里離れた場所へ行くことになる。

 田舎に帰ろうかとも思ったが別に誰が待っているわけでもないし、帰る理由はなくなった。

 それに間違いなく待ち伏せされているだろう。

 俺はもう自由だ。

 魔術師やくだらない世間体にこだわることもない。

 ただ、同時に目的もなくなってしまったのだが。


「これからどうするかな」


 鬱蒼とした森の中で一人ごちる。

 ここは王都リベンハインから西方に位置する森林。

 指名手配されているレーベルン国から脱しなければならないと考えた俺は、隣国のニアスへ行くことに決めた。

 自然が多い国のため身を隠せるし、レーベルン国を出られれば一先ずは安心だ。

 国際犯罪者でもない限り、指名手配は国外にまでは及ばないからな。

 王への不敬罪や国家反逆罪に値するならば、完全に安心というわけでもないけど。

 とにかく村や街には寄れない。

 この一か月、俺は元々持っていた食料と、道中で狩猟や採取をして得たもので腹を満たしている。


 正直、中々楽しい。

 金属魔術を使えば獲物を捕らえるのは簡単だし、誰にも気兼ねしないでいいのは気が楽だ。

 今までは人と関わり続けていたからな。

 同時に馬鹿にされ続けていた。

 だから寂しさはなく、安堵感や開放感の方が強いのだろう。

 と、なにかが聞こえた。


「……声?」


 誰かの叫び声が聞こえた。

 徐々に声と共に異音が鼓膜に届き始める。

 俺は身構え、その何かが来るのを待った。。

 魔物か?

 それとも人か?

 今は魔物よりも人に遭遇したくないところだ。


「だ、だれかっ! た、た、助けてくださいっ!」


 最悪だ、人間らしい。

 女の甲高い声が聞こえた。

 何かに追われているようだ。

 俺はふと冷静に考えた。

 助ける必要があるのか?

 助けても俺に利益はないし、むしろ不利益の方が大きい可能性が高い。

 アイリスを思わず助けた結果が今だ。

 あの女を助けなかったら、少なくとも金属魔術の有用性を詳らかにすることなく、田舎に帰れていただろう。

 まあ、ある意味では覚悟が決まったから、俺としてはよかった出来事だったのかもしれない。

 とにかく誰かを助ける理由はない。

 もううんざりだ。

 だったら厄介ごとに首を突っ込む必要もない。


「よし。無視するか」


 我ながら非情である。

 以前の俺ならば迷わず助けただろうが、すでにそんな良心は消え去った。

 俺は俺のためだけに生きると、自由にすると決めたのだ。

 俺は声とは逆の方向に走り出した。

 鬱蒼とした森だ。身を隠せばそれだけで素通りできるかもしれないが、女を追っているのが魔物なら、もしかしたら俺も見つかるかもしれない。

 そう思ってのことだったが。


「ギギギギ」


 裏目に出た。

 走り出して十数秒後に眼前に現れた金属の物体。

 それはゴブリンの形をしているが、体はギラギラと太陽光を反射している。


 メタルゴブリン。


 金属なのに動きは普通の生物と変わらないほど滑らかだ。

 以前対峙したメタルドラゴンと同じ。

 ゴブリンさえもメタルになっている。

 メタルの大群が押し寄せてきた時、ドラゴン以外の魔物も沢山いたので驚きはなかった。

 しかし動揺はあった。

 まさか逃げた先に別のメタルがいるとは。


「ギギィッ!」


 メタルゴブリンは重厚感のある足音を激しく鳴らし、俺へと迫ってきた。

 全身金属でありながら動きは素早い。

 俺はゴブリンのパンチをかいくぐると同時にゴブリンの胸に手を当てた

 破壊(ブレイク)。

 パァッと魔力光が生まれ、ゴブリンの身体は胸部から弾け飛んだ。

 砕け散った体は地面に落ちると動かなくなる。

 金属に魔力を流した時と同じような感触。やはりこいつらは金属だ。

 だが動いている。生きている。どうしてなんだ?

 魔物がメタルになったのか、あるいはメタルが魔物の形をしているだけなのか。

 とにかくメタルには金属魔術が有効であることは間違いない。


 金属魔術の基本は『破壊(ブレイク)』と『変形(メタモルフォーゼ)』だ。

 破壊(ブレイク)は初歩の初歩の金属魔術で、基本的に魔力を干渉させるだけで発動できる。

 発動は早く、必要魔力量も少なめだが汎用性は低い。

 ちなみに直接触わらなくとも金属伝いで金属魔術を使うこともできるが、魔力伝達効率は落ちるし、時間もかかる。


「しかし妙だな」


 強烈な違和感を覚えた。

 城で金属魔術を発動した時も感じたが、魔力の奔流がいつも以上に激しく、そして体内魔力量が増えている気がする。

 以前の倍近く、魔力を感じる。

 これは一体どういうことだ?

 俺は不意に砕け散ったメタルゴブリンの身体を凝視した。

 手に取ると妙な感覚に襲われた。

 金属から魔力の流れを感じる。

 それが『俺の魔力と混ざる感覚』に襲われた。

 メタルドラゴンを倒した時も思ったが、これはただの金属ではないのか。

 ……まさか、これは。


「だ、誰かっ!」


 声がすぐ後ろから聞こえた。

 戦闘に集中してしまい音を聞いていなかった。

 振り返るとそこには少女と、彼女を追う数匹のメタルが迫っていた。

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