第11話 くだらない誇り

 魔力を込めた銀の槍はクズールの頭部を貫く――はずだった。

 土魔術師のガングレイブがクズールの首根っこを掴み、力任せに引き寄せたのだ。

 そのせいで奴を殺せなかった。

 俺は舌打ちをすると銀の槍を鞭へと変えた。

 金属の強度と硬度を保ちつつ、魔力を通すことで柔軟に変形する強力な武器だ。

 俺は鞭を振り、柱へ巻きつけると、自らの身体を引き付けて謁見の間から飛び出した。


「無能な王に無能な兵士、無能な五賢者! こんなくだらない国はさっさと滅べばいい!」 


 俺は捨て台詞を吐きながら鞭を使って縦横無尽に移動し、外にいた兵士の包囲網を回避する。


「おのれぇっ! 腐れ金属魔術師がああ!!」


 背後で聞こえた声はクズールのものだった。

 他にも「殺せ」だの「クズ」だの兵士やら王やらが叫んでいたが、滑稽でしかなかった。

 俺は窓から飛び出すと、三階から地面に落下した。

 着地前に小手を変形した銀糸で、辺りの木々に身体を巻き付け衝撃を吸収する。

 俺はその勢いのまま、銀の鞭や銀の糸を使い移動を続け、城から逃げ出した。

 これで俺はお尋ね者だ。

 王は躍起になり俺を殺そうとするだろうし、五賢者を敵に回したためレーベルン国中の魔術師にも追われる身となった。

 最悪な状態だ。

 あまりに愚かな行動だ。

 国の、王の命に背き、お尋ね者になったのだ。

 もしもメタルとやらの討伐隊長になれば、魔術師として擁立される可能性もあった。

 昇進し、金属魔術師の地位も上がり、名誉も得て、裕福な暮らしができたかもしれない。

 だが。


「く」


 頬が緩む。

 口角があがる。

 肩が震える。


「くくく! かかかっ!」


 なぜかどうしようもなく楽しかった。嬉しかった。

 こんな破滅的で不自由で反社会的で、一般的な幸せを二度と得られないであろう状況が。

 心の底から楽しく、そしてとてつもない解放感と快感を得た。


「あの馬鹿面! 最高だったぜ! 国のトップが、憧れた魔術師が、見下していた金属魔術師に対してなんにもできないなんてなぁ! かっかっかっ!」


 ああ、人生で初めて味わった感情だ。

 今まではずっと鬱屈していた。

 押さえつけられ、ひたすらに我慢していた。

 善人であろうと、努力家であろうと、邁進していた。

 しかしそれは何の意味も価値もなかったのだ。


 メタル?


 通常の魔術が効かない敵?


 そんなの知ったことじゃない。

 てめぇらはてめぇらで勝手にやればいい。

 俺を見下し、状況が変われば利用しようとするクズ共が。

 平身低頭であればまだしも、馬鹿にしたまま手のひら返しとは。

 そんな言葉に誰が従うというのか。

 そんなこともわからない馬鹿しかいないのだ。

 大半の人間は頭が悪く、身勝手なのだと早く気づくべきだった。

 俺も馬鹿だった。社会に迎合し、適応し、受け入れてもらおうとしてしまっていた。

 しかしそんなものには価値がないとようやく気づいた。

 他者の評価ほど無駄なものはない。そんなのはクソだ。

 だからこれからは考えを改める。

 俺はもう勝手に生きることに決めた。

 他者の都合のいい存在にも、虐げられる存在にもならない。

 俺は城から逃げ出し、宿に戻ると荷物を手に、さっさと王都を後にした。

 さあ、これからどこに行こう。

 俺を縛るものはもう何もない。


   ●〇●〇


「――五賢者も兵も使えぬ者ばかりではないか!」


 激高した王の声が謁見の間に響く。

 王の護衛のために残った兵や五賢者はその場に跪いていた。

 怒りのままに王は顔を赤く染め、地団太を踏んでいた。


「あの金属魔術師を見つけ次第殺せ! 絶対に逃がすでないぞ!」


 宰相は首を垂れ、平伏した。


「御意のままに。彼奴は生かしておく理由もございません。ですがメタル対策はいかがなさいますか?」

「ふん! 金属魔術師など他にもおろう! 各地から集め、メタル討伐をさせればよい」


 五賢者は誰も声を上げなかったが、それは王の間違いであるとはわかっていた。

 金属魔術師は希少であり、金属魔術の素質ある人間は魔術師の道を諦めるのが大半であると。

 だがそれは貴重であったわけではない。

 ゆえに価値はなかったが、それは今、覆されつつある。

 侮蔑の先に理解はない。

 王の言葉に宰相は反論することもなく、ただ首を垂れ続けた。


「五賢者とは名ばかり! 金属魔術師に頼ることになるとは屈辱でしかないわ! 情けない奴らめ! 貴様らはメタルの対策を練っておけ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 去り際、王はクズールの前で足を止めた。


「そもそも貴様があの金属魔術師を追放なぞせねば、彼奴のあさましく矮小な誇りを傷つけることもなく、利用できたものを! 余計なことをしおって! クズが!」


 王は憤ったまま宰相と共に謁見の間を出ていく。

 残された五賢者の中、肩を震わせていた人物が一人。


「おぉのぉれぇっ!! き、金属魔術師如きが、私の顔に泥を塗ったなぁッッ!!! 必ず見つけて殺してやる……ッッ!」


 はちきれんほどに拳を握り、クズールは怒りをあらわにした。

 その隣で白魔術師のアイリスは顔をしかめる。

 彼女はひたすらに何かを考えていた。

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