家事労働の喪失

 先進国社会において機械化による雇用の喪失は様々なところで起こる。江戸東京博物館『主婦の生活の変化』パネル展示によれば、1915年(大正4年)の家事労働時間は16時間6分程度であったと言われている。それに比べて現代においては、総務省統計局平成28年社会生活基本調査によると家事関連時間は、平成8年以降、男性30分程度、女性3.5時間程度である。勿論ここには、未婚・既婚の世帯が含まれるため主婦あるいは主夫の家事労働時間というわけではない。しかし、実際の生活感覚としてもそれほど大きくはズレていないように思われる。

 家事労働が一種の雇用であったと考えると家事労働時間が一日あたり8時間を割った時点で一人分の家事労働雇用はなくなったといえる。これは必ずしも家事に限ったことではなく、様々な業種、職種においても機械等の導入により雇用が喪失することは多い。例えば、農村においても同様のことが言える。並木正吉の『農家人口の戦後10年』においては、農業動態調査において、昭和29年2月の農家人口は、3,760万人であったと述べられている。これを現代と比べてみる。現代においては、農林水産省『農業労働力による統計』を見ると2019年時点で168万人であると述べられている。昭和29年を100とすると、2019年では4.4である。4%減ったのではなく96%減ということになる。当然、現在の農村は人口減少、高齢化と毎日すこしずつだが確実に衰退していっている。

 一方、農業生産高は農林水産省『平成30年食料・農業・農村白書』によれば、昭和59年には4.5兆円であったが、平成29年では3.8兆円となっている。減ってはいるものの人口の減少量に比べれば驚くほど少ない。このことは勿論農法や化学肥料等もあるだろうか、機械の発達による影響がすこぶる大きいことを感じざるを得ない。

 話が逸れた。近年、少子化に関する問題の中で女性の社会進出や男女雇用機会均等法などがやり玉に挙げられることがあるが、この家事労働の喪失を見ると、もはや戻るべき家庭の労働はほとんど喪失してしまっているのであって、そこから女性の社会進出が出てきているのであるから、それを過去に戻そうとすることは、川に流れる水を上に押し戻すような具合になる。

 余談ではあるが、アメリカにアーミッシュとよばれる宗教とその地域があり、彼らは機械や電気を使わない生活を行っているらしい。なお、アーミッシュは平均して一組7人の子供を産み育て、20年ごとに2倍になるペースで人口も増加しているらしい。そういう生き方も人間には可能ではあるらしい。

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